天使に出会った日

玖羽 望月

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番外編7. I was born today.

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【side 香緒】

──2月。

節分、立春を過ぎ、世間ではまもなくバレンタインデー!と話題になる頃。その前にやってくるのは、自分の誕生日。

10日になれば一つ歳を重ねるのか、とカレンダーを見ながらしみじみと思ってしまう。

きっと、武琉は僕のために腕を振るってくれるつもりなんだろうけど、クリスマスだって、お正月だって、そして普段だって、武琉はいつも美味しいものを食べさせてくれる。

「作るのは楽しいから気にするな」

何て武琉は言うけど、僕だって何かしたい。武琉の喜ぶ顔が見たいって思ってしまう。


「と、言うわけで。作戦会議です!」

武琉がお風呂に入りに行ったタイミングで、僕は希海の部屋に押しかける。もちろんそこには響もいて、相変わらずの、ファンには見せられないダラけた格好でソファに転がっていた。

「なんだよ香緒!突然やって来て作戦会議って」

呆れたように響は僕にそう言って、希海は何も読み取れない表情でこっちを見ていた。

「もうすぐ僕の誕生日でしょ?ちょっとやりたい事があって」
「何?自分の誕生日に自分でサプライズするの?」

ペットボトルの炭酸飲料を開けながら響は僕にそう言った。

「うーん……確かにそれに近いかも。あのさ、僕の誕生日に、武琉に手料理でおもてなししたいなって」

そこまで言うと、隣で響が急に咽せて激しく咳き込み始めた。

「大丈夫?」

ティッシュの箱を差し出すと、響はそれを受け取り口を拭ってから声を上げた。

「大丈夫?じゃねーよ!香緒が無謀な提案するからだろ⁈」
「分かってるよ。無謀な事くらい。だから作戦会議……というか、響に作り方教えて貰えないかなぁ?って思って」

そう切り出すと、響は深ーく溜息を吐いた。

「ちょっと希海!香緒に何か言ってやってよ」

響がずっと無言だった希海にそう振ると、「怪我には注意してくれ」と真顔で答えた。

「そうじゃなくてさ……」

頭を抱える響に、希海は「香緒は意外と頑固だぞ?」と当たり前のような顔をして言っている。

確かに……まあ、そうかも知れないけど

「分かったよ!教えりゃいいんだろ!カレー、シチュー、ハヤシ、どれにする?」

投げやりに尋ねる響に、僕は「何でその3択なの?」と返す。

「俺が教えられて香緒が作れそうなのはそれくらいだろ?」

呆れたままの響に「じゃ、じゃあカレーかな?最近食べてないし」と押され気味に答えた。

「で、俺は何をすればいいんだ?」

もちろん希海にもして貰いたい事はある。

「あ、当日、武琉を家から連れ出して欲しいんだ。えっと……3時間程」

僕がそう言うと、流石に希海は驚いたように「3時間……」と呟いた。


【side 響】

「香緒っ!ストップ!手、よく見て!」

人参と共に、香緒は自分の指まで刻むんじゃないかとヒヤヒヤしながら俺は声を上げる。

「えっ!」

香緒は慌てて自分から見えない方の手を確認すると、切らないようにずらしてまた包丁を握った。

香緒とは長い間一緒に住んでるけど、包丁を握っているところなんて初めて見た。初めて料理に挑戦している子どもみたいに真剣で、でもちょっと楽しそうだ。

玉ねぎの皮を剥くのはさすがに黙っててもできた。ジャガイモと人参の皮をピーラーで危なっかしく剥いて、それらを切り出す頃には、正直俺は気を使い過ぎて精神的にどっと疲れが出ていた。

「口は出しても手は出さないでね!」

と香緒に事前に言われていたから仕方がない。これが武琉だったら、もしかして心配すぎて冷静でいられないかも、なんて思った。

なんとか材料を切り終わり、香緒はようやく鍋を取り出して、肉を炒め始める。他の材料は至って普通で、ルーなんかCMでよく見かけるやつなのに、肉だけは何故か高級品。
香緒それを指摘すると、不思議そうに「えっ?ダメだった?」と返って来た。

香緒は……主婦にはなれねーな、と俺は心の中で突っ込んだ。

「あっ。火!香緒、もうちょっと弱めて!肉の表面に色がついたら次は野菜な」
「う、うん。分かった」

とにかく真剣な眼差しで料理と格闘する香緒は、何となく可愛い。
そんな姿を見せるのは、全部武琉のおかげなんだろうけど。

俺はふと思い付き、ジーンズの後ろに突っ込んでいたスマホを取り出す。
そして、野菜を鍋に入れて炒め始めた香緒の横に立つと、スマホを掲げた。
カシャっと音がして、画面に一生懸命な香緒の横顔が表示される。

「あ、何撮ってるの?」

顔だけ向けてそう言う香緒に、「オフショット的な?武琉も希海も見たいだろうし」と笑いながら答える。

「そうだ!いっそ動画にしよ!」

俺はそう言うとすぐさま録画に切り替えて、実況するように声を上げた。

「はーい。こちら、橋本香緒初めてカレーを作る!の現場でーす。橋本さん、どうですか~?感想は」

香緒を撮りながら、ふざけてそう言うと、香緒は必死の形相でこっちを向いた。

「ちょっと響!遊んでないで次どうするか教えてよ!」
「そろそろ水入れたら?とりあえず具が浸るくらいでいいんじゃね?」

俺がそう言うと、ボールに水を入れて、それを鍋に流し込んでいた。

「香緒、どう?料理は大変?」

スマホを向けたまま、俺は尋ねる。

「凄く大変。武琉、いつもありがとう」

そう言って香緒は俺、と言うかスマホに向かって言う。

「母の日かよ!今日は香緒の誕生日だろ?香緒、おめでと」
「うん。ありがとう!」

そう言って、香緒はとびきりの笑顔でそう答えてくれたのだった。
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