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ひとしきり話は盛り上がり、気づくともう夕方のいい時間になっていた。
「祐樹、夕飯食ってくだろ?」
「いいのか?やった!」
下準備は終わっているから、あとは焼くだけで簡単だ。
俺はキッチンへ向かおうと立ち上がった。
「まさか……。お前が作るのか⁈」
俺を見て驚いたように祐樹が口を開いた。祐樹のその表情に苦笑いしながら「悪いかよ?」と俺が答えると、祐樹の方を向いて香緒さんは「武琉のご飯美味しいよ?」と言ってくれた。
「へー……。そういやお前、子供の頃よく夕飯の手伝いしてたもんな」
「そうだったか?」
「そうだよ!で、意外と器用に作ったりしてたもんな」
うんうん、と1人納得したように腕を組み祐樹は頷いている。
「とりあえず、お前は香緒さんに余計な事喋るなよ」
そう釘を刺すと、「あぁ!昔犬に追いかけられて泣いてた事は黙っとく!」と早速余計な事を口にする。
「お前なぁ……」
俺は呆れ果てて肩を落とすが、香緒さんは「なになに?聞きたい!」と話に食いついていた。
まぁ、祐樹に黙っとけなんて無理か、と諦めて俺はキッチンへ向かった。
今日のメニューは特に凝った訳じゃないが、これにしたのには理由がある。
祐樹は気づくかな?と思いながら出来上がったものを皿に盛り付けテーブルに並べた。匂いに誘われたのか、祐樹が呼んでもいないのにテーブルへやって来た。
「すっげー!豪華じゃん!」
このメニューで豪華と言えるのは、俺と祐樹だけだろう。いたって普通の和風ハンバーグとポテトサラダにワカメと豆腐の味噌汁。
「あれ?これって……」
祐樹が言いかけたところに香緒さんがやって来て「美味しそうだね」と口を開いた。
「あったかいうちに食べるぞ。ほら」
と俺は手前の椅子を引く。祐樹はそれに座ると、俺はその向かいに座り、香緒さんは横に座った。
「じゃあ、いただきまーす!」
勢いよく手を合わせてそう言うと、祐樹は箸を手にしてまずハンバーグに箸を入れた。
「うまっ!これ、ほんとに武琉が作ったのか?」
「……そうだよ」
「て言うか……この味。施設の……先生のと同じ味だ」
「そうか。よかった。記憶だけが頼りだったからな」
俺がそう言うと、祐樹は懐かしそうにこちらを見る。
「メニューもあの時と同じだな。すげーな、お前」
「あの時?」
不思議そうにこちらを見た香緒さんに俺は説明する。
「施設で食べた最後の夕飯がこれだったんです。俺も祐樹も中学卒業してすぐに施設出たんで、最後の日はいつもより豪華でした」
俺は笑って話す。
目の前では、ほかの料理を次々に口に放り込み「味噌汁の味まで一緒だ……」と感動したように呟いていた。
「思い出の味かぁ」
香緒さんは感慨深げに並んだ料理を眺めていた。
「にしてもお前天才だな!プロになればいいじゃん」
掻き込むように口の中のものを飲み込むと祐樹は勢いよくそう言った。
「プロ?」
いまいち意図が掴めず祐樹に聞き返すと、祐樹はいっぱいの笑顔を向けてこう言った。
「プロの料理人だよ!今から目指しても遅くないだろ?」
◆◆
祐樹が家に遊びに来てから数日が経った。早いものでまもなく世間ではお盆休みだ。
今日はひときわ暑い日で、アスファルトから陽炎のようにユラユラと熱気が上がるのが見える。
面白いもので、去年の今頃は平気で外で働いていたのに、今ではよくこんな暑い中働いてたな、と思ってしまう。
ほんの15分程外を歩くだけで、もう背中を汗が流れるのが分かるくらいだ。だが、目的地はもう少しだと自分を励ましながら、焼けたアスファルトを進んだ。
涼し……
◯◯図書館と書かれたガラスの扉を押すと、中から気持ちの良い空気が流れてきた。
夏休みだからか、涼を求めてなのか、まあまあ中は混んでいた。
俺はどうしても調べたい事があり図書館へやって来た。今時スマホで何でも調べられるが、何となく1人でじっくり向き合いたかったからだ。
案内板で目当てのコーナーを確認すると、そちらに向かう。そこには高校生らしき子が数人いるだけで、あまり人はいなかった。並んでいる本のタイトルを眺めながらゆっくり歩き、気になるものを数冊手に取ると、隅にあるテーブルに向かった。全て窓に向かって配置されていて、周りの目が気にならない。
俺は本のページを捲りながら考える。祐樹に言われたからじゃないが、ずっと心の中にあって、もやもやしていたこと。
いつか自立しなきゃいけない日がやってくる。そう思いながら希海さんに甘えっぱなしで暮らしていた。希海さんはハウスキーパーを呼ばなくてもいいから助かっていると、俺に報酬を渡してくれている。最初、金額を見た時はびっくりして「せめて家賃と食費は払います」と差し引いて貰った。けど、普段お金を使うこともなく、溜まっていくばかりだ。
それでも……
「足りないよなぁ」
俺は本に載る費用を見てつい呟いてしまう。
俺は希海さんに拾われて生活する中で、料理の楽しさを知った。ただ腹を満たすだけじゃなく、食べた人が笑顔になってくれて、美味しいと言ってくれることに幸せを感じた。甘いかも知れないけど、もっとこの世界を知りたいと思う。だから学校に行って一から習ってみたい、そう思った。
今の生活を続けていれば、そのうち学費分くらい貯まりそうだが、なんだかそれをあてにしているようで気が引けてしまう。
出口のない迷路を彷徨うような感覚に陥りながら、俺は目の前の活字をぼんやり眺める。
香緒さんにも話さなきゃな……。一体なんと言ってくれるんだろうか?
「祐樹、夕飯食ってくだろ?」
「いいのか?やった!」
下準備は終わっているから、あとは焼くだけで簡単だ。
俺はキッチンへ向かおうと立ち上がった。
「まさか……。お前が作るのか⁈」
俺を見て驚いたように祐樹が口を開いた。祐樹のその表情に苦笑いしながら「悪いかよ?」と俺が答えると、祐樹の方を向いて香緒さんは「武琉のご飯美味しいよ?」と言ってくれた。
「へー……。そういやお前、子供の頃よく夕飯の手伝いしてたもんな」
「そうだったか?」
「そうだよ!で、意外と器用に作ったりしてたもんな」
うんうん、と1人納得したように腕を組み祐樹は頷いている。
「とりあえず、お前は香緒さんに余計な事喋るなよ」
そう釘を刺すと、「あぁ!昔犬に追いかけられて泣いてた事は黙っとく!」と早速余計な事を口にする。
「お前なぁ……」
俺は呆れ果てて肩を落とすが、香緒さんは「なになに?聞きたい!」と話に食いついていた。
まぁ、祐樹に黙っとけなんて無理か、と諦めて俺はキッチンへ向かった。
今日のメニューは特に凝った訳じゃないが、これにしたのには理由がある。
祐樹は気づくかな?と思いながら出来上がったものを皿に盛り付けテーブルに並べた。匂いに誘われたのか、祐樹が呼んでもいないのにテーブルへやって来た。
「すっげー!豪華じゃん!」
このメニューで豪華と言えるのは、俺と祐樹だけだろう。いたって普通の和風ハンバーグとポテトサラダにワカメと豆腐の味噌汁。
「あれ?これって……」
祐樹が言いかけたところに香緒さんがやって来て「美味しそうだね」と口を開いた。
「あったかいうちに食べるぞ。ほら」
と俺は手前の椅子を引く。祐樹はそれに座ると、俺はその向かいに座り、香緒さんは横に座った。
「じゃあ、いただきまーす!」
勢いよく手を合わせてそう言うと、祐樹は箸を手にしてまずハンバーグに箸を入れた。
「うまっ!これ、ほんとに武琉が作ったのか?」
「……そうだよ」
「て言うか……この味。施設の……先生のと同じ味だ」
「そうか。よかった。記憶だけが頼りだったからな」
俺がそう言うと、祐樹は懐かしそうにこちらを見る。
「メニューもあの時と同じだな。すげーな、お前」
「あの時?」
不思議そうにこちらを見た香緒さんに俺は説明する。
「施設で食べた最後の夕飯がこれだったんです。俺も祐樹も中学卒業してすぐに施設出たんで、最後の日はいつもより豪華でした」
俺は笑って話す。
目の前では、ほかの料理を次々に口に放り込み「味噌汁の味まで一緒だ……」と感動したように呟いていた。
「思い出の味かぁ」
香緒さんは感慨深げに並んだ料理を眺めていた。
「にしてもお前天才だな!プロになればいいじゃん」
掻き込むように口の中のものを飲み込むと祐樹は勢いよくそう言った。
「プロ?」
いまいち意図が掴めず祐樹に聞き返すと、祐樹はいっぱいの笑顔を向けてこう言った。
「プロの料理人だよ!今から目指しても遅くないだろ?」
◆◆
祐樹が家に遊びに来てから数日が経った。早いものでまもなく世間ではお盆休みだ。
今日はひときわ暑い日で、アスファルトから陽炎のようにユラユラと熱気が上がるのが見える。
面白いもので、去年の今頃は平気で外で働いていたのに、今ではよくこんな暑い中働いてたな、と思ってしまう。
ほんの15分程外を歩くだけで、もう背中を汗が流れるのが分かるくらいだ。だが、目的地はもう少しだと自分を励ましながら、焼けたアスファルトを進んだ。
涼し……
◯◯図書館と書かれたガラスの扉を押すと、中から気持ちの良い空気が流れてきた。
夏休みだからか、涼を求めてなのか、まあまあ中は混んでいた。
俺はどうしても調べたい事があり図書館へやって来た。今時スマホで何でも調べられるが、何となく1人でじっくり向き合いたかったからだ。
案内板で目当てのコーナーを確認すると、そちらに向かう。そこには高校生らしき子が数人いるだけで、あまり人はいなかった。並んでいる本のタイトルを眺めながらゆっくり歩き、気になるものを数冊手に取ると、隅にあるテーブルに向かった。全て窓に向かって配置されていて、周りの目が気にならない。
俺は本のページを捲りながら考える。祐樹に言われたからじゃないが、ずっと心の中にあって、もやもやしていたこと。
いつか自立しなきゃいけない日がやってくる。そう思いながら希海さんに甘えっぱなしで暮らしていた。希海さんはハウスキーパーを呼ばなくてもいいから助かっていると、俺に報酬を渡してくれている。最初、金額を見た時はびっくりして「せめて家賃と食費は払います」と差し引いて貰った。けど、普段お金を使うこともなく、溜まっていくばかりだ。
それでも……
「足りないよなぁ」
俺は本に載る費用を見てつい呟いてしまう。
俺は希海さんに拾われて生活する中で、料理の楽しさを知った。ただ腹を満たすだけじゃなく、食べた人が笑顔になってくれて、美味しいと言ってくれることに幸せを感じた。甘いかも知れないけど、もっとこの世界を知りたいと思う。だから学校に行って一から習ってみたい、そう思った。
今の生活を続けていれば、そのうち学費分くらい貯まりそうだが、なんだかそれをあてにしているようで気が引けてしまう。
出口のない迷路を彷徨うような感覚に陥りながら、俺は目の前の活字をぼんやり眺める。
香緒さんにも話さなきゃな……。一体なんと言ってくれるんだろうか?
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