天使に出会った日

玖羽 望月

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──ミーンミーンミーン……

今年もセミが嫌になるくらいに喧しく鳴いている。暑い夏がやって来た。夏休みになったばかりで、まだまだこの声を聞かされるのかと思うとうんざりだ。
俺はそんな事を思いながら、1人教会に向かっていた。

俺の住んでいる施設 いえ  の横には教会がある。日曜日に集まる人はいるが、平日の朝に来る人なんてまずいない。誰にも邪魔されずにいれる俺の秘密基地のような場所だ。

俺はいつものように教会へ向かう生垣を通り、一本だけある大きな木の横を通り過ぎようとしていた。

何かいつもと違う気がする。何故か木の上にヒラヒラと白い何かが引っかかっていた。なんだろう?そう思って見上げる。

「ねえ、そこの君!」

白い布から声がする。驚いて目を凝らすと、布ではない。人だ。白いドレスを来た女の子が木にしがみついていた。

「ドレスが木に引っかかって取れないんだ。登って取ってくれない?」

同じ年くらいに見える女の子は、必死な顔で訴えかけてくる。

「わかった!ちょっと待って」

俺は何度も登ったことのあるこの木の裏に回り、女の子に近づいた。確かにドレスの裾が枝に引っかかっている。破かないように丁寧に外すと、俺は先に降りた。

「俺が受け止めるから、こっちに飛んでいいよ」

俺はその子にそう言った。後で考えるととても無謀だが、子供の浅知恵で大丈夫だと思った。

「でも……」
「大丈夫!信用して」

根拠のない自信で女の子にそう告げる。

「わかった」

その子は意を決して木から飛び降りた。白いドレスがフワフワと揺れ、羽根のように見えた。

あぁ……天使だ……

その時俺はそう思った。

女の子を無事受け止めた、と言いたいところだけど、本当はギリギリで、受け止めた反動でこけ、軽く頭を打つ。

「痛っ……」

女の子の方は怪我はなさそうだ。俺にしがみついたまま、こちらを心配そうに眺めていた。

「大丈夫?」

見たことのないような栗色の長い髪。大きな茶色の瞳に長い睫毛。近くで見るとびっくりするぐらい綺麗だった。

天使様って本当にいるんだ……

人形のような女の子を眺めて俺はそんな事を思った。

「──っ!」

遠くで誰かが、何か言っている声が聞こえてくる。その声に女の子はハッとしたように立ち上がった。

「行かなきゃ」
「どこ行くの?」
「あそこの教会だよ」
「俺も今から行くところ」

そう俺が告げると、女の子はにっこりと笑い、じゃあ一緒に行こ?と手を差し伸べてくれた。

「うん」

その手を俺は取り、一緒に歩き出した。

教会の前に着くと、いつもと様子が違っていた。何人かの大人達が教会の前をウロウロしていて、大きな機材も置いてあるのが見えて、俺は驚いて足を止めた。

「どうかした?」

女の子は不思議そうに尋ねる。

「だってあんなに人がいるの見た事ない」
「大丈夫だよ?知り合いだから」

そう話していると、誰かが近づいてきた。

「探したぞ。何やってたんだ」

さっき呼んでいた声の主のようだ。大人かと思ったが、そうじゃなさそうだ。多分中学生くらいだ。その人は俺をじっと見つめていた。

「誰?」
「命の恩人だよ」

さすがにそれは大袈裟だと思う。否定しようと俺は口を開いた。

「あの、木から降りられなくなってたから助けただけです」

俺は正直にそう答えた。それを聞いて女の子が何をしていたか察したようで、その人は軽く女の子を睨む。女の子の方は悪びれもせず笑っていた。

「悪かったな。助けてくれてありがとう」

ほんの少しだけ口元を緩めてそう言うと、その人は俺の頭を撫でてくれた。

「いえ……」

ちょっと気恥ずかしく思いながら俺はそう答えた。


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