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香緒さんが車を出してくれて、買い物へ行くことになった。
「僕も買いたいものあるし、ちょっと付き合ってね~」と言われ連れてこられたのは、明らかに美容院。
「香緒ちゃん、いらっしゃーい」
出迎えてくれたのは、なんとも言えない個性的なスタイルをした、口調は女性の男の人だった。
「ごめんね。急に」
「何言ってんのよ!香緒ちゃんの頼みなら喜んで聞くわよ!」
とその男の人は嬉しそうだ。
「じゃ、よろしくね!」と言われながら背中を押されたのは俺だった。
「ちょっと……!」
「任せて!」
焦る俺を他所に、笑顔を浮かべる、意外と体格のいいその男の人に手を引かれ連れて行かれてしまう。
俺がされるなんて聞いてない……
なすがままに俺は座席に座らされ、髪を切られていく。今までこんなところに入ったことはないし、華やかな雰囲気に飲まれ、俺は借りて来た猫状態だった。
「はーい!終わったわよ~」
鏡の中の自分を見ることが出来ず、視線を外してぼんやりしていると、いつの間にか終わったようだ。さっきまで適当に長く伸びた髪は短く切られていた。
「わ~!武琉似合ってる!」
いつの間にか香緒さんが側に立って鏡の中の俺を眺めていた。
「うんうん。顔立ちいいし、体育会系のイケメンって感じでしょ?」
切ったほうも満更でもない感じだ。
確かに、今まで肉体労働も多かったから筋肉はそれなりについていたし、背もそれなりにあるからそんな風に見えるのかも知れないが、イケメンだと言われたのは初めてだ。
俺が別の人に髪の毛を払って貰っている間、香緒さんは遠くで笑いながら話をしていた。
俺が席から立ち上がると、香緒さんが「じゃあ、次行くよ~」と嬉しそうに手を振っていた。
「あの。ありがとうございました」
髪を切ってくれた人にお礼を言うと、「また来てね~」と笑顔で返され、俺達は店をあとにした。
香緒さんはそのまま俺の腕をとると、グイグイ引っ張って歩いた。
そのまま歩いて次の目的地に向かうようだ。
「はい。次ここね!」
さっきの店から5分程で着いた店は服屋だ。
「店長いる?」
店に入ると、香緒さんは近くの若い男性店員に声をかけている。
「呼んできます!」
慌てた様子で店員は奥へ向かう。店は洗練されていて、とにかくおしゃれだった。
こんな店来たことない……
並んでいる服の値札を見るのも怖い。
「香緒さん、いらっしゃい」
そう言いながら店長らしき人が現れる。香緒さんと並んでも遜色ない程のイケメンだ。
「この子に見立てあげて」
そうやってまた、香緒さんに背中を押された。
「あのっ、香緒さんのを見に来たんじゃないんですか?」
「何言ってるの?今日は全部武琉のための買い物だよ?」
優しく微笑まれ、俺は戸惑う。
「全部俺のって……」
「いいから!決まったら着替えて来てね」
香緒さんはとにかく嬉しそうで、それ以上何も言えず、仕方なく店長について歩いた。
店長は、俺の全身を舐めるように眺めると、一人納得したようにあちこちから服を取り出して来て、俺に当ててみた。まるでマネキンになったような気分で俺は立っているだけだった。
「じゃあ、これ着てみて。フィッティングルームこっちね」
いくつか服を渡されて案内される。触った事のないような肌触りのいい服。高そうなその服を、俺は汚さないように細心の注意を払いながら着替えた。
モノトーンでまとめられていたが、緩やかな服で着心地は良かった。俺は今までは服なんて着れればいいと、シンプルなスエットやジャージばかり着ていた。
着替え終わり扉を開けると、そこに香緒さんと店長が立っていた。
「うん。思った通りだ」
店員は満足げな顔だ。
「ほら。鏡見て?」
香緒さんに促され、やっと全身を写した鏡を見てみる。
誰だ?これ……
つい数時間前までの野暮ったい自分はおらず、香緒さんと並んでも恥ずかしくないくらいになった自分がそこにいた。
「凄くいいね!」
そう言って寄り添うように香緒さんが隣に立つ。さっきまでは隣にいるのが申し訳ないくらいだったのに、見た目を変えるだけでこんなに変わるのかと俺は思った。
「よし。このままデートだ!」
香緒さんが腕を絡め、嬉しそうに笑った。
「デートって……」
俺が戸惑っていると、「僕とじゃ嫌?」と香緒さんは悪戯っぽく笑って見せた。
「そんなことは……ないです」
そう言う自分の顔が赤くなっているんじゃないかと、ちらりと鏡に視線を向けるが、とりあえず大丈夫そうだ。
香緒さんは店を出る前、店長と何かを話し、そして車の鍵を渡していた。
「ごめんね。手間かけさせるけど」
「香緒さんの頼みなら喜んで」
何だろうと思いつつ、そのまま立ち尽くす俺のところに香緒さんは戻って来た。
「はい、これ履いてね」
それは服に合う感じのスニーカーだった。サイズもぴったりで、香緒さんの用意のよさに驚くばかりだ。
俺はここまでにいくら使ったのか想像も出来なかったが、希海さんに入れて貰ったお金でとりあえず返そうと、財布を取り出す。
「あの、お金を……」
そこまで言うと、香緒さんはちょっと驚いた顔でこちらを見る。
「これは僕が武琉にしたいと思ってやってる事だから、気にしないで」
「でも……」
申し訳なくてなんと言ったらいいかわからない。
「僕とデートしてくれたらそれでいいよ。あと手料理かな?楽しみ」
その嬉しそうな顔に俺は戸惑いながらも、たぶん本当にそう思ってくれてるんだなと感じていた。
「あとは夕食の材料買わなきゃね。調理道具もあんまりないんだよね~」
キッチンを思い出しているのか、香緒さんは宙を見る。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうだね」
そう言って香緒さんがまた俺に腕を絡める。男同士なのに、俺はそれが全く嫌ではなかった。
「僕も買いたいものあるし、ちょっと付き合ってね~」と言われ連れてこられたのは、明らかに美容院。
「香緒ちゃん、いらっしゃーい」
出迎えてくれたのは、なんとも言えない個性的なスタイルをした、口調は女性の男の人だった。
「ごめんね。急に」
「何言ってんのよ!香緒ちゃんの頼みなら喜んで聞くわよ!」
とその男の人は嬉しそうだ。
「じゃ、よろしくね!」と言われながら背中を押されたのは俺だった。
「ちょっと……!」
「任せて!」
焦る俺を他所に、笑顔を浮かべる、意外と体格のいいその男の人に手を引かれ連れて行かれてしまう。
俺がされるなんて聞いてない……
なすがままに俺は座席に座らされ、髪を切られていく。今までこんなところに入ったことはないし、華やかな雰囲気に飲まれ、俺は借りて来た猫状態だった。
「はーい!終わったわよ~」
鏡の中の自分を見ることが出来ず、視線を外してぼんやりしていると、いつの間にか終わったようだ。さっきまで適当に長く伸びた髪は短く切られていた。
「わ~!武琉似合ってる!」
いつの間にか香緒さんが側に立って鏡の中の俺を眺めていた。
「うんうん。顔立ちいいし、体育会系のイケメンって感じでしょ?」
切ったほうも満更でもない感じだ。
確かに、今まで肉体労働も多かったから筋肉はそれなりについていたし、背もそれなりにあるからそんな風に見えるのかも知れないが、イケメンだと言われたのは初めてだ。
俺が別の人に髪の毛を払って貰っている間、香緒さんは遠くで笑いながら話をしていた。
俺が席から立ち上がると、香緒さんが「じゃあ、次行くよ~」と嬉しそうに手を振っていた。
「あの。ありがとうございました」
髪を切ってくれた人にお礼を言うと、「また来てね~」と笑顔で返され、俺達は店をあとにした。
香緒さんはそのまま俺の腕をとると、グイグイ引っ張って歩いた。
そのまま歩いて次の目的地に向かうようだ。
「はい。次ここね!」
さっきの店から5分程で着いた店は服屋だ。
「店長いる?」
店に入ると、香緒さんは近くの若い男性店員に声をかけている。
「呼んできます!」
慌てた様子で店員は奥へ向かう。店は洗練されていて、とにかくおしゃれだった。
こんな店来たことない……
並んでいる服の値札を見るのも怖い。
「香緒さん、いらっしゃい」
そう言いながら店長らしき人が現れる。香緒さんと並んでも遜色ない程のイケメンだ。
「この子に見立てあげて」
そうやってまた、香緒さんに背中を押された。
「あのっ、香緒さんのを見に来たんじゃないんですか?」
「何言ってるの?今日は全部武琉のための買い物だよ?」
優しく微笑まれ、俺は戸惑う。
「全部俺のって……」
「いいから!決まったら着替えて来てね」
香緒さんはとにかく嬉しそうで、それ以上何も言えず、仕方なく店長について歩いた。
店長は、俺の全身を舐めるように眺めると、一人納得したようにあちこちから服を取り出して来て、俺に当ててみた。まるでマネキンになったような気分で俺は立っているだけだった。
「じゃあ、これ着てみて。フィッティングルームこっちね」
いくつか服を渡されて案内される。触った事のないような肌触りのいい服。高そうなその服を、俺は汚さないように細心の注意を払いながら着替えた。
モノトーンでまとめられていたが、緩やかな服で着心地は良かった。俺は今までは服なんて着れればいいと、シンプルなスエットやジャージばかり着ていた。
着替え終わり扉を開けると、そこに香緒さんと店長が立っていた。
「うん。思った通りだ」
店員は満足げな顔だ。
「ほら。鏡見て?」
香緒さんに促され、やっと全身を写した鏡を見てみる。
誰だ?これ……
つい数時間前までの野暮ったい自分はおらず、香緒さんと並んでも恥ずかしくないくらいになった自分がそこにいた。
「凄くいいね!」
そう言って寄り添うように香緒さんが隣に立つ。さっきまでは隣にいるのが申し訳ないくらいだったのに、見た目を変えるだけでこんなに変わるのかと俺は思った。
「よし。このままデートだ!」
香緒さんが腕を絡め、嬉しそうに笑った。
「デートって……」
俺が戸惑っていると、「僕とじゃ嫌?」と香緒さんは悪戯っぽく笑って見せた。
「そんなことは……ないです」
そう言う自分の顔が赤くなっているんじゃないかと、ちらりと鏡に視線を向けるが、とりあえず大丈夫そうだ。
香緒さんは店を出る前、店長と何かを話し、そして車の鍵を渡していた。
「ごめんね。手間かけさせるけど」
「香緒さんの頼みなら喜んで」
何だろうと思いつつ、そのまま立ち尽くす俺のところに香緒さんは戻って来た。
「はい、これ履いてね」
それは服に合う感じのスニーカーだった。サイズもぴったりで、香緒さんの用意のよさに驚くばかりだ。
俺はここまでにいくら使ったのか想像も出来なかったが、希海さんに入れて貰ったお金でとりあえず返そうと、財布を取り出す。
「あの、お金を……」
そこまで言うと、香緒さんはちょっと驚いた顔でこちらを見る。
「これは僕が武琉にしたいと思ってやってる事だから、気にしないで」
「でも……」
申し訳なくてなんと言ったらいいかわからない。
「僕とデートしてくれたらそれでいいよ。あと手料理かな?楽しみ」
その嬉しそうな顔に俺は戸惑いながらも、たぶん本当にそう思ってくれてるんだなと感じていた。
「あとは夕食の材料買わなきゃね。調理道具もあんまりないんだよね~」
キッチンを思い出しているのか、香緒さんは宙を見る。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうだね」
そう言って香緒さんがまた俺に腕を絡める。男同士なのに、俺はそれが全く嫌ではなかった。
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