天使に出会った日

玖羽 望月

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番外編5.とある非日常の風景II(side希海)

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 香緒と武琉が北海道に辿り着いただろう頃。うちでは未だに響が駄々をこねていた。

「俺も行きたかった…。美味うまいもの食べたかった…」

 指を加えて見ている、と言った表現がぴったりの顔で、響は北海道のPR動画まで見る始末だ。

「そんな事言っても、スケジュール詰まってるだろ…」

 呆れたような俺がそう言うと、「分かってるよそんなの!」と自分でも半分諦めたように言う。

 今響はドラマの撮影中だ。それもヒロインの相手役。とてもじゃないが、北海道に行くなんてスケジュールの空きはない。だが、近場ならなんとかなるか、と思ってはいるが、あまりぬか喜びさせてもと思い黙っていた。



「おはようございまぁす!」
「あ、おはよう響君」

 グレーのスーツに身を包み、爽やかにそう返してきたのは、響が今の事務所に入った時からマネージャーをしてくれている、東藤とうどうさんだ。
 俺の2つほど年上のこの人は、響の周りにいる関係者の中で唯一俺達の関係を知っていて、理解してくれている。

「希海君も、今日もお疲れ様!」

 東藤さんはにこやかに俺にも挨拶してくれた。

「おはようございます」

 そう言って頭を軽く下げる。

「じゃあ行ってくる」
「あぁ」

 控室に向かう響を見送ると、俺は東藤さんに話しかけた。響の今後のスケジュールを確認するために。

「本当に、希海君も第2のマネージャーだよね。知ってる? たまに希海君のことマネージャーだと思ってる人いるって」

 なんて笑いながら東藤さんは手帳を開く。
 まあ…それは知っていた。だいたいどこの現場にも現れる俺に、普通にスケジュール確認をするスタッフがいて、俺もそれに答えるからそう思われても仕方ない。その後俺がマネージャーじゃないと知って、盛大に謝られたこともある。

「まあ、間違われても仕方ないと言うか……。ところで、この日なんですが……」

 俺は東藤さんに事の次第を話し、無理矢理に1泊旅行の了承を得た。

「うん。いいよ。たまには響君にもリフレッシュも必要だしね!」

 本当に理解のあるマネージャーで助かる……

 そう思いながら、ほっと胸を撫で下ろした。


 香緒と武琉も北海道から戻り、その土産もすっかり食べ尽くした頃、ようやくスケジュールの隙間を縫って近場に旅行に行くことになった。

 当日は早朝ロケで午後からオフ、翌日は午後から撮影という、休みなのかそうでないかよくわからない日ではあったが。

「お疲れ」

 早朝ロケも無事終わり、ロケ現場で響と待ち合わせる。車に乗り込んだ途端に響は「寝みぃー!」と欠伸をした。

「寝てていいぞ。2時間はかからないがそれなりに走る」
「あーうん。そうする~」

 響はシートを一番後ろまで倒すとゴロンと横になった。
 ナビは近づいてからでいいかとセットせず、エンジンをかける。
ハンドルに手をかけるとふと視線を感じて横を見ると、響がじっーとこちらを眺めていた。

「どうかしたか? どこか寄りたいところがあるなら寄るが」
「んーもうちょっとあとでいいや。車運転する希海、格好いいなぁって見てただけだし」

 そう言いながら眠そうな顔を見せる響に、「眠り姫は次のキスまで寝てろ」と軽くキスを落とす。
ふふっと嬉しそうに笑って、響は「そーする」と目蓋を閉じた。

 俺は車を目的地に向け走らせる。せっかく海沿いのドライブコースを走るが、今日は朝の4時から撮影をしている響を起こすのは酷だ。

 仕方ないとすっかり眠っている響を横目に1人ハンドルを握った。

 スケジュール的に近くを観光、なんて時間もなく、ただ旅館に泊まって、また明日戻ってくるだけの小旅行。

 それでも、少しでも気晴らしになれば、と思った。


「響」

 途中のサービスエリアに入り、車を止めると響に呼びかける。

「ん~? 着いた?」
「いや、まだだ。もう昼も回ったし休憩しようかと思って」

 シートベルトを外しながら答える。

「キスしてくれなきゃ起きられない~」

 響が眩しそうに薄ら目を開け甘えた声を出す。響がこんな姿を晒すのは俺の前だけだ。

 周りに誰かいたらどうするんだ? と思いながらも、わざわざ目立たない一番隅の周りに車がいない場所に止めてある。それに今日は週の真ん中で、もともと言うほど観光客らしき人も疎らだ。

 まだ助手席に横たわる響の唇に軽くキスを落とす。

「えー? そんだけ?」

 響は不満げに声を漏らしている。

「ここでこれ以上できないだろう。またあとでしてやる」

 俺は呆れたように答えた。

「ちぇっ…」

 残念そうな声と共に、響はシートのリクライニングを戻しながら体を起こした。
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