天使に出会った日

玖羽 望月

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「お前が使え」

ここに拾われて数日。やっと地理にも慣れて一人で買い物にも行けるようになった。そんなある日、突然希海さんに差し出されたのは黒いスマホだった。

戸惑う俺に、「俺たちが連絡したいとき困るだろ?」と希海さんが言う。

確かにそうだけど……

今まで俺はスマホはおろか、携帯電話と言うものを持った事はなかった。

「使い方は香緒に聞け。あいつと同じ機種だ。今部屋にいるだろう」

素直にスマホを受け取ると、香緒さんの部屋に向かった。それぞれの部屋に付いているインターフォンを押すと香緒さんが扉から顔を出した。

「どうしたの?」
「あの……。希海さんにスマホを貸して貰ったんですが。俺使い方わからなくて」
「……入って」

笑顔の香緒さんに促され、俺は部屋に入る。
初めて入った香緒さんの部屋は、自分の部屋より少し広い。ナチュラルな感じに統一された家具に、観葉植物なども置いてあり、居心地の良さそうな部屋だ。

「ソファに座ってて」

そう言いながら、香緒さんは不自然に棚の上に置いてあった写真立てを伏せた。
見られちゃマズイ写真?彼女とか……?
気になりながらも、さすがにそれには触れないで置いた。

「武琉はスマホ初めて?」

ソファに座る俺の横に、香緒さんも座る。フワリといい匂いがして、なんだか緊張してしまう。

「はい……」

俺からスマホを受け取ると、簡単に説明してくれ、連絡用にメッセージアプリを登録してくれたり、料理のレシピが見れるアプリを入れてくれた。

俺はその横で、香緒さんの横顔を眺めていた。

何故かどこで会った事があるような、懐かしい感じがする。なんでだろうか。

「……武琉?どうかした?」

俺がじっと顔を眺めている事に気付いたのか、香緒さんは顔を上げた。

「俺、香緒さんにどこかで会った事ある気がするんです……」

その言葉に、香緒さんは少し驚いた表情を見せたが、すぐに何か思いついたように口を開いた。

「今僕の顔、色んなところで見るからね。ほら、近くのビルの上の大きな看板とか」

近くのビルの看板、と言われ思い出したのは、あの雨の夜の天使に見えた看板だった。
マジマジと見たことは無いが、確かに言われて見れば香緒さんのような気がした。

「ちなみに、あれ撮ったのは希海ね」

そう言われて思わず「えっ!」と声を上げる。

「ああ見えて、結構凄いんだよ?明日撮影あるけど、良かったら武琉も行く?」

笑みを浮かべて香緒さんはそんなことを言う。興味は湧くが、邪魔になるんじゃと俺は躊躇した。そんな様子を察したのか、香緒さんは口を開く。

「人はたくさんいるし、一人増えても大丈夫だよ。それに、武琉が来てくれたら僕も嬉しいな」

並んで座ったソファの横で、香緒さんは満面の笑みを浮かべた。その笑顔があまりにも綺麗で眩しくて、俺は思わず目を逸らしてしまう。
その時、ふわっといい香りがすぐ近くに漂うと、温かいものが俺の頰に触れた。

「っ!!」

びっくりして思わず香緒さんを見る。触れたのは香緒さんの口唇だった。

「あはは。ごめんごめん!あまりにも武琉が可愛かったから」

そう言いながらも悪びれる事なく香緒さんは笑っていた。俺は驚きはしたが、別に嫌なわけではない。ただ、触れられたところが熱くなっていくのが分かった。一体俺は今、どんな顔をしてるんだろうか。

「武琉?怒った?」

俺があまりに無反応なので、香緒さんが心配になったようだ。照れ臭くて香緒さんの方は向けないが、俺は今思っていることを呟く。

「……あなたに何されても怒りませんよ……」

これが俺の本音だ。この人に対して嫌になるところなんて一つもない。むしろ、どんどん惹かれていく自分がいた。この感覚が何なのかは分からない。ただただ香緒さんの優しさに救われている自分がいた。

「武琉は優しいね」

その言葉に思わず顔を上げる。
香緒さんの顔は、優しさに溢れていて、昔通った教会の天使像みたいだ。

でも……。昔同じことを誰かに言われたような気がする。幼い頃に出会った誰かに。

「香緒さんの方が優しいです」
「そうだといいんだけどね。武琉が知らないだけで、裏の顔があるかもよ?」

戯けたようにそう香緒さんは言う。それに半分真実も含まれてるいるような、そんな感じを受けた。

「じゃ、これの使い方、教えるから」

そう言うと香緒さんはスマホを掲げる。

「よろしくお願いします。先生」

そう言って頭を下げると、香緒さんは笑ってこう言った。

「よろしい。じゃ授業を始めます」

部屋に香緒さんの明るい笑い声が響いた。
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