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3 side 香緒 1.
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「あれ?武琉も出かけるの?」
姿こそ、家の中と変わらない白いTシャツにブラックデニムという出で立ちだったが、その背中にはバッグが掛けられていた。
自分自身は今から仕事があるから出かける用意をしていたのだけど、珍しく武琉も出かけるみたいだ。
「僕も今から仕事だし、車乗ってく?」
「すぐ近くの図書館に行きたいだけなんで歩いて行きます」
「そう?」
「……ありがとうございます」
武琉は、はにかむように笑ってそう言うと「いってきます」と先に家を出た。
最近、武琉が物思いに耽るような姿を見かけるようになり、気にはなっている。なんとなく悩みがあるのは察している。たぶんだけど、その内容もなんとなく思い当たる。
祐樹が『プロになればいい』と言っていた時、武琉はなんとなく複雑そうな表情を見せていた。
僕も正直、そう思う事はあった。
武琉は料理するとき凄く楽しそうな顔をしている。たぶん自分では気付いてないんだろうな、と思いながらも、その顔が好きでダイニングテーブルからこっそり眺めていた。
でも、好きだけじゃやっていけないこともよくわかってる。僕は祐樹君のように無邪気にプロになればいいとは口に出せなかった。だから、武琉から何か言ってくれるのを待とうと思った。
それに僕には今、別の悩みもあって、そっちをどうしようか悩んでいるとこだったりもする。
あんまり先延ばしには出来ないよなぁ……
ついつい仕事中、溜息を漏らしてしまっていた。
「お前、何か悩み事あるだろう」
カメラを向けられながら、希海にズバリと指摘される。本当にレンズを通してなんでもお見通しだ。
「うーん……。悩んでる」
そう答えながら僕はカメラに向けポーズを取った。
「と言っても重たい内容じゃなさそうだけどな」
僕を撮りながら希海はそう口を開く。
「希海には隠し事出来ないなぁ」
僕が笑うとシャッターを切る音が響いた。希海はカメラから顔を上げると、「何年お前といると思ってるんだ」と呆れた顔を見せていた。
それから希海はモニターの前に座り、さっきまで撮っていた写真の確認を始めた。僕はミネラルウォーターで喉を潤してから希海の元に向かった。
「どう?」
モニターを覗き込むと、希海はモニターに向かったまま、「タイトルを付けるとしたら、恋する乙女、だな」と真顔で呟いた。
「冗談、だよね?」
「当たり前だ」
珍しくふっと息を漏らし、希海は笑った。
「もう!」
そう言うと僕は希海の後ろから抱き付く。子供の頃から変わらない感覚。兄弟のような親友のような……凄く安心できる存在。
「あとで僕の話聞いてくれる?」
「あぁ、そのつもりだ」
そんな希海の優しい声が、僕の耳に届いた。
◆◆
昔からあるようなレトロな喫茶店。ドアを開けるとカランとベルがなり、カウンターではマスターがサイフォンでコーヒーを入れている。そんな店に僕たちはやって来た。流行りのカフェのように騒々しくなくて、皆好き好きに自分の時間を楽しんでいる客ばかりだ。
今日の撮影に使ったスタジオ近くにあるこの店には今まで何回か訪れた事がある。人の目があまり気にならないから結構気に入っているのだ。
「こんな店が近くにあったなんて知らなかった」
空いていた窓際の、奥まった席に着くと希海はそう言った。
「なかなか味わいあるでしょ?」
ちょっと得意げに僕は答える。
マスターが水とおしぼりを持ってくると、アイスコーヒーとアイスティーを頼んだ。
「で、改まって聞いて欲しい話って?」
「最近久しく家に帰ってないからさ……。さすがにもうそろそろ顔見せろって催促されてるんだけど」
「お前、どれくらい帰ってない?去年の夏?くらいからか?」
希海は記憶を辿るような表情でそう言った。
「ちょうど1年前くらいかな?ちょっと仕事も立て込んでたから先延ばしにしてたらあっという間」
「まあ、春以降は帰る事なんて考えてもなかったんだろ?」
「……うん。まぁ」
歯切れの悪い返事をしたところでマスターが注文した品を運んで来て目の前に置いた。去って行く背中を眺めながらストローを刺して口に含む。ここのアイスティーはアールグレイを使用していて、ベルガモットの良い香りが口の中に広がった。
「武琉を置いて行けなかったんだろ?」
アイスコーヒーを飲みながら希海はそう言う。
フランスの実家に帰ってくると言えば、きっと武琉は笑顔で送り出してくれたと思う。でも、自分自身が武琉と離れる事が怖かった。突然の別れが思っている以上にトラウマになっていて、今武琉から離れたらもう二度と会えなくなるんじゃないかと不安になった。だからフランスに帰るなんて気にはなれなかった。
でも、今は違う。今は……
「武琉を連れて行こうと思うんだよね」
そう僕は言う。
両親に武琉を紹介すること。それが今の僕の悩みだった。
姿こそ、家の中と変わらない白いTシャツにブラックデニムという出で立ちだったが、その背中にはバッグが掛けられていた。
自分自身は今から仕事があるから出かける用意をしていたのだけど、珍しく武琉も出かけるみたいだ。
「僕も今から仕事だし、車乗ってく?」
「すぐ近くの図書館に行きたいだけなんで歩いて行きます」
「そう?」
「……ありがとうございます」
武琉は、はにかむように笑ってそう言うと「いってきます」と先に家を出た。
最近、武琉が物思いに耽るような姿を見かけるようになり、気にはなっている。なんとなく悩みがあるのは察している。たぶんだけど、その内容もなんとなく思い当たる。
祐樹が『プロになればいい』と言っていた時、武琉はなんとなく複雑そうな表情を見せていた。
僕も正直、そう思う事はあった。
武琉は料理するとき凄く楽しそうな顔をしている。たぶん自分では気付いてないんだろうな、と思いながらも、その顔が好きでダイニングテーブルからこっそり眺めていた。
でも、好きだけじゃやっていけないこともよくわかってる。僕は祐樹君のように無邪気にプロになればいいとは口に出せなかった。だから、武琉から何か言ってくれるのを待とうと思った。
それに僕には今、別の悩みもあって、そっちをどうしようか悩んでいるとこだったりもする。
あんまり先延ばしには出来ないよなぁ……
ついつい仕事中、溜息を漏らしてしまっていた。
「お前、何か悩み事あるだろう」
カメラを向けられながら、希海にズバリと指摘される。本当にレンズを通してなんでもお見通しだ。
「うーん……。悩んでる」
そう答えながら僕はカメラに向けポーズを取った。
「と言っても重たい内容じゃなさそうだけどな」
僕を撮りながら希海はそう口を開く。
「希海には隠し事出来ないなぁ」
僕が笑うとシャッターを切る音が響いた。希海はカメラから顔を上げると、「何年お前といると思ってるんだ」と呆れた顔を見せていた。
それから希海はモニターの前に座り、さっきまで撮っていた写真の確認を始めた。僕はミネラルウォーターで喉を潤してから希海の元に向かった。
「どう?」
モニターを覗き込むと、希海はモニターに向かったまま、「タイトルを付けるとしたら、恋する乙女、だな」と真顔で呟いた。
「冗談、だよね?」
「当たり前だ」
珍しくふっと息を漏らし、希海は笑った。
「もう!」
そう言うと僕は希海の後ろから抱き付く。子供の頃から変わらない感覚。兄弟のような親友のような……凄く安心できる存在。
「あとで僕の話聞いてくれる?」
「あぁ、そのつもりだ」
そんな希海の優しい声が、僕の耳に届いた。
◆◆
昔からあるようなレトロな喫茶店。ドアを開けるとカランとベルがなり、カウンターではマスターがサイフォンでコーヒーを入れている。そんな店に僕たちはやって来た。流行りのカフェのように騒々しくなくて、皆好き好きに自分の時間を楽しんでいる客ばかりだ。
今日の撮影に使ったスタジオ近くにあるこの店には今まで何回か訪れた事がある。人の目があまり気にならないから結構気に入っているのだ。
「こんな店が近くにあったなんて知らなかった」
空いていた窓際の、奥まった席に着くと希海はそう言った。
「なかなか味わいあるでしょ?」
ちょっと得意げに僕は答える。
マスターが水とおしぼりを持ってくると、アイスコーヒーとアイスティーを頼んだ。
「で、改まって聞いて欲しい話って?」
「最近久しく家に帰ってないからさ……。さすがにもうそろそろ顔見せろって催促されてるんだけど」
「お前、どれくらい帰ってない?去年の夏?くらいからか?」
希海は記憶を辿るような表情でそう言った。
「ちょうど1年前くらいかな?ちょっと仕事も立て込んでたから先延ばしにしてたらあっという間」
「まあ、春以降は帰る事なんて考えてもなかったんだろ?」
「……うん。まぁ」
歯切れの悪い返事をしたところでマスターが注文した品を運んで来て目の前に置いた。去って行く背中を眺めながらストローを刺して口に含む。ここのアイスティーはアールグレイを使用していて、ベルガモットの良い香りが口の中に広がった。
「武琉を置いて行けなかったんだろ?」
アイスコーヒーを飲みながら希海はそう言う。
フランスの実家に帰ってくると言えば、きっと武琉は笑顔で送り出してくれたと思う。でも、自分自身が武琉と離れる事が怖かった。突然の別れが思っている以上にトラウマになっていて、今武琉から離れたらもう二度と会えなくなるんじゃないかと不安になった。だからフランスに帰るなんて気にはなれなかった。
でも、今は違う。今は……
「武琉を連れて行こうと思うんだよね」
そう僕は言う。
両親に武琉を紹介すること。それが今の僕の悩みだった。
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