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番外編2.とある非日常の風景I(side武琉)
3.
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香緒さんが席に着くと、見計ったように「また後程参ります」と仲居さんは部屋をあとにし、俺たちは2人きりになった。
目の前の香緒さんは、白地に大きな赤い花柄の浴衣を着ている。正直凄く似合ってて、なんと言うか……綺麗だった。
「遅くなってごめんね。どれにしようか悩んでて」
そう言えば、チラッと見えた女性用の浴衣は一つではなかった。そこはやっぱりモデル。ついどれにしようか悩んだのだろう。
「その。よく似合ってます。ずっと見てたいくらい」
真っ直ぐに香緒さんを見つめてそう言うと、フワッとその頬が紅く染まる。
「……。た、食べよ?」
照れ隠しのように香緒さんはそう言って手を合わせた。
俺はさっき教えて貰った話を香緒さんにしながら、2人で料理の数々に舌鼓を打った。山のものもあったが、さすが北海道と言うべきか、海鮮料理はとにかく美味しい。あまりにも感動して、思わず「うわぁ…」と声が漏れた。
「美味しいね。幸せ!」
香緒さんも同じ様に笑顔でそう言っていて、その顔を見て、やっぱり俺はこうやって料理で誰かを幸せにしたいと思っていた。
ほぼ料理もなくなった頃、仲居さんが柚シャーベットを持って来て、皿を片付け始める。
「さすがに、もうお腹いっぱい!ごちそう様でした!」
少なく見えて意外と量はあって、俺でもまあまあ腹は膨れたが、普段あまり食べない香緒さんも、今日は綺麗に食べ尽くしていた。
窓際に移動して、そこからほんのり照らされている庭をしばらく眺める。ようやく腹も落ち着いた頃、香緒さんはスッと立ち上がると、「そろそろ温泉入ろっか!」と嬉しそうに声を上げた。
温泉は、楽しみに取っておこうと来た時2人で示し合わせてまだ見てはいない。もちろん部屋付きの温泉で、誰に遠慮することなく入ることができる。
廊下から暖簾の掛かった木枠の戸を開けると脱衣所があった。
「えっと、ちょっと持って来たいものあるから。先に入ってて」
思い出したように香緒さんは言うと、俺を置いて脱衣所を出て行った。
「……?」
どうしたんだろうかと思いながらも浴衣を脱ぎ、折り目に沿ってなんとなく畳んで置く。そして裸になると温泉に向かう扉を開けた。
庭の見える、半分が露天風呂といった雰囲気の温泉からは白い煙が上がっている。見るからに、温泉!と言う感じがして、初めてみるその光景に思わず、「すげー……」と口に出す。
それにしても、さっきから語彙力がまあまあ酷いな、と自分に突っ込みながら掛け湯をして、湯船に浸かった。
庭は歩いて回れない方が見えているようで、見た覚えのない景色だ。一番端まで寄って上を見ると、暗い空には星が見たことないほど輝いていた。
早く香緒さんにも見せたい、と首が痛くなるほど見上げていると、後ろから扉の開く気配がした。気恥ずかしくて、そのまま振り返らずお湯が流れる気配や、体を湯船に浸ける気配を感じていた。
「何見える?」
俺に寄り添うように並んで、香緒さんは俺と同じ方向を眺める。
「うわぁ。あれ、星?あんなにたくさん!」
まさに星の数ほど、と言いたいくらいにゆらゆら瞬いていて、今にも降って来そうだ。
しばらく空を眺めてから「ね、後ろ見て?」と香緒さんは俺を促した。振り返ると、湯船に木桶が浮いている。その中にあるのは、徳利と御猪口。
「いっぺんやってみたかったんだ!温泉浸かりながらお酒飲むの」
どうりで食事中のお酒をセーブしていると思った。確かにテレビでしか見たことのないシチュエーション。香緒さんはニコニコと桶を手繰り寄せると、御猪口を俺に渡し、自分は徳利を持った。
「さ。どーぞ」
そう言って香緒さんは俺に酒を注いでくれる。俺も御猪口を香緒さんに渡して徳利を受け取ると、同じように酒を注いだ。
「じゃ、乾杯!」
小さく御猪口を合わせて、それぞれが口にそれを運ぶ。冷たくて、キリッとした辛口の日本酒が、温まった体を通り抜ける。だがしばらくすると、体がかぁっと熱くなった。
「一つ願いが叶って嬉しいな~」
御猪口に口を付けながら、しみじみと香緒さんは言った。
「それは良かったですね」
肩が触れ合うくらい近くにいる香緒さんの上気した横顔を見ながら言うと、ふっとこちらを見て香緒さんは微笑んだ。
「もう一つ叶えたい願いがあるんだけどなぁ」
そう言って。
「……何、ですか?」
こっちを期待に満ちたような眼差しで見ている香緒さんに俺は尋ねる。
「えーっと。僕にも、響相手みたいに普通に話して欲しいなーって。名前も……その、さん付けじゃなくて……」
香緒さんはそう言って恥ずかしそうに視線を逸らす。
そうだ。俺は、なんだかタイミングを失ったまま、話し方を変えられずにいるのだ。
最初に年上とインプットされてしまったから、恋人どころか式を挙げてもそのままだ。今更だしな、なんて思っていたけど、香緒さんは気にしていたようだ。
目の前の香緒さんは、白地に大きな赤い花柄の浴衣を着ている。正直凄く似合ってて、なんと言うか……綺麗だった。
「遅くなってごめんね。どれにしようか悩んでて」
そう言えば、チラッと見えた女性用の浴衣は一つではなかった。そこはやっぱりモデル。ついどれにしようか悩んだのだろう。
「その。よく似合ってます。ずっと見てたいくらい」
真っ直ぐに香緒さんを見つめてそう言うと、フワッとその頬が紅く染まる。
「……。た、食べよ?」
照れ隠しのように香緒さんはそう言って手を合わせた。
俺はさっき教えて貰った話を香緒さんにしながら、2人で料理の数々に舌鼓を打った。山のものもあったが、さすが北海道と言うべきか、海鮮料理はとにかく美味しい。あまりにも感動して、思わず「うわぁ…」と声が漏れた。
「美味しいね。幸せ!」
香緒さんも同じ様に笑顔でそう言っていて、その顔を見て、やっぱり俺はこうやって料理で誰かを幸せにしたいと思っていた。
ほぼ料理もなくなった頃、仲居さんが柚シャーベットを持って来て、皿を片付け始める。
「さすがに、もうお腹いっぱい!ごちそう様でした!」
少なく見えて意外と量はあって、俺でもまあまあ腹は膨れたが、普段あまり食べない香緒さんも、今日は綺麗に食べ尽くしていた。
窓際に移動して、そこからほんのり照らされている庭をしばらく眺める。ようやく腹も落ち着いた頃、香緒さんはスッと立ち上がると、「そろそろ温泉入ろっか!」と嬉しそうに声を上げた。
温泉は、楽しみに取っておこうと来た時2人で示し合わせてまだ見てはいない。もちろん部屋付きの温泉で、誰に遠慮することなく入ることができる。
廊下から暖簾の掛かった木枠の戸を開けると脱衣所があった。
「えっと、ちょっと持って来たいものあるから。先に入ってて」
思い出したように香緒さんは言うと、俺を置いて脱衣所を出て行った。
「……?」
どうしたんだろうかと思いながらも浴衣を脱ぎ、折り目に沿ってなんとなく畳んで置く。そして裸になると温泉に向かう扉を開けた。
庭の見える、半分が露天風呂といった雰囲気の温泉からは白い煙が上がっている。見るからに、温泉!と言う感じがして、初めてみるその光景に思わず、「すげー……」と口に出す。
それにしても、さっきから語彙力がまあまあ酷いな、と自分に突っ込みながら掛け湯をして、湯船に浸かった。
庭は歩いて回れない方が見えているようで、見た覚えのない景色だ。一番端まで寄って上を見ると、暗い空には星が見たことないほど輝いていた。
早く香緒さんにも見せたい、と首が痛くなるほど見上げていると、後ろから扉の開く気配がした。気恥ずかしくて、そのまま振り返らずお湯が流れる気配や、体を湯船に浸ける気配を感じていた。
「何見える?」
俺に寄り添うように並んで、香緒さんは俺と同じ方向を眺める。
「うわぁ。あれ、星?あんなにたくさん!」
まさに星の数ほど、と言いたいくらいにゆらゆら瞬いていて、今にも降って来そうだ。
しばらく空を眺めてから「ね、後ろ見て?」と香緒さんは俺を促した。振り返ると、湯船に木桶が浮いている。その中にあるのは、徳利と御猪口。
「いっぺんやってみたかったんだ!温泉浸かりながらお酒飲むの」
どうりで食事中のお酒をセーブしていると思った。確かにテレビでしか見たことのないシチュエーション。香緒さんはニコニコと桶を手繰り寄せると、御猪口を俺に渡し、自分は徳利を持った。
「さ。どーぞ」
そう言って香緒さんは俺に酒を注いでくれる。俺も御猪口を香緒さんに渡して徳利を受け取ると、同じように酒を注いだ。
「じゃ、乾杯!」
小さく御猪口を合わせて、それぞれが口にそれを運ぶ。冷たくて、キリッとした辛口の日本酒が、温まった体を通り抜ける。だがしばらくすると、体がかぁっと熱くなった。
「一つ願いが叶って嬉しいな~」
御猪口に口を付けながら、しみじみと香緒さんは言った。
「それは良かったですね」
肩が触れ合うくらい近くにいる香緒さんの上気した横顔を見ながら言うと、ふっとこちらを見て香緒さんは微笑んだ。
「もう一つ叶えたい願いがあるんだけどなぁ」
そう言って。
「……何、ですか?」
こっちを期待に満ちたような眼差しで見ている香緒さんに俺は尋ねる。
「えーっと。僕にも、響相手みたいに普通に話して欲しいなーって。名前も……その、さん付けじゃなくて……」
香緒さんはそう言って恥ずかしそうに視線を逸らす。
そうだ。俺は、なんだかタイミングを失ったまま、話し方を変えられずにいるのだ。
最初に年上とインプットされてしまったから、恋人どころか式を挙げてもそのままだ。今更だしな、なんて思っていたけど、香緒さんは気にしていたようだ。
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