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「お疲れ様でしたー!」
スタッフの声が撮影の終了を告げる。休憩後の撮影時間は短かったが、俺が悶々とするには充分長い時間だった。
司さんは、時々こちらに視線を送りながら、香緒さんに近づく。
まるでキスでもするかのように顎を持ち上げると、ギリギリまで顔を近づけたり、腰を引き寄せながら耳元に唇を寄せたりしていた。
挑発されてる……のか?
そう思える行為に、俺はさっきの香緒さんとのキスを見られていたんじゃないかと言う思いがよぎる。俺は香緒さんに迷惑かけてしまったとすでに後悔していた。
終了の合図を聞いた香緒さんは、さっきまでの妖艶な顔からいつもの優しい顔に戻り、スタッフに挨拶をして部屋を出て行く。司さんはモニターを眺めながら、別のスタッフと話をしているようだ。
俺は司さんに見つからないよう、そっと部屋をあとにして駐車場へ向かった。
撮影自体は朝早めから始まり、そう長時間でもなかった為、まだ陽は高そうだ。外に出た途端、夏特有の湿気を帯びた風が体に纏わり付き、俺の心を一層不快なものにしていた。俺は香緒さんに何を言おうかと考えながら、車の側でぼんやりと待っていた。
しばらくすると、入り口の方から争うような声が耳に届いた。
自分のいる場所が一番奥まっているので、他の車の影になっていてすぐにその姿は見えない。だが、その声が移動するとともに、車の隙間から人影が見え始めた。
司さん……?と……
「香緒さん!!」
考えるより先に体が動く。車の間を縫うように進むが、思うように先に進まない。遠くに見える香緒さんは、腕を掴まれ引きずられるように司さんに連れて行かれている。
「香緒さん!!」
「武琉っ!」
もう一度名を呼ぶと、ようやく気づいたのか、香緒さんが答えた。
だが、司さんは躊躇なく出口の一番近い場所に止めてあった車の後部座席に香緒さんを放り込むと、一瞬だけこちらを見てからそのまま車に乗り込み、車を発進させた。
こちらを見た司さんのその顔は、笑っているように見えた。
「香緒さんっ!」
叫びながらようやく出口にたどり着くが、もう車は出口を曲がり走り去っていた。俺は肩で息をしながら、消えていく車を呆然と眺めるしかなかった。
ここに来た時には青かった空は、いつの間にか曇天に変わり、幾分か冷たさを含んだ風がビルのそばを吹き抜けている。
不安な思いが胸を刺し、心臓が悲鳴を上げている。
まるであの時と同じだ。幼い頃に突然やって来た別れの日と。だが、あの時とは違う。俺は大人になり、そして頼れる人もいるのだから。
俺はスマホを取り出すと、数少ない電話帳を開き、そのままタップする。呼び出し音が途切れると少し間を置き相手は出た。
『武琉か。どうかしたか?』
「希海さん……。香緒さんが連れて行かれました」
『今何処だ?』
「◯◯ビルです」
『わかった。すぐに行くから待っていろ』
短い会話だが希海さんはすぐに察したのだろう。慌てる様子もなく、誰に連れて行かれたのか聞く事もなく電話を切った。
30分程で、希海さんの黒のスポーツカーが駐車場に滑り込んできた。そういえば、司さんの車は同じ車種の白だな……とそれを眺めて俺は思う。
俺は助手席側に回り込むと車に乗り込んだ。
「すみません……」
そう言うしかなかった俺に、「身内が迷惑かけてすまない」と希海さんは返し、そして車を発進させた。駐車場を出ると同じように車は曲がり、司さんの車が消えていった方向へ進む。
「居場所、知ってるんですか?」
「いや……。だが泊まっている場所は分かっている。そこで張るしかないだろうな」
フロントガラスには、いつの間にか、ポツポツと水滴が貼りつき始める。視線の先にある空は、俺の心の中のように暗くなっていた。
あっという間にザアッと音がしだし、希海さんはワイパーを動かした。その音だけが、静かな車内に虚しく響いていた。
スタッフの声が撮影の終了を告げる。休憩後の撮影時間は短かったが、俺が悶々とするには充分長い時間だった。
司さんは、時々こちらに視線を送りながら、香緒さんに近づく。
まるでキスでもするかのように顎を持ち上げると、ギリギリまで顔を近づけたり、腰を引き寄せながら耳元に唇を寄せたりしていた。
挑発されてる……のか?
そう思える行為に、俺はさっきの香緒さんとのキスを見られていたんじゃないかと言う思いがよぎる。俺は香緒さんに迷惑かけてしまったとすでに後悔していた。
終了の合図を聞いた香緒さんは、さっきまでの妖艶な顔からいつもの優しい顔に戻り、スタッフに挨拶をして部屋を出て行く。司さんはモニターを眺めながら、別のスタッフと話をしているようだ。
俺は司さんに見つからないよう、そっと部屋をあとにして駐車場へ向かった。
撮影自体は朝早めから始まり、そう長時間でもなかった為、まだ陽は高そうだ。外に出た途端、夏特有の湿気を帯びた風が体に纏わり付き、俺の心を一層不快なものにしていた。俺は香緒さんに何を言おうかと考えながら、車の側でぼんやりと待っていた。
しばらくすると、入り口の方から争うような声が耳に届いた。
自分のいる場所が一番奥まっているので、他の車の影になっていてすぐにその姿は見えない。だが、その声が移動するとともに、車の隙間から人影が見え始めた。
司さん……?と……
「香緒さん!!」
考えるより先に体が動く。車の間を縫うように進むが、思うように先に進まない。遠くに見える香緒さんは、腕を掴まれ引きずられるように司さんに連れて行かれている。
「香緒さん!!」
「武琉っ!」
もう一度名を呼ぶと、ようやく気づいたのか、香緒さんが答えた。
だが、司さんは躊躇なく出口の一番近い場所に止めてあった車の後部座席に香緒さんを放り込むと、一瞬だけこちらを見てからそのまま車に乗り込み、車を発進させた。
こちらを見た司さんのその顔は、笑っているように見えた。
「香緒さんっ!」
叫びながらようやく出口にたどり着くが、もう車は出口を曲がり走り去っていた。俺は肩で息をしながら、消えていく車を呆然と眺めるしかなかった。
ここに来た時には青かった空は、いつの間にか曇天に変わり、幾分か冷たさを含んだ風がビルのそばを吹き抜けている。
不安な思いが胸を刺し、心臓が悲鳴を上げている。
まるであの時と同じだ。幼い頃に突然やって来た別れの日と。だが、あの時とは違う。俺は大人になり、そして頼れる人もいるのだから。
俺はスマホを取り出すと、数少ない電話帳を開き、そのままタップする。呼び出し音が途切れると少し間を置き相手は出た。
『武琉か。どうかしたか?』
「希海さん……。香緒さんが連れて行かれました」
『今何処だ?』
「◯◯ビルです」
『わかった。すぐに行くから待っていろ』
短い会話だが希海さんはすぐに察したのだろう。慌てる様子もなく、誰に連れて行かれたのか聞く事もなく電話を切った。
30分程で、希海さんの黒のスポーツカーが駐車場に滑り込んできた。そういえば、司さんの車は同じ車種の白だな……とそれを眺めて俺は思う。
俺は助手席側に回り込むと車に乗り込んだ。
「すみません……」
そう言うしかなかった俺に、「身内が迷惑かけてすまない」と希海さんは返し、そして車を発進させた。駐車場を出ると同じように車は曲がり、司さんの車が消えていった方向へ進む。
「居場所、知ってるんですか?」
「いや……。だが泊まっている場所は分かっている。そこで張るしかないだろうな」
フロントガラスには、いつの間にか、ポツポツと水滴が貼りつき始める。視線の先にある空は、俺の心の中のように暗くなっていた。
あっという間にザアッと音がしだし、希海さんはワイパーを動かした。その音だけが、静かな車内に虚しく響いていた。
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