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第二話 サンドラという女

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先日、突然婚約破棄を言い渡された私は、シューペリア家にお借りしていた客室を片付けに来ていました。
私物の殆どない部屋ですから、簡単な掃除をして旅行鞄に荷物を詰め込むだけです。

たったそれだけの作業が難儀に思えます。
今や私は、次期当主に色仕掛けで取り入った横領犯なのです。
廊下を行き交う使用人達の、好奇と謗りの目を逃れることは出来ません。

どうにかして気の進まない片付けを済ませると、もう二度と使わないであろうベッドに腰掛けて、重くため息を吐きました。

その時、ドアがノックされました。

「はい」

ドアを開けると、そこには見覚えのある金髪の女性が立っていらっしゃいました。
ですが、どちらでお会いしたのか思い出せません。

「ご機嫌よう、カトレアさん。サンドラと申します」
「ご機嫌よう、サンドラさん。どういったご用件でしょうか?」
「そんなにかしこまらないで下さいな。私はただ、他愛もないお喋りを楽しみに参っただけなんですから」

家を追い出された惨めな女を捕まえて、一体どんなお喋りをすると言うのでしょう。

「素敵な色ですわね」
「はい? 何のことでしょうか」
「とぼけないでくださいな。貴方のその素敵な赤毛のことですわ」

睨めつけるような視線に、背筋がぞっとしました。
私の赤毛は母親譲りの、庶民の出身であることを示すものだからです。

「それは、どうもありがとうございます」

こちらも何か褒めた方が良いかしら、と思ってサンドラさんをよく観察しました。

長い金髪はゆったりとカールしていて、色気が横溢しています。
顔立ちはややエキゾチックな、ともすれば勝ち気にも見えるものです。
大きく開いた胸元には大ぶりなルビーが揺れています。

正直に申し上げれば、少々派手なお方とお見受け致しました。

「遠くから見るより、近くで見たほうがよく分かりますわね」
「遠くから、というのは?」
「覚えていらっしゃいませんか? あの舞踏会の夜のことを」

眼が眩みました。
そうです。思い出しました。
目の前にいらっしゃる方は、あの晩、アルファード様の隣にいらした女性に違いありません。

「貴方は、あの晩、アルファード様の隣にいらした……」
「ええ、シューペリア家の顧問会計士として、御伴させて頂きました」
「……顧問会計士、ですか。失礼ですが、女性で会計士というのは珍しいですね」
「ええ。鼻にかける訳ではありませんが、王国初の女性会計士ですわ」
「大変な努力をされたんですね」
「いえいえ。貴方程ではありませんわ」
「どういう訳でしょう?」
「庶民の出身でありながら、正真正銘ご自身の力で上り詰めた貴方と違って、私は貴族の生まれですもの。少々有利な立場に生まれたと自負しております」

素直に受け取れば光栄な褒め言葉、あるいは単なる謙遜でしかない言葉に、妙に胸を刺激されました。
婚約破棄を言い渡されてからの私は、心が荒んでいるようで恥ずかしく思えます。

「いえ、そんな。貴族のお生まれとはいえ、会計士試験は公正なもの。それに合格されたのはサンドラさんご自身の努力の賜物でございましょう」
「確かに、試験は身分や性別に関わらず公正です。そして私はその試験に二度落第し、貴方は一度で合格した」

仰る通りです。
王国に数ある国家資格の中でも最難関の一つに数えられる会計士試験に、私は史上最年少で合格いたしました。
ちなみに一発合格は史上二人目で、一人目は庶民の男性だったそうです。

「運が良かっただけです。私が受けた年はボーダーラインが低かったのでしょう」
「謙虚なお方ですわね。人が一番言って欲しいことを良く分かっていらっしゃる。……あなた、殿方に愛されるでしょう」
「……いえ、そんなことは」
「またまた。私には分かりますの。貴方には人を虜にする天賦の才がありますわ」

一体このお方は、何を仰っしゃりたいのでしょうか。
どれほど言葉を重ねても、全く真意が見えてきません。
ただただ胸がチクチクとさせられるばかりです。

「カトレアさん、貴方、学問はかなり出来るようですが、随分と鈍感でいらっしゃるのね」
「どういう、訳でしょう」
「嫌ですわ、まだそんな知らないフリをなさる。私はこれまで貴方が管理を手伝っていたシューペリア家の資産運用を一任されています。これがどういうことか分かりますか?」
「サンドラさんがシューペリア家の正式な顧問会計士に就任されたと、それだけのことではないのでしょうか」

そう申し上げた直後、私は腰を抜かすほど驚くことになります。
サンドラさんが舌打ちをしたのです。
仮にも淑女が、よもや貴族の邸宅で舌打ちなど!

その直後、彼女は驚くべき豹変を見せるのです。

「ほんっっとに鈍い女だなぁお前? ちょっと頭がいいからって調子こきやがって。おまけに顔もいいときてる。アルファードの旦那に色仕掛けで取り入った抜け目のないメス猫が。旦那が貧乏臭い赤毛好みだとは思わなかったよ、全く」

その時ようやく、サンドラが決して相容れない相手であると悟ったのです。

「お前の居場所はもうここにはねえんだよ。貧乏臭え赤毛を丸刈りにするか、今すぐ私の前から消えるか、さっさと決めるんだな」

言い返す気も、謝罪を要求する気も起きませんでした。
私はただ一刻も早く外の空気を吸いたくて、ずっしり重い旅行鞄を手に、足早に立ち去りました。
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