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司さんに腕を取られると、皆から離れた所へ引き摺りだされた。
「香緒を幸せにしないと許さないからな。覚悟しとけ」
まどかさんが来るまでの、ふざけた調子とは打って変わった低い声で、俺にしか聞こえないようそう耳打ちされた。顔を上げると、真っ直ぐこちらを見る瞳は、冗談を言っているわけでも、ふざけているわけでもなく、本気なのは見てわかる。
だから、俺も本気でそれに返す。
「わかってます」
覚悟を決めて、真っ直ぐに司さんを見ると、俺はただ一言そう言う。
司さんは意外そうに少し目を見開くと「……案外いい顔するんだな、お前」とだけ言い踵を返した。
そして、去って行くその背中を見送る俺の元に、香緒さんと希海さんがやって来た。
「司、何言ってたの?」
心配そうにこちらを覗き込む香緒さんに俺は笑顔を返す。
「また、あとで教えます」
俺の顔を見て少しホッとしたように香緒さんは笑うと「僕たちも帰ろうか」と言った。
希海さんの車に乗り、駐車場のスロープを上がり外に出る。ここに来た時にはあんなに雨が降っていたのが嘘のように、今は青空が広がっていた。
「雨、上がったね」
隣で窓の外を眺めている香緒さんが言う。
「はい」
俺も晴れやかな気分で窓の外を眺めた。
◆◆
香緒さんの車の置いてある駐車場まで戻ると、俺と香緒さんは車から降りる。運転席側まで回ると、香緒さんが希海さんに何か話しているのが見えた。こう言う時、長年の信頼関係を目に見えて感じる。2人の醸し出す、絆のような空気を羨ましくも思った。
「武琉。今日の夕食は考えなくていいからな」
香緒さんのそばまでやって来た俺に、希海さんはそう声をかけてくれた。
「はい。今日はありがとうございました」
改めてお礼を言う俺に、希海さんは柔らかく笑う。
「いつでも頼ってくれ。香緒に対する愚痴でも聞くから」
「じゃあまた近いうちに」
笑って俺は返す。隣では「愚痴なんてある⁈」とちょっと膨れっ面の可愛い香緒さんがいた。
「ピーマンをもうちょっと美味しそうに食べてくれたら文句ないですよ」
実は苦手だろうピーマンの話を出されてちょっと気まずそうな顔になり、「努力……します」と香緒さんは小さく呟いた。
希海さんは楽しげな顔をしたまま「じゃあな」と窓を閉め、去って行った。その車を見送ると、香緒さんが口を開いた。
「このあと、ちょっと寄り道していいかな?」
◆◆
だんだんと都会を抜け、見覚えのある山の稜線が見えてきた。傾いた陽に照らされ、緑は一層濃く鮮やかにその色を深めている。
都心から高速を使って1時間程のこの場所に戻って来たのは一体何年ぶりだろうか?
俺がどこに向かっているのか気づいている事を、分かっていながらあえて何も言わずに香緒さんはただハンドルを動かしていた。その横で、俺は少し変わったけれどそれでも懐かしい景色を窓に張り付くように眺めていた。
やがてその場所までやって来ると車は止まり、車内に静寂が訪れた。
「降りようか」
「……はい」
目の前には、教会まで伸びる並木道。まだ暑さの残る夏の夕方を楽しむように蝉達は鳴いていた。
2人でゆっくりと舗装されていない砂利道を歩き始める。特に会話する事もなく歩き、教会までの、ちょうど真ん中辺りにある大きな木の下で、俺たちは自然に足を止めた。
「こんなに大きくなったんですね」
約10年ぶりに見る思い出の木を見上げ俺は言った。
「ちょっと登ってみようかな」
悪戯っぽく香緒さんは言うと、その木に近づいた。
あの日、香緒さんが登って降りられなかった木の幹。当時は凄く高い場所に見えたのに、今は視線の少し上なだけだった。香緒さんは簡単にそこに登り、腰をかける。
「懐かしいね。……あの時助けてくれた武琉、僕にはヒーローに見えたよ?」
そう言って香緒さんは笑う。
「俺は、天使って本当にいたんだって思ってました」
見上げた香緒さんの顔は、あの時と同じで天使のように優しく微笑んでいた。香緒さんは木の上から俺の肩に手を触れると「降りるから、受け止めてくれる?」と身体をこちらに向けた。それに答えるように両手を差し出すと、香緒さんは俺の首に抱きつくように木から降りた。俺は香緒さんをそのまま抱きしめその温もりを感じてた。
しばらくすると、香緒さんはゆっくりと顔を上げ、「天使に会いに行こうか」と微笑んだ。
「はい」
どちらともなく手を繋ぎ、俺たちは教会に向かった。
「香緒を幸せにしないと許さないからな。覚悟しとけ」
まどかさんが来るまでの、ふざけた調子とは打って変わった低い声で、俺にしか聞こえないようそう耳打ちされた。顔を上げると、真っ直ぐこちらを見る瞳は、冗談を言っているわけでも、ふざけているわけでもなく、本気なのは見てわかる。
だから、俺も本気でそれに返す。
「わかってます」
覚悟を決めて、真っ直ぐに司さんを見ると、俺はただ一言そう言う。
司さんは意外そうに少し目を見開くと「……案外いい顔するんだな、お前」とだけ言い踵を返した。
そして、去って行くその背中を見送る俺の元に、香緒さんと希海さんがやって来た。
「司、何言ってたの?」
心配そうにこちらを覗き込む香緒さんに俺は笑顔を返す。
「また、あとで教えます」
俺の顔を見て少しホッとしたように香緒さんは笑うと「僕たちも帰ろうか」と言った。
希海さんの車に乗り、駐車場のスロープを上がり外に出る。ここに来た時にはあんなに雨が降っていたのが嘘のように、今は青空が広がっていた。
「雨、上がったね」
隣で窓の外を眺めている香緒さんが言う。
「はい」
俺も晴れやかな気分で窓の外を眺めた。
◆◆
香緒さんの車の置いてある駐車場まで戻ると、俺と香緒さんは車から降りる。運転席側まで回ると、香緒さんが希海さんに何か話しているのが見えた。こう言う時、長年の信頼関係を目に見えて感じる。2人の醸し出す、絆のような空気を羨ましくも思った。
「武琉。今日の夕食は考えなくていいからな」
香緒さんのそばまでやって来た俺に、希海さんはそう声をかけてくれた。
「はい。今日はありがとうございました」
改めてお礼を言う俺に、希海さんは柔らかく笑う。
「いつでも頼ってくれ。香緒に対する愚痴でも聞くから」
「じゃあまた近いうちに」
笑って俺は返す。隣では「愚痴なんてある⁈」とちょっと膨れっ面の可愛い香緒さんがいた。
「ピーマンをもうちょっと美味しそうに食べてくれたら文句ないですよ」
実は苦手だろうピーマンの話を出されてちょっと気まずそうな顔になり、「努力……します」と香緒さんは小さく呟いた。
希海さんは楽しげな顔をしたまま「じゃあな」と窓を閉め、去って行った。その車を見送ると、香緒さんが口を開いた。
「このあと、ちょっと寄り道していいかな?」
◆◆
だんだんと都会を抜け、見覚えのある山の稜線が見えてきた。傾いた陽に照らされ、緑は一層濃く鮮やかにその色を深めている。
都心から高速を使って1時間程のこの場所に戻って来たのは一体何年ぶりだろうか?
俺がどこに向かっているのか気づいている事を、分かっていながらあえて何も言わずに香緒さんはただハンドルを動かしていた。その横で、俺は少し変わったけれどそれでも懐かしい景色を窓に張り付くように眺めていた。
やがてその場所までやって来ると車は止まり、車内に静寂が訪れた。
「降りようか」
「……はい」
目の前には、教会まで伸びる並木道。まだ暑さの残る夏の夕方を楽しむように蝉達は鳴いていた。
2人でゆっくりと舗装されていない砂利道を歩き始める。特に会話する事もなく歩き、教会までの、ちょうど真ん中辺りにある大きな木の下で、俺たちは自然に足を止めた。
「こんなに大きくなったんですね」
約10年ぶりに見る思い出の木を見上げ俺は言った。
「ちょっと登ってみようかな」
悪戯っぽく香緒さんは言うと、その木に近づいた。
あの日、香緒さんが登って降りられなかった木の幹。当時は凄く高い場所に見えたのに、今は視線の少し上なだけだった。香緒さんは簡単にそこに登り、腰をかける。
「懐かしいね。……あの時助けてくれた武琉、僕にはヒーローに見えたよ?」
そう言って香緒さんは笑う。
「俺は、天使って本当にいたんだって思ってました」
見上げた香緒さんの顔は、あの時と同じで天使のように優しく微笑んでいた。香緒さんは木の上から俺の肩に手を触れると「降りるから、受け止めてくれる?」と身体をこちらに向けた。それに答えるように両手を差し出すと、香緒さんは俺の首に抱きつくように木から降りた。俺は香緒さんをそのまま抱きしめその温もりを感じてた。
しばらくすると、香緒さんはゆっくりと顔を上げ、「天使に会いに行こうか」と微笑んだ。
「はい」
どちらともなく手を繋ぎ、俺たちは教会に向かった。
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