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「武琉!武琉じゃないかー!お前今まで何してたんだよ。元気にしてたかー!!」
俺より10㎝は低いだろう身長のその男は、子犬が戯れるように俺に飛びついている。
「……ゆう……き?お前祐樹なのか⁈」
「そうだよ!!ほんと久しぶりだなー!」
中学卒業以来会うことがなかった友人とまさかこんなところで会うなんて。
「連絡先!教えて!俺これからミーティングだからゆっくり話せなくて」
そう言うと祐樹は慌てたようにスマホを取り出す。俺もスマホを出すと、メッセージアプリの連絡先を交換した。
「また連絡するから!」
そう言うと祐樹は足元にあるファイルをかき集め、足早に去って行った。
「友達?」
嵐のようなやりとりを、少し引いたところから見ていた香緒さんが近づいてくる。
「昔の……施設にいた時の同い年のやつで……。まさか会えるなんて……」
施設を出た時に別れてから10年近く。祐樹は遠い親戚を頼ってみると言っていたが、こんな大きなビルで働いているくらいだ。きっと上手くいったのだろう。それが自分の事のように嬉しかった。
「良かったね。また会えて」
「はい」
祐樹の背中を見送りながら俺は答えた。
「じゃあ、行こうか」
そう言うと香緒さんは俺の背中をトンっと軽く押し、歩き始めた。
香緒さんは何かのカードの付いたストラップを俺の首に掛け、自分の首にも同じように掛けた。再びエレベーターに向かい、降りてくる人の波とは反対に上に向かうエレベーターに乗り込むと、Rのボタンを押した。途中止まることなく、順調に最上階まで進むと、人気のないフロアにたどり着いた。
廊下の端には扉のようなものが見えている。真ん中がガラスになっていて、扉の向こうにはネオンライトらしきものが見える。
そこに辿り着くと香緒さんは扉の横に付いている機械にさっきのカードを翳していた。ピッと言う音と共にドアがカチャリとなる。そのまま扉を押すと外へ出た。
ゴウッという風と共に屋上に出た。夜景を見下ろすという程高いビルではなく、むしろ周りのビルの方が高いくらいだった。
なんでここに?
そう思っていると、香緒さんが左の方を指差した。
「あれ。見て」
向こう側のビルの屋上に、ライトアップされた大きな看板が見えた。
結婚式らしき写真に何かの文字と◯月◯日発売の文字。
雑誌の広告……?
目を凝らしてそれを見て気づいた。
「あれ。この前撮った香緒さん……と、俺⁈」
写真は花婿に寄り添うように笑う香緒さんで、花婿は俺の横顔だった。あの時希海さんは立ち姿だけって言っていたから安心していたのに、まさか顔が写っていたなんて思いもしなかった。
「今日から掲示だったから見せたくて。いい写真でしょ」
「たしかにそうですけど……」
こんな風に自分の顔を見る日が来るなんて思いもしなかった。しばし呆然としつつ看板を眺めていた。
「希海がね、切るには惜しい写真が撮れたって言ってて。僕もそう思ったからクライアントにそのまま出したんだ。まさか屋上看板に使われるとは思わなかったけど」
「俺なんかでよかったんですか?」
「武琉だから良かったんだよ」
香緒さんは俺に柔らかい眼差しを向けていた。
写真の中の2人はこの上なく幸せそうに微笑みあっている。
『俺だから』と言われ、舞い上がりそうな気持ちになる。俺だって同じだ。香緒さんだからこんな顔して笑っていられるんだ。
自分がこんな顔して笑える日が、また来るなんて思ってもいなかった。
偶然希海さんに拾われて、香緒さんに優しくしてもらって。俺に居場所を作ってくれた。もしかしたら拾った動物を気まぐれに可愛がっているだけなのかも知れない。だけど、目の前にいるこの人を知れば知るほど惹かれている自分がいた。
それは希海さんに感じる尊敬や憧れとは違う。笑顔を向けて貰えるだけで心が温かくなって、触れられるだけで身体中が嬉しくて震えてる気がした。この人のためならなんでも出来るような気がする。笑えるほど幼稚な想いかも知れないが、俺にとって目の前にいるこの人はそんな事を思える初めての人だった。
俺……。香緒さんのこと好きだ……
写真の中の香緒さんを見つめたまま、俺はそう心の中で呟いた。
「武琉?どうかした?」
しばらく写真を見つめたまま動かない俺を心配するように、顔を覗きこんだ。
「えっ!あのっ……!何でもないです」
自分の想いを自覚してしまうと、なんだか急に恥ずかしくなってくる。目を合わすことが出来ず、思わず顔を背けてしまった。
「許可も取らずに写真だしてごめん。やっぱり嫌だったよね……」
少し暗い表情で、申し訳なさそうに香緒さんは言う。
違う。俺は香緒さんにこんな顔をさせたいわけじゃない。
そう思いながら、俺は真っ直ぐに香緒さんを見る。
「……嫌、ではないです。いや、むしろ嬉しいです。あなたとこんな凄い写真撮って貰えて。だから、謝らないで下さい」
香緒さんは驚いたように目を見開くと、すぐに泣きそうな顔で美しく笑った。
「……ありがとう。武琉」
「俺こそ……。ありがとうございます……」
なんだか神妙になってしまった空気を変えるように香緒さんはふふっと笑うと、「じゃあ、帰ろうか。今日は武琉の作ったビーフシチュー食べたいな」と俺の腕をとった。
「はい。任せてください」
俺はこの幸せな時間を噛み締めるように笑顔でそう答えた。
俺より10㎝は低いだろう身長のその男は、子犬が戯れるように俺に飛びついている。
「……ゆう……き?お前祐樹なのか⁈」
「そうだよ!!ほんと久しぶりだなー!」
中学卒業以来会うことがなかった友人とまさかこんなところで会うなんて。
「連絡先!教えて!俺これからミーティングだからゆっくり話せなくて」
そう言うと祐樹は慌てたようにスマホを取り出す。俺もスマホを出すと、メッセージアプリの連絡先を交換した。
「また連絡するから!」
そう言うと祐樹は足元にあるファイルをかき集め、足早に去って行った。
「友達?」
嵐のようなやりとりを、少し引いたところから見ていた香緒さんが近づいてくる。
「昔の……施設にいた時の同い年のやつで……。まさか会えるなんて……」
施設を出た時に別れてから10年近く。祐樹は遠い親戚を頼ってみると言っていたが、こんな大きなビルで働いているくらいだ。きっと上手くいったのだろう。それが自分の事のように嬉しかった。
「良かったね。また会えて」
「はい」
祐樹の背中を見送りながら俺は答えた。
「じゃあ、行こうか」
そう言うと香緒さんは俺の背中をトンっと軽く押し、歩き始めた。
香緒さんは何かのカードの付いたストラップを俺の首に掛け、自分の首にも同じように掛けた。再びエレベーターに向かい、降りてくる人の波とは反対に上に向かうエレベーターに乗り込むと、Rのボタンを押した。途中止まることなく、順調に最上階まで進むと、人気のないフロアにたどり着いた。
廊下の端には扉のようなものが見えている。真ん中がガラスになっていて、扉の向こうにはネオンライトらしきものが見える。
そこに辿り着くと香緒さんは扉の横に付いている機械にさっきのカードを翳していた。ピッと言う音と共にドアがカチャリとなる。そのまま扉を押すと外へ出た。
ゴウッという風と共に屋上に出た。夜景を見下ろすという程高いビルではなく、むしろ周りのビルの方が高いくらいだった。
なんでここに?
そう思っていると、香緒さんが左の方を指差した。
「あれ。見て」
向こう側のビルの屋上に、ライトアップされた大きな看板が見えた。
結婚式らしき写真に何かの文字と◯月◯日発売の文字。
雑誌の広告……?
目を凝らしてそれを見て気づいた。
「あれ。この前撮った香緒さん……と、俺⁈」
写真は花婿に寄り添うように笑う香緒さんで、花婿は俺の横顔だった。あの時希海さんは立ち姿だけって言っていたから安心していたのに、まさか顔が写っていたなんて思いもしなかった。
「今日から掲示だったから見せたくて。いい写真でしょ」
「たしかにそうですけど……」
こんな風に自分の顔を見る日が来るなんて思いもしなかった。しばし呆然としつつ看板を眺めていた。
「希海がね、切るには惜しい写真が撮れたって言ってて。僕もそう思ったからクライアントにそのまま出したんだ。まさか屋上看板に使われるとは思わなかったけど」
「俺なんかでよかったんですか?」
「武琉だから良かったんだよ」
香緒さんは俺に柔らかい眼差しを向けていた。
写真の中の2人はこの上なく幸せそうに微笑みあっている。
『俺だから』と言われ、舞い上がりそうな気持ちになる。俺だって同じだ。香緒さんだからこんな顔して笑っていられるんだ。
自分がこんな顔して笑える日が、また来るなんて思ってもいなかった。
偶然希海さんに拾われて、香緒さんに優しくしてもらって。俺に居場所を作ってくれた。もしかしたら拾った動物を気まぐれに可愛がっているだけなのかも知れない。だけど、目の前にいるこの人を知れば知るほど惹かれている自分がいた。
それは希海さんに感じる尊敬や憧れとは違う。笑顔を向けて貰えるだけで心が温かくなって、触れられるだけで身体中が嬉しくて震えてる気がした。この人のためならなんでも出来るような気がする。笑えるほど幼稚な想いかも知れないが、俺にとって目の前にいるこの人はそんな事を思える初めての人だった。
俺……。香緒さんのこと好きだ……
写真の中の香緒さんを見つめたまま、俺はそう心の中で呟いた。
「武琉?どうかした?」
しばらく写真を見つめたまま動かない俺を心配するように、顔を覗きこんだ。
「えっ!あのっ……!何でもないです」
自分の想いを自覚してしまうと、なんだか急に恥ずかしくなってくる。目を合わすことが出来ず、思わず顔を背けてしまった。
「許可も取らずに写真だしてごめん。やっぱり嫌だったよね……」
少し暗い表情で、申し訳なさそうに香緒さんは言う。
違う。俺は香緒さんにこんな顔をさせたいわけじゃない。
そう思いながら、俺は真っ直ぐに香緒さんを見る。
「……嫌、ではないです。いや、むしろ嬉しいです。あなたとこんな凄い写真撮って貰えて。だから、謝らないで下さい」
香緒さんは驚いたように目を見開くと、すぐに泣きそうな顔で美しく笑った。
「……ありがとう。武琉」
「俺こそ……。ありがとうございます……」
なんだか神妙になってしまった空気を変えるように香緒さんはふふっと笑うと、「じゃあ、帰ろうか。今日は武琉の作ったビーフシチュー食べたいな」と俺の腕をとった。
「はい。任せてください」
俺はこの幸せな時間を噛み締めるように笑顔でそう答えた。
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