天使に出会った日

玖羽 望月

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番外編6.New year

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―side香緒

早いもので、今年の仕事も最後だったこの日。
午前中に家を出たのに、各方面への挨拶も済ませていたら夕方。

疲れたなぁ……

と思いつつも、明日から3週間程大きな仕事もなくゆっくり出来ると思うと何となくウキウキもしながら帰宅した。

「ただいま」

僕がいつものようにリビングに入ると、温かな部屋と武琉が出迎えてくれた。

「お帰り。外寒かっただろ?」

テーブルに広げていた雑誌から目を離し、僕に微笑むとすぐに武琉は僕の元へ向かって来てくれる。
僕は目の前に立つ武琉に当たり前のように抱きついて、その温かい体を確かめる。
それに応えるように武琉も僕の頭を撫でてくれた。

「髪が冷たいな。何かあったかいもの入れる」
「うん。ありがとう」

そう言って、僕はさっき武琉の座っていたダイニングテーブルに向かった。

何読んでるんだろ?

僕はその開かれたページを覗きを込んだ。

「え?」

思わずそう言ってしまう。そこにあったのは、煌びやかな……おせち??

裏返してみると、どうも主婦向けの雑誌の12月号。見出しには、家で作る簡単おせち、なんて書いてある。

いや、まあ……今のところ、武琉は我が家の主夫ではある。
希海曰く、ハウスクリーニングに来てもらうより家が綺麗で、その上美味しいご飯も出てくる。
この家にいた僕たちは武琉に感謝しても仕切れない。
もちろん、すでに大掃除に取り掛かっている武琉は、事ある毎に僕達に掃除しておく場所がないか聞いてくれた。

響なんか、ほぼ使っていない自分の部屋の掃除を頼み込み、その見返りとしてこっそり高級包丁セットを用意しているのを僕は知っている。
希海は、ボーナスだといつもの額に上乗せして武琉に渡して、中身を見た武琉が驚いて返そうとしたが、ハウスクリーニングの相場をスマホで見せて、日数で言えば妥当だと武琉を黙らせていた。
僕は、せめてお正月に食べるご馳走を用意しようかなぁ、なんて考えてたけど、雑誌を見て思い悩む。

確かに、武琉ならまず食べるより作ってみたいが先だよねぇ……

ペラペラと雑誌を捲りながら僕はそう思った。

「香緒。これでいいか?」

武琉は戻って来ると、手にそのまま持っていた僕用のマグカップを差し出す。
ホカホカのカップの中身はカフェオレだ。

「ありがと」

僕が受け取ると、武琉は優しく笑顔を見せてから僕の横に座った。

「武琉さ。もしかしておせち作ってくれるつもりでいる?」

武琉の方を向いて尋ねると、僕の言葉にはにかむように頷いた。


「せっかくだから作ってみたい。もしかしたら来年はゆっくり作ってられないかも知れないし」

確かに来年の今頃、武琉は専門学校に通っているはずで、もしかしたらゆっくり家で過ごせないかも知れない。
だからこそ、今年気合いを入れて作りたいのかも知れない。

「そうか……」

急に僕は思いついた事があり、そう口にすると、武琉が不思議そうに「どうかしたか?」と僕に尋ねた。

「おせちの材料!僕が出すよ。一緒に買いに行こ?」

声を弾ませて言う僕に、面食らうように武琉は目を丸くしている。

「出すって……。俺が勝手にやるんだから自分で出すつもりだったんだけど」
「だって。僕だって武琉に日頃の感謝を形にして渡したいし!ダメ?」

武琉の顔を見ながらそうお願いすると、ふぅっと息を吐いて「じゃあ。頼む」と笑った。

「うん!こちらこそ、よろしくお願いします!」

と僕が頭を小さく下げてから顔を上げると、ふっと優しく笑い武琉は軽く僕の唇にキスをした。

「ほんとに、香緒は可愛いな」

何て言われながら。


で、年末の商店街にやって来たわけなんだけど……。

「何これ?有名神社の初詣⁈」

テレビでも見るような、お正月の材料を多く売っている店が立ち並ぶその場所に来たわけなんだけど、あまりの人の多さに思わず僕はそう声を上げた。

「さすがに……これは凄いな」

人手を見た武琉も絶句しているようだ。
とりあえずはぐれないようにしっかりと手を繋いで、戦場に向かうような気持ちで進む。
武琉は買い物用のメモを片手に店先を覗き始めた。

希海と響にもおせちの話はしてあって、リクエストも聞いてある。

響はひたすら「海老!車海老もいいし、もちろん伊勢海老でも!」と自分の好きなものをアピールする。
希海は、「酒に合えばなんでも……」と一番参考にならない事を言っていて、武琉は困った顔をしていた。

「で、香緒は結局何がいいんだ?」

騒々しい通りを歩きながら、僕は武琉に尋ねられる。

「うーん……。実はおせちってあんまり食べた事ないんだよね」

歩きながらそう答える。去年まで年末年始はフランスに帰る事が多かったし、日本に住んでいた頃は子供だったから、イマイチおせちの有り難みも分からず子供用のオードブルをつついていた気がする。

「じゃあ、やっぱり基本のおせち料理にしよう」
「そうだね!」

そうやって、僕たちは年末の買い出しと言う名のデートを楽しんだ。
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