天使に出会った日

玖羽 望月

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エピローグ

1.

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Bistroビストロ monモン trésor トレゾールと書かれた白い壁の横にある木の扉が開くと女性客が2人、笑顔で出て来た。店の中からは「ありがとうございました」と出て行く客に掛けている声が聞こえた。

4月の暖かい雨が降り頻る中、傘をさしたその客達は口々に『美味しかったねー!』とか、『うんうん。特にハンバーグ最高!』と燥ぎながら通り過ぎていった。

「だってよ」

2人が過ぎて行くのを待って、響はそう希海に言う。

「そうか……」

口元を上げ優しい表情を見せる希海に、響の頰も緩んだ。相変わらず表情筋は堅いが、長い付き合いだ。内心、むちゃくちゃ喜んでいるよな~と、その顔を見て響は思った。


店の扉が開き、openになっていた札をcloseに変える人物が見える。

「おーい!」

響がその人物に手を振りながら呼びかけると、相手も気付き手を振り返す。

「早かったね!入って!」

そう促され、希海と響は店に向かった。

店の中は4人掛けの白木のテーブルが4つにカウンター席とこじんまりしている。シンプルなインテリアに角には観葉植物があり、白い壁にいくつか写真が飾られていた。

「いらっしゃい。雨の中来てくれてありがとう」
「いや、開店してすぐ来れなくて悪かったな」
「忙しかったんでしょ?響も、撮影大丈夫だった?今もドラマ見てるよ」

そう言いながら香緒はテーブルの席を引いて2人を座るように促した。

「香緒も元気そうじゃん。すっかり今の生活が板に付いてるって感じだな」

響は香緒のギャルソン風の服装を眺めて言った。

「やっとって感じだよ。もう開店して1か月になるって信じられないくらい」

と肩をすくめながら香緒は笑った。

カウンターの向こうにはキッチンが見え、コックコートを着た男が料理しているのが見える。

「武琉は元気か?」

希海が淡々とした表情で香緒に尋ねると、香緒は柔らかく笑って「もちろん」と答える。

「さすがに3年ホテルのレストランで修行してただけあるよね。僕なんか毎日ヘトヘトなんだけど」

と苦笑いして香緒は続けた。

そうしているうちに、いい匂いが漂い、プレートを手に武琉が現れた。

「お待たせしました」

希海と響の前にプレートが置かれると、入れ替わるように香緒はキッチンに向かう。

「来てくれてありがとうございます」
「こっちこそ遅くなってすまない。開店おめでとう。武琉」

コックコート姿の武琉ははにかんだように笑うと「ありがとうございます」と希海に答えた。


◆◆


初めてのフランス旅行からもう4年半。あれから色々な事があった。

帰国した翌月。教会の取り壊しが始まると聞いた俺は、最後に香緒さんと写真を撮りたいと希海さんに相談した。それが何故か祐樹伝わり、いつの間にか本格的な結婚式になっていた。と言っても半分位は希海さんと司さんによる香緒さん撮影会だったが。ちなみにその写真は店の壁にも飾ってある。今のところ俺達だと気づく客はいない。

結婚式を挙げた翌年の春から、俺は専門学校に通い、料理の勉強を始めた。そして卒業後はレストランで働いた。
香緒さんは『いつか2人で店を開きたい』と、モデルを引退して経営の勉強を始めたのだ。

そして俺達は、この春に晴れて店を開店した。

俺はまだ持っていた2つのプレートを空いている席の前に置くと、香緒さんも戻って来てスープとサラダを皆の前に置いた。

「じゃあ食べよっか」

俺達もテーブルにつく。
香緒さんと2人で希海さんの家を出て2年。久しぶりに4人だけの食事だ。

「いただきまーす!」

響が手合わせるのもそこそこにナイフとフォークを手にする。

「やばっ!うまっ!」

目の前のハンバーグを一口食べた途端に響がそう言う。

今日は俺達の思い出の料理にした。初めて俺が人のために料理をして、皆がそれを食べてくれたのは遠い昔のような、少し前のような不思議な気分だ。

「さすが。ついさっき客が最高って言ってただけあるな」

希海さんも嬉しそうに口に運んでいる。こうやって嬉しそうに食べてくれている人の顔を見るたび、俺はこの道に進んで良かったといつも思う。

「俺、あの時希海さんに拾われて本当に良かった……。偶然かも知れないけど、希海さんが通りがかってくれなかったら今の自分はなかった」
「偶然、か。必然だったかもな。あの日、俺はなんとなく歩いて帰る気分になってあの場所を通りがかった。いつもなら通らないのにな」

真っ直ぐに俺を見て、懐かしそうに希海さんは口を開いた。
そんな俺達を見て、ぽつりと香緒さんが言う。

「天使が呼んでくれたのかな」

そう言ってふと、香緒さんは店の端に目をやった。

そこから、教会から譲って貰った天使像の優しい眼差しがこちらを見ていた。これまでも、これからも、俺達をいつまでも見守ってくれる。そんな気がした。


Fin

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