天使に出会った日

玖羽 望月

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番外編12.next Stage

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 さっきまで遠巻きに僕たちを眺めていたひとかたまりに近づくと、何かを堪えているようなその顔と真っ先に目が合った。その途端、大きな瞳に大粒の涙が浮かび上がり、ポロポロと零れていった。

「さっちゃん、泣かないで」
「ごめん、ね、香緒ちゃん。……笑顔で見送ろうって……思ってた、のに……」

 途切れ途切れにそう言うさっちゃんの頭を、僕はそっと撫でる。

「ありがとう。最後まで一緒にやってこれてよかった。ここまで来られたのは、さっちゃんのおかげだよ?」

 母になっても変わらない、可愛いらしいその顔は涙で濡れている。その涙をそっと指で拭うと、僕は笑顔で続けた。

「いつも、一生懸命僕のことを考えてくれてたさっちゃんに、僕は助けられてた。ずっと僕が輝いていられたのはさっちゃんがいたから。だから、本当にありがとう」

 僕がそう言うと、より一層さっちゃんの瞳から涙が溢れた。

「私こそ、ありがとう。香緒ちゃんに出会えて……よかった」
「うん。僕もだよ?」

 そこでようやく笑顔を見せるさっちゃんに、僕はホッとして息を吐いた。

「そうだ。一つだけ……、さっちゃんにお願いがあるんだ」

 それにさっちゃんは小さく頷いた。僕はそれを見て、ゆっくりと話し始めた。

「あのね? さっちゃんはこれからも、たくさんの人を美しく……、輝いているものを、より輝かせていくと思う。でもね、まだ燻んでいる原石を、さっちゃんの力で磨いていって欲しいなって思ってる。……睦月君と一緒にね?」

 驚いたように目を見開くさっちゃんに微笑みかけてから、僕は顔を上げる。さっちゃんのうしろで穏やかに見守ってくれていた睦月君と目が合うと、僕は笑った。

「任せて。俺も、さっちゃんに置いていかれないよう腕磨くからさ。見ててよ」

 睦月君はそう言うと、人懐っこい笑顔を浮かべた。その顔は、人見知りだった僕と初めて会ったときから変わっていない。

「楽しみにしてる。これからも、2人の活躍を応援してるからね」

 そう言って、僕は飛びきりの笑顔を作ってみせた。

「なぁなぁ、俺には?」

 ようやく会話に入ってこれると踏んだのか、向こう側でソワソワしていた響が割り込んでくる。なんかそれが、人に相手をして欲しくてアピールしている犬のかんちゃんみたいでちょっと笑ってしまう。

「言われなくても、ずっと応援してるでしょ?」
「わかってるけどさ~。改めて言われたら嬉しいだろ?」

 響は、すっかり青年に成長したその顔で、少年のような明るい笑顔を見せていた。

 響とは、もうすぐ出会って10年になる。
 当時響はアイドルを多く輩出する大手事務所にいたけど、自分が目指す役者となるためにまた一から出直した。それを間近で見て、着実にその道を進んでいく響に、実は励まされてたなんて、今更気恥ずかしくて言えないけど。

「この前までやってたドラマ。ずっと見てたよ? 新境地って感じだったよね。まさか犯人だと思わなかったけど」

 響が出てるドラマや映画は、ちゃんと全部見てる。少し前までは恋愛系のドラマが多かったけど、今回は本格ミステリーだった。その録画を武琉と見ながら、2人で『ああでもないこうでもない』と話すのは楽しかった。

「あぁ。あれねー。俺も思ってなくて、台本ほん読んだとき驚いた!」
「確かに、あの時の叫び声。……うるさかった」

 響の軽い調子とは反対に、希海がうんざりしたような顔で言う。

「にしても、あの豹変する感じ! 迫真の演技だったよね」
「本当に。香緒も俺も、テレビ見ながら思わず怖って言ったもんな」
「それ、褒め言葉として受け取っとく!」
「もちろん褒めてるよ」

 こんな風に4人で話すのは久しぶりだ。僕たちが一緒に暮らしていたのはほんの3年ほど。でも、僕にとってはかけがえのない時間だった。

「あ……」

 ふと、一つの言葉が頭をよぎる。

「何? 香緒、どうかしたのか?」

 僕が小さく呟いたのを見て、響が不思議そうに尋ねる。

「ううん? ちょっと今、思いついたことがあって」

 それはフランス語で、大切な人を指す言葉だ。今、まさに大切な人たちを前に、この言葉はしっくりくる。

「何だよ。勿体ぶってないで教えろよ?」
「んー……。それはまた、追々ね?」
「え~? ケチ~!」

 響が不満気に声を上げると、希海は宥めるように背中を叩く。

「またいつか教えてくれるだろう。それより、もうそろそろ時間だ。東藤さんが迎えに来てる」
「あ、ほんとだ。じゃ、香緒、武琉。また!」

 響は振り返りながら手を振り、慌ただしく去っていった。

「相変わらず、忙しそうだね。響は。……じゃあ僕も、そろそろ行こうかな」

 そう言って、少しだけ振り返り、スタジオを見渡す。

 今はただ思う。
 本当に……楽しかったよ。ありがとう……と。
 
 もうこれで、思い残すことはない。

 僕は顔を上げて、武琉に手を差し出した。

「……行こうか」

 その手を握り、武琉は笑みを浮かべた。

 モデルとしての最後の一日。僕はきっと、何年経っても、この日を忘れることはないだろう。
 そう思いながら、ゆっくりとスタジオをあとにしたのだった。
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