37 / 100
少年との出会い
月が響鳴-カナデ-るカプリッチオ 37話
しおりを挟む
セイクレイ城の前まで、端末に入れられた転送機能で戻って来た。
町の方に害はない。城の方も、今とんでもない事が起きているとは思えないほど、
外から見た景色は普通だった。
けれど、謁見を求める者が出ないように、門番が通行止めしている。
ゼニス「すみません! バジル将軍に呼ばれたんですが…!」
「皆様!? お待ちしておりました! バジル将軍たちは中です!」
「玉座の間に呼ばれたローレル将軍が…! どうか、彼を…止めてください…!」
思った以上にまずい状況らしい。
ソレイユ「急ごう!!」
ゼニス「ああ!」
城の中へ入ろうとした時、後ろから門番に叫ばれる。
「シスル様とリナリア様が! 加勢に来てくれています!
恐らく、もう玉座にいると思いますので!!」
サルファー「わかりました! 合流します!」
城の中はがらんとしている。
恐らく兵士は全員ローレルのもとへ行っているのだろう。
二階への階段を上っている時に、リナリアと鉢合わせた。
ビオレ「リナリア!!」
リナリア「あ…! 良かった、会えた…!」
口ぶりから自分達を探していたようだ。
リナリア「今玉座の間で交戦中です。
バジル将軍に私達はゼニス達がここに来ると聞いて、
シスルに、城前まで迎えに行けと…」
それで迎えに来てくれたのか…。
ゼニス「ちょっと教えて。この城の兵士は?」
リナリア「相手にしていたんですけど、歯が立たず、
ガイラルディア王に下がるように言われて医務室に。
ネメシア将軍は……」
そこまで言って止まる。
リナリア「ローレルがマズい状況だという事を、今知った事へのショックと…
元に戻したい一心で、剣も持たずに対話での説得を試みようと、先ほどから無茶を…」
ゼニス『…どうにか、できないんですか…?』
バジル『今のところはない。だが、諦めてはいない。何とか見つけ出す。
…ただ、もし見つからなかった場合、俺だけで止められる自信はない。』
ゼニス『……わかりました。その時は…手伝います。
ただ、僕達の方でも、ローレル将軍を救う方法、探してみます』
バジルがあの時言った「止める」は、「殺して止める」という意味だ。
ネメシアが、それを許さない。嫌なのだ。
パリス「と、取りあえず、急いでいきましょう…?
ネメシアシ将軍も、バジル将軍も、危ないです…!」
ゼニス「そ、そうだね。話してる場合じゃないか…!」
シュロが、間にあって、くれれば…。
玉座の間に駆け込むと同時に、ドガーンとものすごい音が。
バジル「ぐ…っ!」
シスル「っ…くそ…!」
ネメシア「二人とも…!!」
壁に吹っ飛ばされたバジルとシスルはすぐに立ち上がって、
バジルは武器を構えて「魔獣」であろうキマイラの前に立ち、
シスルはネメシアの眼前に、庇うように立った。
ゼニス(……ローレル将軍、いないじゃないか。)
…違う! 違う、違う、知っている、分かっている。自分が認めたくないだけだ。
ローレル『よっと、俺の事は知ってるか!?』
サルファー『ローレル将軍ですよね。
以前屋敷の前に任務でいらしていたので覚えています』
ローレル『くぅぅぅぅ! 名前を間違えられない! なんて素晴らしいんだ!?』
…あの、ローレル将軍が、今、魔獣の姿であることが。
ネメシア将軍、バジル将軍、シスルに牙を向いている事が。
認められなかった。認めたくなかった。
でもそんな思いは、ネメシアの方が強いんだ。
ネメシア「ローレル! お願いだから目を覚まして!
こんな事をして、もしも、取り返しがつかない事になってから、あなたが目を覚ましたら!
一番辛いのは貴方でしょう!?」
剣を握らず、ただひたすらに叫ぶが、
キマイラ…いや、ローレルは咆哮を上げるだけ。
シスル「……。っ! リナリア!! お前らも来たか…!」
リナリア「シスル! 怪我…!」
気にするな、と怪我を心配したリナリアを制止する。
バジル「ゼニス、手伝え! 俺達だけじゃもたない!」
ゼニス「……けど……」
手伝う、とは言った。でもそれは殺す事と同義で…
ネメシア「止めるだけなんですよね! 動きを!! 殺したら、承知しませんよ…!!」
あんなに任務に忠実なイメージのあったネメシアが、絶対に殺すなと叫ぶ。
国を大事に思う彼女が、ローレルを死なせる事だけは拒む。
バジル「ネメシア将軍! ですが、このままでは…!」
そんな話をしている間にもローレルは攻撃の手を休める事はなく…
サルファー「バジル将軍! ゼニス!」
サルファーが弓を射かけて、前足に命中させる。
シスル「…ローレル……く、殺すだけなら楽なんだけどな…!」
何度か斬りかかろうとするが、
どうしてもぎりぎりで弱々しい型になってしまっている。
殺したく、無いのだ。
ビオレ「ガイラルディア王は?」
リナリア「今は、医務室に。兵の皆さんと一緒に避難を…」
ソレイユ「…そうだ、バジル将軍! ローレル将軍の呪い、解けるかもしれません!」
バジル「は、あ!? どうやって…!?」
ローレルの攻撃を防ぎながら聞き返してくる。
ゼニス「シュロです。彼が解呪の研究をしていて、
今、99%の確率で成功するところまで来ています。」
シスル「あいつ……シュロに連絡とったのか…?」
サルファー「取ってありますよ。もうじき来るのでは…
ただ……」
そこまで言ったところで、玉座の間の扉が再び開けられる。
シュロ「ただっ…100%じゃ、ない…!」
よほど急いで来たのだろう。走って息切れしているシュロが言った。
シスル「遅い!!」
シュロ「だから、走って来たんだって! 相変わらずだな君は!!」
バジル「言い争ってる場合か!!」
ここで仲間割れしてどうする…いや、これは、仲が良いからなのか??
シュロ「それで…だ。確実じゃない。その1%で駄目な場合もある。
駄目だった場合、どうなるかは分からない…それでも僕に任せるというのなら…」
そこまで言って、小さくネメシアが呟いた。
ローレルの咆哮が轟く中で、よく聞こえなかったため、聞き返すと…
ネメシア「やって、ください…このままでは、いけない…
シュロさん! お願いします!!」
……涙…? もう、こんなローレルの姿を見ているのが耐えきれなかったんだろう。
シュロ「分かりました……なら、それにあたって、頼みがある!
ローレル将軍を攻撃して、弱らせてほしい!
殺さなくていい、弱らせるだけでいい! そうじゃないと、効き目が薄い!!」
………
ゼニス「サルファーとビオレ。ネメシア将軍を見ていてほしい。
パリスは医務室へ行って、負傷兵の治療を!」
ソレイユ「私とゼニスで何とかするから…」
まあ、バジル将軍もシスルもリナリアも、引き下がる気は無さそうで。
バジル「ローレル将軍は俺の先輩だ。引き下がる真似はしない…」
シスル「俺は…あいつを攻撃できる口実ができたから加わる」
リナリア「シスル;;; …私はネメシア将軍の気持ちが分かるから。
一人で抱えて、苦しんだ人を持った気持ちが…」
そう言ってシスルの方を見ると、「チッ」とシスルは短く舌打ちしていた。
ビオレ「ネメシア将軍、こっちに!」
サルファー「巻き込まれます、一度、玉座から出ましょう。
せめて、曲がり角の所まで…!」
ネメシア「は…い…」
ビオレとサルファーがネメシア将軍を連れだした。
パリスも医務室に向かうため、玉座を出る。
今ここに残っているのは、ゼニス、ソレイユ、バジル、シスル、リナリア。
そして、解呪の薬を作り出した、シュロだけ。
再三、咆哮が響いた。
ゼニス「……やるよ、みんな!」
ゼニスの声と同時に全員動く。
迷わない。今度は。
元に戻すために、この手段が必要なら、取ろう。
後で、ちゃんと手当してあげよう。今は…
シスル「煉獄絶破!」
リナリア「神霊双翼!」
シスルの剣技は当然ながら、リナリアも片手で振れるぐらいの片手刀をうまく操る。
そういえば、リナリアは刀なんだな…どこ出身だろう??
バジル「日蝕!! 日を覆い隠せ!」
バジルがそう叫ぶと、ローレルの真上に黒い太陽が。室内なのに…
バジル「落ちろ!!」
その黒い太陽から光が落ちて、ローレルに直撃。
酷く鈍い衝撃音がした。
ソレイユ「今の技は!?」
バジル「ネメシア将軍が月光、ローレル将軍が月蝕を持っているからな。
俺は、それの応用で日蝕を覚えたまでだ」
シスル「おいそれ…かなり殺傷力高くなかったか?」
加減はした。と言っているが…まあ、ローレルは死んでいないようだし、
それどころか、まだ元気だ…
ソレイユ「火炎輪!」
ゼニス「十字閃!」
この二人も、最初のころからやって来ただけあって、連携が乱れる様子はない。
シュロ(……すごいな。
僕とレオなんて、連携できるようになるまで時間かかったのに…
けど…!)
未だ動きが鈍らないローレルの…キマイラの爪が振り下ろされた。
リナリアの方だ。
リナリア「!?」
シスル「馬鹿、退け!」
リナリアを庇うように前に出たシスルの腕に爪が食い込んだ。
シスル「ぐっ…ボサっとするな…!!」
リナリア「え、ええ…! …ホーリーウィンド!!」
リナリアの風魔法がローレルに命中する。
バジル「はあっ!」
バジルが後ろ足を両足斬りつける。
恐らく斬りつけたのは腱の辺りだろうか。
ゼニス「円閃舞!!」
ソレイユ「連煌斬舞!!」
二人が派手に舞い斬る。おかげで前足も崩れた。
弱りかけてはいる、が、まだ決定打に欠ける。
そこへ…
サルファー「ゼニス、ソレイユ!」
サルファーとビオレがネメシアを連れて来た。
バジル「ネメシア将軍! なぜ…!」
ネメシア「決定打に、欠けるのでしょう…? 私が、やります」
どれだけの覚悟がいったのだろう。相当悩んだはずだ。
ネメシアがやっと剣を手に握る。
意志を汲んで、ゼニス達は下がる。
ネメシア「ローレル…これは、あなたが私に教えてくれた剣技…
今、あなたに見せるわ…!
…月光! 暗雲を切り裂く光よ!」
ネメシアがそう言った途端に、空に月が。大きな満月が。
そして、その光はローレルに光が降り注ぐ。
衝撃音こそなかったが、その光が落ち着いた時、
ローレルは、ほぼ動かなくなっていた。
ゼニス「シュロ! これで良い!?」
後ろで待機していたシュロに声かける。
シュロ「ああ! これを頼む!」
投げ渡されたのは、水の入った、水晶?
シュロ「これをローレル将軍の体の上で割って、中の液体をかけてくれ!
解呪のために調合した薬品が入ってるんだ!」
これは、効果が99%…1%の確率で失敗すれば、何が起こるか分からない…
バジル「ゼニスやれ!」
ネメシア「お願いします!」
シスル「迷うな!」
リナリア「大丈夫よ!」
口々に後ろから声が降りかかってくる。
ゼニス「わかりました。やります…」
(シュロなら平気。きっと、研究は…!)
覚悟を決めて、それを砕こうとした時、ソレイユが手を添える。
ゼニス「ソレイユ?」
ソレイユ「私も、一緒に。ね?」
それだけで、一気に安心できた。
ゼニス「よし…!」
一気にそれを砕く。中の液体が降りかかる。
その場から、光がどんどん強くなる。
ゼニス「う、眩しい…!!」
光がやんだ。目を開ける。
魔獣の姿はない。代わりにローレルがその場に横たわっていた。
ネメシア「ローレル!!」
ネメシアがローレルに駆け寄った。後を追うようにゼニスとソレイユも傍に来る。
ゼニス「ネメシア将軍…ローレル将軍は…?」
ネメシア「…………」
姿は元に戻った。呪いは解けたのだろう。
問題は生死だが…
ネメシア「生きてる……生きてる…!!」
心臓の音が聞こえた。脈もある。
ソレイユ「良かった!!」
リナリア「良かったわね、シスル!」
シスル「……別に。生きてないとネメシアが…」
ふふっ、とリナリアが笑う。
バジル「そうであっても疲労しているでしょう。
ネメシア将軍。ローレル将軍を医務室へ連れて行きましょう」
ネメシア「ええ…そうね…お父様にも、お伝えしないと…!」
バジルとネメシアがビオレとサルファーと共にローレルを医務室へ連れて行く。
後を追おうとゼニス達も移動しようとする。
が、玉座を出ようとした時に、壁に寄りかかって座り込んでいるシュロが。
ゼニス「シュロ、行かないのか?」
シュロ「あ、いや…成功した事で、緊張の糸が切れて…足に力が…」
あれだけの事を成し遂げたんだ。二年前の旅からずっと悔やんで悩んだ末だ。
無理もないか…とゼニス達は思っていたが、シスルは…
シスル「研究ばっかして鈍ったのか??? 頭はともかく筋肉は老けたか??」
おおおう、とんでもない毒舌。
リナリア「ちょっとシスル!」
シュロ「あ、あはは、否定しきれないからいいよ…
け、けど戦えない事はないからな?」
壁に手をつきながら立ち上がる。
ゼニス「行こうか、僕達も」
ソレイユ「うん! みんなも来るでしょ?」
シュロ「ああ。あ、シスルは無理矢理連れて行かないと逃げ出すから」
そう言われた途端に逃げ出そうとするが、
リナリアに宥められたので仕方ないという感じで付いて来た。
医務室はもう大騒ぎだ。
泣いてる者、飛び跳ねている者、くるくるしてる者。
とにかく、喜んでいる事だけは分かった。
サルファー「ゼニス。ローレル将軍はまだ目を覚ましていませんが、
生きていた、無事だった、それだけでこの騒ぎようですよ」
ビオレ「とんでもない人望ね。」
パリス「回復魔法はかけておいたので、後は、ローレル将軍次第ですね。」
ローレル将軍……
眠っているが、その顔はかなり穏やかだ。苦しそうでも辛そうでもない。
ガイラルディア「目を覚ますさ。ネメシアを置いて行くなんて、彼はありえない」
王様がそう言うなら、平気だろう。
ガイラルディア「ゼニス達。良ければ明日までこの城に留まっていてくれないか?
ごたごたしているからな。明日改めて話がしたい。
お礼も兼ねて。シスル、リナリア、シュロ。君達にも」
しばらく目を見合わせて、ゼニス達は了承。
シスルはさっき同様、リナリアとシュロに押し切られる形で了承した。
シュロ「あ…彼女にも連絡しておこうかな…」
ソレイユ「誰?」
シュロ「ああ、そういえば会ってないね。明日になったら紹介するよ」
………
シスル「ローレルが起きたら一発殴っていいか?」
リナリア「ち、ちょっとシスル!!」
慌ててリナリアが止めるが、ネメシアが言った。
ネメシア「ええ。一発殴ってやってください」
ええええ……
ネメシア「二年前と、違いますし。今回の事は私も腹を立てていますから」
シュロ「確かに! 昔のシスルなら
気に入らなければ殴るどころか殺すって言ってたからな!」
リナリア「実は、私とシスルは二年前から会っていないのよ。
ここに来たのは、ローレル将軍が伏せってからだったから…」
多分、色々驚かせたいんだと思う。とリナリアが言ったが…何の事だ?
ゼニス「では、僕達は部屋を使わせていただきますね」
ソレイユ「お城のベッド! また泊まれるなんてやった!!」
全員医務室を出て、それぞれ割り当てられた部屋に戻る。
ローレル…いつ目を覚ますだろうか。
町の方に害はない。城の方も、今とんでもない事が起きているとは思えないほど、
外から見た景色は普通だった。
けれど、謁見を求める者が出ないように、門番が通行止めしている。
ゼニス「すみません! バジル将軍に呼ばれたんですが…!」
「皆様!? お待ちしておりました! バジル将軍たちは中です!」
「玉座の間に呼ばれたローレル将軍が…! どうか、彼を…止めてください…!」
思った以上にまずい状況らしい。
ソレイユ「急ごう!!」
ゼニス「ああ!」
城の中へ入ろうとした時、後ろから門番に叫ばれる。
「シスル様とリナリア様が! 加勢に来てくれています!
恐らく、もう玉座にいると思いますので!!」
サルファー「わかりました! 合流します!」
城の中はがらんとしている。
恐らく兵士は全員ローレルのもとへ行っているのだろう。
二階への階段を上っている時に、リナリアと鉢合わせた。
ビオレ「リナリア!!」
リナリア「あ…! 良かった、会えた…!」
口ぶりから自分達を探していたようだ。
リナリア「今玉座の間で交戦中です。
バジル将軍に私達はゼニス達がここに来ると聞いて、
シスルに、城前まで迎えに行けと…」
それで迎えに来てくれたのか…。
ゼニス「ちょっと教えて。この城の兵士は?」
リナリア「相手にしていたんですけど、歯が立たず、
ガイラルディア王に下がるように言われて医務室に。
ネメシア将軍は……」
そこまで言って止まる。
リナリア「ローレルがマズい状況だという事を、今知った事へのショックと…
元に戻したい一心で、剣も持たずに対話での説得を試みようと、先ほどから無茶を…」
ゼニス『…どうにか、できないんですか…?』
バジル『今のところはない。だが、諦めてはいない。何とか見つけ出す。
…ただ、もし見つからなかった場合、俺だけで止められる自信はない。』
ゼニス『……わかりました。その時は…手伝います。
ただ、僕達の方でも、ローレル将軍を救う方法、探してみます』
バジルがあの時言った「止める」は、「殺して止める」という意味だ。
ネメシアが、それを許さない。嫌なのだ。
パリス「と、取りあえず、急いでいきましょう…?
ネメシアシ将軍も、バジル将軍も、危ないです…!」
ゼニス「そ、そうだね。話してる場合じゃないか…!」
シュロが、間にあって、くれれば…。
玉座の間に駆け込むと同時に、ドガーンとものすごい音が。
バジル「ぐ…っ!」
シスル「っ…くそ…!」
ネメシア「二人とも…!!」
壁に吹っ飛ばされたバジルとシスルはすぐに立ち上がって、
バジルは武器を構えて「魔獣」であろうキマイラの前に立ち、
シスルはネメシアの眼前に、庇うように立った。
ゼニス(……ローレル将軍、いないじゃないか。)
…違う! 違う、違う、知っている、分かっている。自分が認めたくないだけだ。
ローレル『よっと、俺の事は知ってるか!?』
サルファー『ローレル将軍ですよね。
以前屋敷の前に任務でいらしていたので覚えています』
ローレル『くぅぅぅぅ! 名前を間違えられない! なんて素晴らしいんだ!?』
…あの、ローレル将軍が、今、魔獣の姿であることが。
ネメシア将軍、バジル将軍、シスルに牙を向いている事が。
認められなかった。認めたくなかった。
でもそんな思いは、ネメシアの方が強いんだ。
ネメシア「ローレル! お願いだから目を覚まして!
こんな事をして、もしも、取り返しがつかない事になってから、あなたが目を覚ましたら!
一番辛いのは貴方でしょう!?」
剣を握らず、ただひたすらに叫ぶが、
キマイラ…いや、ローレルは咆哮を上げるだけ。
シスル「……。っ! リナリア!! お前らも来たか…!」
リナリア「シスル! 怪我…!」
気にするな、と怪我を心配したリナリアを制止する。
バジル「ゼニス、手伝え! 俺達だけじゃもたない!」
ゼニス「……けど……」
手伝う、とは言った。でもそれは殺す事と同義で…
ネメシア「止めるだけなんですよね! 動きを!! 殺したら、承知しませんよ…!!」
あんなに任務に忠実なイメージのあったネメシアが、絶対に殺すなと叫ぶ。
国を大事に思う彼女が、ローレルを死なせる事だけは拒む。
バジル「ネメシア将軍! ですが、このままでは…!」
そんな話をしている間にもローレルは攻撃の手を休める事はなく…
サルファー「バジル将軍! ゼニス!」
サルファーが弓を射かけて、前足に命中させる。
シスル「…ローレル……く、殺すだけなら楽なんだけどな…!」
何度か斬りかかろうとするが、
どうしてもぎりぎりで弱々しい型になってしまっている。
殺したく、無いのだ。
ビオレ「ガイラルディア王は?」
リナリア「今は、医務室に。兵の皆さんと一緒に避難を…」
ソレイユ「…そうだ、バジル将軍! ローレル将軍の呪い、解けるかもしれません!」
バジル「は、あ!? どうやって…!?」
ローレルの攻撃を防ぎながら聞き返してくる。
ゼニス「シュロです。彼が解呪の研究をしていて、
今、99%の確率で成功するところまで来ています。」
シスル「あいつ……シュロに連絡とったのか…?」
サルファー「取ってありますよ。もうじき来るのでは…
ただ……」
そこまで言ったところで、玉座の間の扉が再び開けられる。
シュロ「ただっ…100%じゃ、ない…!」
よほど急いで来たのだろう。走って息切れしているシュロが言った。
シスル「遅い!!」
シュロ「だから、走って来たんだって! 相変わらずだな君は!!」
バジル「言い争ってる場合か!!」
ここで仲間割れしてどうする…いや、これは、仲が良いからなのか??
シュロ「それで…だ。確実じゃない。その1%で駄目な場合もある。
駄目だった場合、どうなるかは分からない…それでも僕に任せるというのなら…」
そこまで言って、小さくネメシアが呟いた。
ローレルの咆哮が轟く中で、よく聞こえなかったため、聞き返すと…
ネメシア「やって、ください…このままでは、いけない…
シュロさん! お願いします!!」
……涙…? もう、こんなローレルの姿を見ているのが耐えきれなかったんだろう。
シュロ「分かりました……なら、それにあたって、頼みがある!
ローレル将軍を攻撃して、弱らせてほしい!
殺さなくていい、弱らせるだけでいい! そうじゃないと、効き目が薄い!!」
………
ゼニス「サルファーとビオレ。ネメシア将軍を見ていてほしい。
パリスは医務室へ行って、負傷兵の治療を!」
ソレイユ「私とゼニスで何とかするから…」
まあ、バジル将軍もシスルもリナリアも、引き下がる気は無さそうで。
バジル「ローレル将軍は俺の先輩だ。引き下がる真似はしない…」
シスル「俺は…あいつを攻撃できる口実ができたから加わる」
リナリア「シスル;;; …私はネメシア将軍の気持ちが分かるから。
一人で抱えて、苦しんだ人を持った気持ちが…」
そう言ってシスルの方を見ると、「チッ」とシスルは短く舌打ちしていた。
ビオレ「ネメシア将軍、こっちに!」
サルファー「巻き込まれます、一度、玉座から出ましょう。
せめて、曲がり角の所まで…!」
ネメシア「は…い…」
ビオレとサルファーがネメシア将軍を連れだした。
パリスも医務室に向かうため、玉座を出る。
今ここに残っているのは、ゼニス、ソレイユ、バジル、シスル、リナリア。
そして、解呪の薬を作り出した、シュロだけ。
再三、咆哮が響いた。
ゼニス「……やるよ、みんな!」
ゼニスの声と同時に全員動く。
迷わない。今度は。
元に戻すために、この手段が必要なら、取ろう。
後で、ちゃんと手当してあげよう。今は…
シスル「煉獄絶破!」
リナリア「神霊双翼!」
シスルの剣技は当然ながら、リナリアも片手で振れるぐらいの片手刀をうまく操る。
そういえば、リナリアは刀なんだな…どこ出身だろう??
バジル「日蝕!! 日を覆い隠せ!」
バジルがそう叫ぶと、ローレルの真上に黒い太陽が。室内なのに…
バジル「落ちろ!!」
その黒い太陽から光が落ちて、ローレルに直撃。
酷く鈍い衝撃音がした。
ソレイユ「今の技は!?」
バジル「ネメシア将軍が月光、ローレル将軍が月蝕を持っているからな。
俺は、それの応用で日蝕を覚えたまでだ」
シスル「おいそれ…かなり殺傷力高くなかったか?」
加減はした。と言っているが…まあ、ローレルは死んでいないようだし、
それどころか、まだ元気だ…
ソレイユ「火炎輪!」
ゼニス「十字閃!」
この二人も、最初のころからやって来ただけあって、連携が乱れる様子はない。
シュロ(……すごいな。
僕とレオなんて、連携できるようになるまで時間かかったのに…
けど…!)
未だ動きが鈍らないローレルの…キマイラの爪が振り下ろされた。
リナリアの方だ。
リナリア「!?」
シスル「馬鹿、退け!」
リナリアを庇うように前に出たシスルの腕に爪が食い込んだ。
シスル「ぐっ…ボサっとするな…!!」
リナリア「え、ええ…! …ホーリーウィンド!!」
リナリアの風魔法がローレルに命中する。
バジル「はあっ!」
バジルが後ろ足を両足斬りつける。
恐らく斬りつけたのは腱の辺りだろうか。
ゼニス「円閃舞!!」
ソレイユ「連煌斬舞!!」
二人が派手に舞い斬る。おかげで前足も崩れた。
弱りかけてはいる、が、まだ決定打に欠ける。
そこへ…
サルファー「ゼニス、ソレイユ!」
サルファーとビオレがネメシアを連れて来た。
バジル「ネメシア将軍! なぜ…!」
ネメシア「決定打に、欠けるのでしょう…? 私が、やります」
どれだけの覚悟がいったのだろう。相当悩んだはずだ。
ネメシアがやっと剣を手に握る。
意志を汲んで、ゼニス達は下がる。
ネメシア「ローレル…これは、あなたが私に教えてくれた剣技…
今、あなたに見せるわ…!
…月光! 暗雲を切り裂く光よ!」
ネメシアがそう言った途端に、空に月が。大きな満月が。
そして、その光はローレルに光が降り注ぐ。
衝撃音こそなかったが、その光が落ち着いた時、
ローレルは、ほぼ動かなくなっていた。
ゼニス「シュロ! これで良い!?」
後ろで待機していたシュロに声かける。
シュロ「ああ! これを頼む!」
投げ渡されたのは、水の入った、水晶?
シュロ「これをローレル将軍の体の上で割って、中の液体をかけてくれ!
解呪のために調合した薬品が入ってるんだ!」
これは、効果が99%…1%の確率で失敗すれば、何が起こるか分からない…
バジル「ゼニスやれ!」
ネメシア「お願いします!」
シスル「迷うな!」
リナリア「大丈夫よ!」
口々に後ろから声が降りかかってくる。
ゼニス「わかりました。やります…」
(シュロなら平気。きっと、研究は…!)
覚悟を決めて、それを砕こうとした時、ソレイユが手を添える。
ゼニス「ソレイユ?」
ソレイユ「私も、一緒に。ね?」
それだけで、一気に安心できた。
ゼニス「よし…!」
一気にそれを砕く。中の液体が降りかかる。
その場から、光がどんどん強くなる。
ゼニス「う、眩しい…!!」
光がやんだ。目を開ける。
魔獣の姿はない。代わりにローレルがその場に横たわっていた。
ネメシア「ローレル!!」
ネメシアがローレルに駆け寄った。後を追うようにゼニスとソレイユも傍に来る。
ゼニス「ネメシア将軍…ローレル将軍は…?」
ネメシア「…………」
姿は元に戻った。呪いは解けたのだろう。
問題は生死だが…
ネメシア「生きてる……生きてる…!!」
心臓の音が聞こえた。脈もある。
ソレイユ「良かった!!」
リナリア「良かったわね、シスル!」
シスル「……別に。生きてないとネメシアが…」
ふふっ、とリナリアが笑う。
バジル「そうであっても疲労しているでしょう。
ネメシア将軍。ローレル将軍を医務室へ連れて行きましょう」
ネメシア「ええ…そうね…お父様にも、お伝えしないと…!」
バジルとネメシアがビオレとサルファーと共にローレルを医務室へ連れて行く。
後を追おうとゼニス達も移動しようとする。
が、玉座を出ようとした時に、壁に寄りかかって座り込んでいるシュロが。
ゼニス「シュロ、行かないのか?」
シュロ「あ、いや…成功した事で、緊張の糸が切れて…足に力が…」
あれだけの事を成し遂げたんだ。二年前の旅からずっと悔やんで悩んだ末だ。
無理もないか…とゼニス達は思っていたが、シスルは…
シスル「研究ばっかして鈍ったのか??? 頭はともかく筋肉は老けたか??」
おおおう、とんでもない毒舌。
リナリア「ちょっとシスル!」
シュロ「あ、あはは、否定しきれないからいいよ…
け、けど戦えない事はないからな?」
壁に手をつきながら立ち上がる。
ゼニス「行こうか、僕達も」
ソレイユ「うん! みんなも来るでしょ?」
シュロ「ああ。あ、シスルは無理矢理連れて行かないと逃げ出すから」
そう言われた途端に逃げ出そうとするが、
リナリアに宥められたので仕方ないという感じで付いて来た。
医務室はもう大騒ぎだ。
泣いてる者、飛び跳ねている者、くるくるしてる者。
とにかく、喜んでいる事だけは分かった。
サルファー「ゼニス。ローレル将軍はまだ目を覚ましていませんが、
生きていた、無事だった、それだけでこの騒ぎようですよ」
ビオレ「とんでもない人望ね。」
パリス「回復魔法はかけておいたので、後は、ローレル将軍次第ですね。」
ローレル将軍……
眠っているが、その顔はかなり穏やかだ。苦しそうでも辛そうでもない。
ガイラルディア「目を覚ますさ。ネメシアを置いて行くなんて、彼はありえない」
王様がそう言うなら、平気だろう。
ガイラルディア「ゼニス達。良ければ明日までこの城に留まっていてくれないか?
ごたごたしているからな。明日改めて話がしたい。
お礼も兼ねて。シスル、リナリア、シュロ。君達にも」
しばらく目を見合わせて、ゼニス達は了承。
シスルはさっき同様、リナリアとシュロに押し切られる形で了承した。
シュロ「あ…彼女にも連絡しておこうかな…」
ソレイユ「誰?」
シュロ「ああ、そういえば会ってないね。明日になったら紹介するよ」
………
シスル「ローレルが起きたら一発殴っていいか?」
リナリア「ち、ちょっとシスル!!」
慌ててリナリアが止めるが、ネメシアが言った。
ネメシア「ええ。一発殴ってやってください」
ええええ……
ネメシア「二年前と、違いますし。今回の事は私も腹を立てていますから」
シュロ「確かに! 昔のシスルなら
気に入らなければ殴るどころか殺すって言ってたからな!」
リナリア「実は、私とシスルは二年前から会っていないのよ。
ここに来たのは、ローレル将軍が伏せってからだったから…」
多分、色々驚かせたいんだと思う。とリナリアが言ったが…何の事だ?
ゼニス「では、僕達は部屋を使わせていただきますね」
ソレイユ「お城のベッド! また泊まれるなんてやった!!」
全員医務室を出て、それぞれ割り当てられた部屋に戻る。
ローレル…いつ目を覚ますだろうか。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
堕天使の黙示録-アポカリプス-
瑠璃✧*̣̩⋆̩☽⋆゜
ファンタジー
記憶を取り戻すための旅。
記憶は、あった方がいいのか、それとも戻らない方がいいのか…。
見たくない過去なら? 辛い運命なら?
記憶の無い者達が導かれ、めぐり逢い、旅をしていく物語。
真実を見た先に、彼らの出す答えは…。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……



【完結】徒花の王妃
つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。
何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。
「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる