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香緒さんに伝えられていた週末がやって来た。
車で行くからと、2人で香緒さんの愛車に乗り込むと車は滑り出す。前にドライブへ行った時とは違う、緊張した面持ちで運転する香緒さんに話しかけることもできず、俺は窓の外を眺めていた。
真夏の真っ青な空が、痛いほど眩しい。こんな都会を走らず、真っ直ぐ海へでも行けたらいいのに……なんて思う。けれど現実は、ビルの群れの間を縫うように走っているだけだった。
ずっと無言のまま車は走り、古びた小さなビルの駐車場に入った。
香緒さんは車のエンジンを止めると、ハンドルから手を放さぬまま、ふぅと息を吐いた。
「あのね……。今日はお願いがあるんだ」
ハンドルに突っ伏すように下を向いて香緒さんが口を開く。
「何ですか?」
「今日は出来るだけ目立たないようにしてて欲しい。司には……見つからないように。……それから。僕は武琉がいるから頑張れる。それだけは分かって」
「司さんって……あの、希海さんの叔父さんですか?」
「そう。多分すぐ分かる。……ごめんね。変な事言って」
「いえ……」
そのまま2人で車から降り、ビルに入る。5階建てで1階には小さいエントランスしかなく、すぐに階段を上がる。2階にはいくつか部屋があり、香緒さんは一番奥の部屋に真っ直ぐ向かった。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
香緒さんは部屋に入ると、さっきの緊張した面持ちが嘘だったように、爽やかな笑顔で挨拶する。
前に撮影したスタジオの半分もないくらいの広さの部屋には、5人程のスタッフらしき人たちが作業していた。
「おはようございます!」
皆口々に挨拶を返す。香緒さんはスタッフの1人の元に進み、俺は後方の隅に目立たないように移動した。
部屋は大半が暗くしてあり、撮影場所だけライトが当たるようにしてあった。セットには何もなくて、いたってシンプルだ。暗くしてある場所には機材が並び、スタッフはところ狭しと並んだ機材の間を行き来していた。
香緒さんはスタッフに何か話をしていて、相手はこちらをチラリと見ると頷いていた。そして香緒さんは、この部屋を出て行ってしまった。
「椅子。どうぞ」
さっき香緒さんが話していたスタッフが俺の元にやって来てパイプ椅子を差し出してくれる。
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取り、目立たない場所に座った。
しばらくすると、香緒さんが衣装に着替えて帰ってくる。
白い長袖のシャツに黒い細身のパンツ。細い香緒さんの身体が一層細く見えた。いつもの美しい香緒さんの顔だった。
ついさっきまで見せていた緊張感はなく、希海さんとの撮影で見せていたような笑顔を周りのスタッフに見せている。
プロってやっぱり違うな……と思わざるを得ない。
しばらくするとスタッフが一斉にドアの方に視線を送ると同時に、1人の男の人が部屋に入って来た。入って来ただけで凄い存在感。背が高いのもあるが、それだけじゃないオーラのようなものを感じる。
これが司さん……
すぐに分かると言われたのも納得出来た。姿は全く似ていないのに、希海さんと血縁なのはよく分かる。醸し出す雰囲気が似ていた。
「香緒!」
司さんは香緒さんの元に真っ直ぐ向かうと、香緒さんの細い腰を引き寄せ頬にキスを落とした。
何か……。似たような光景を見たことある気がする。
頭に過ぎったのは教会での撮影だ。『撮影中だけは遠くで見てね』と言われてあまり近くで見たことがなかったが、撮っていたのは間違いなくこの人だと確信した。
そう思っているうちに撮影が始まった。
スポットライトが当たる場所に香緒さんが立つと、司さんはカメラを構える。最初はテストなのか、適当に動く香緒さんを数枚撮ると、モニターを確認していた。
そして香緒さんの元に向かうと、何か耳打ちしているように見えた。
その後の撮影は、希海さんのものとは全く違っていた。はっきりとは聞こえないが、とにかく指示が飛ぶ。
指先から視線、髪の毛にすら神経を行き渡らせないと行けない位細かいその指示に、香緒さんは喰らいつくようについていく。
香緒さんの顔はどんどんと妖艶になり、司さんはまるで恋人にするみたいにシャツのボタンを外し、香緒さんの首筋に唇を這わせている。一層艶やかな顔になる香緒さんを再び撮影する様子を見て、俺は胸が苦しくなる。
いくら仕事だとしても、誰かに見せるそんな顔をずっと見ていられる程俺も忍耐強くはない。
なんとなく居た堪れなくなり、俺はそっと部屋を抜け出した。
車で行くからと、2人で香緒さんの愛車に乗り込むと車は滑り出す。前にドライブへ行った時とは違う、緊張した面持ちで運転する香緒さんに話しかけることもできず、俺は窓の外を眺めていた。
真夏の真っ青な空が、痛いほど眩しい。こんな都会を走らず、真っ直ぐ海へでも行けたらいいのに……なんて思う。けれど現実は、ビルの群れの間を縫うように走っているだけだった。
ずっと無言のまま車は走り、古びた小さなビルの駐車場に入った。
香緒さんは車のエンジンを止めると、ハンドルから手を放さぬまま、ふぅと息を吐いた。
「あのね……。今日はお願いがあるんだ」
ハンドルに突っ伏すように下を向いて香緒さんが口を開く。
「何ですか?」
「今日は出来るだけ目立たないようにしてて欲しい。司には……見つからないように。……それから。僕は武琉がいるから頑張れる。それだけは分かって」
「司さんって……あの、希海さんの叔父さんですか?」
「そう。多分すぐ分かる。……ごめんね。変な事言って」
「いえ……」
そのまま2人で車から降り、ビルに入る。5階建てで1階には小さいエントランスしかなく、すぐに階段を上がる。2階にはいくつか部屋があり、香緒さんは一番奥の部屋に真っ直ぐ向かった。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
香緒さんは部屋に入ると、さっきの緊張した面持ちが嘘だったように、爽やかな笑顔で挨拶する。
前に撮影したスタジオの半分もないくらいの広さの部屋には、5人程のスタッフらしき人たちが作業していた。
「おはようございます!」
皆口々に挨拶を返す。香緒さんはスタッフの1人の元に進み、俺は後方の隅に目立たないように移動した。
部屋は大半が暗くしてあり、撮影場所だけライトが当たるようにしてあった。セットには何もなくて、いたってシンプルだ。暗くしてある場所には機材が並び、スタッフはところ狭しと並んだ機材の間を行き来していた。
香緒さんはスタッフに何か話をしていて、相手はこちらをチラリと見ると頷いていた。そして香緒さんは、この部屋を出て行ってしまった。
「椅子。どうぞ」
さっき香緒さんが話していたスタッフが俺の元にやって来てパイプ椅子を差し出してくれる。
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取り、目立たない場所に座った。
しばらくすると、香緒さんが衣装に着替えて帰ってくる。
白い長袖のシャツに黒い細身のパンツ。細い香緒さんの身体が一層細く見えた。いつもの美しい香緒さんの顔だった。
ついさっきまで見せていた緊張感はなく、希海さんとの撮影で見せていたような笑顔を周りのスタッフに見せている。
プロってやっぱり違うな……と思わざるを得ない。
しばらくするとスタッフが一斉にドアの方に視線を送ると同時に、1人の男の人が部屋に入って来た。入って来ただけで凄い存在感。背が高いのもあるが、それだけじゃないオーラのようなものを感じる。
これが司さん……
すぐに分かると言われたのも納得出来た。姿は全く似ていないのに、希海さんと血縁なのはよく分かる。醸し出す雰囲気が似ていた。
「香緒!」
司さんは香緒さんの元に真っ直ぐ向かうと、香緒さんの細い腰を引き寄せ頬にキスを落とした。
何か……。似たような光景を見たことある気がする。
頭に過ぎったのは教会での撮影だ。『撮影中だけは遠くで見てね』と言われてあまり近くで見たことがなかったが、撮っていたのは間違いなくこの人だと確信した。
そう思っているうちに撮影が始まった。
スポットライトが当たる場所に香緒さんが立つと、司さんはカメラを構える。最初はテストなのか、適当に動く香緒さんを数枚撮ると、モニターを確認していた。
そして香緒さんの元に向かうと、何か耳打ちしているように見えた。
その後の撮影は、希海さんのものとは全く違っていた。はっきりとは聞こえないが、とにかく指示が飛ぶ。
指先から視線、髪の毛にすら神経を行き渡らせないと行けない位細かいその指示に、香緒さんは喰らいつくようについていく。
香緒さんの顔はどんどんと妖艶になり、司さんはまるで恋人にするみたいにシャツのボタンを外し、香緒さんの首筋に唇を這わせている。一層艶やかな顔になる香緒さんを再び撮影する様子を見て、俺は胸が苦しくなる。
いくら仕事だとしても、誰かに見せるそんな顔をずっと見ていられる程俺も忍耐強くはない。
なんとなく居た堪れなくなり、俺はそっと部屋を抜け出した。
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