偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています

玖羽 望月

文字の大きさ
上 下
60 / 60
番外編 酸いも甘いも

side健二6

しおりを挟む
 海も山もあるこの街の山側。その入り組んだ住宅地の奥にあるのが俺の店、『Splendidaスプレンディダ
 38で独立し、開店して早10年。
 古民家を改築し店と住居にした建物はどこか懐かしさを覚えるような落ち着いた雰囲気だ。
 特に気に入っているのは中庭。掃き出しの大きな窓の向こうに見える箱庭のようなその場所は、春には桜、秋には紅葉が楽しめる。
 今はどちらも緑の葉が生い茂り、そこに掴まった蝉がけたたましい鳴き声を上げていた。
 8月も後半に差し掛かった日曜日の昼下がり。庭に面した一番人気の席に座るのは、今日の主役たちだった。

「ご馳走様でした。お料理がどれも美味しくて食べ過ぎました。あとお酒も。ごめんね、冬弥君。私ばっかり飲んじゃって」

 申し訳なさそうに言うのは、冬弥と婚約したばかりの千春ちゃん。
 ついこの前店に連れてきたかと思ったら、もう婚約したと聞かされ驚いた。今日は祝いも兼ねてうちに呼んで食事会を開催したのだった。

「いいのいいの。冬弥はどっちにしろ飲めないんだから。千春ちゃんは飲める口みたいだから、これから楽しみだわぁ」

 お祝いにと用意したシャンパンを、結局久美と千春ちゃん二人で開けていた。下戸の冬弥とまだ運転する予定のある俺が飲むのはただのジンジャーエールだ。

「ちーちゃん。母さんに合わせなくていいから。今まで飲み過ぎて何度健二さんに迷惑かけたか」
「大丈夫。無理はしてないよ」

 氷の貴公子などと呼ばれていると聞く冬弥だが、今は見るも無残に婚約者にデレデレで、その顔を鏡で見せてやりたい、なんて思う。

「あら失礼ね。別に健二に迷惑かけた覚えなんてないわよ」
「そんなことないでしょ。健二さんのところに泊まって帰るのって飲み過ぎたからなんでしょ?」
「えっ?」

 その発言に驚いているのは千春ちゃんで、冬弥は呆れたように久美に言っている。
 そういや遠い昔、ここに俺が越して家が遠くなり、久美は帰るのが面倒でそんな言い訳をしたことがあった。それをいまだに勘繰ることなく信じ切ってるのが冬弥らしい。

「そっ、それは!」

 慌てふためく久美を見て笑いを堪えながら俺は切り出した。

「冬弥。実は俺も結婚しようと思うんだ」
「健二さんも?」
「で、証人になってくれねぇかなと思って」
「へっ?」

 久美はまだシャンパンが入っているグラスを置くと、変な声を出し慌てている。
 俺は笑いながら忍ばせていた紙とペンを取り出すと、テーブルに広げて冬弥に差し出す。

「喜んで。って、健二さん。相手の人、記入ないけど……大丈夫?」
「あとで書いてもらおうと思ってな。先がいいならそうするけど?」
「ううん? いいよ」

 冬弥はなんの疑いもなく俺だけ記入してある婚姻届の証人欄に名前を書く。
 
「じゃ、もう一人は千春ちゃん。書いてもらっていいか?」

 千春ちゃんは、さっきの会話で全てを察したようだ。さすが、心配になるくらい純真な天然男の婚約者はひと味違う。

「健二⁈」

 久美がなんでこんなに焦っているのかわからない様子の冬弥からペンと紙を受け取ると、千春ちゃんは笑顔を見せる。

「もちろん」

 すぐに名前を書き入れると、千春ちゃんはその紙をこちらに向け、目の前の久美に差し出した。

「じゃあ、最後は久美ママに」
「千春ちゃん⁈」
「ちーちゃん? 証人欄は二人じゃ……」

 あっさり気づかれて顔を赤らめる母と、いまだに何も気づいていない息子の様子はまるでコントだ。

「やだな、冬弥君。まだ書く場所あるでしょ?」

 千春ちゃんも堪えきれず笑いながら冬弥に返している。

「えっ?」

 そこでようやく気がついたのか、冬弥は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてこちらを見た。

「健二さん。母さんと……結婚、するの? いつの間に……」
「ま、久美がいいって言えばだけどな」

 そう笑いかけてから、体を隣の久美に向けた。

「久美。やっぱ、世の中はまだまだ籍が入ってないとできないこともある。俺は最後をお前に看取ってもらいたいし、俺の持ってるものはお前に残したい。だから結婚して、俺の妻になってくれ」

 30代は今のままでいいと思っていた。40代になり、50も目前になると、色々と考えてしまう。そして出した答えは、やはりここに行き着いていた。

「今更だけど。本当に、いいの?」
「当たり前だろ。俺の夢はお前と一緒の墓に入ることだ」
「いったい、いつの話よ!」
「あと30年後くらい? まだまだ長生きするつもりだしな」

 笑顔でそう言う俺に、久美は半分呆れたように笑った。

「そうね。今からでも、鮎川になるのは悪くないかもね」

 久美はペンを取るとサラサラと用紙に書き入れた。

「じゃ、今から出しに行くか!」
「はっ? ちょっと気が早くない?」
「何言ってんだ。俺はむちゃくちゃ気が長いだろ」

 俺たちのやりとりを見て千春ちゃんはクスクス笑う。

「久美ママ、ここはもう覚悟を決めて!」
「母さんそうしなよ。健二さん、ううん? 父さん。母さんをよろしくお願いします」

 冬弥はそう言うと俺に向かい深々と頭を下げた。

「ありがとな、冬弥」

 父と呼ばれ柄にもなく泣きそうになるのを堪えながら、俺は久美に手を差し出す。

「久美。行こう」

 酸いも甘いも教えてくれた最愛の人は、笑顔でその手を取ってくれた。

おわり
 
しおりを挟む
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

橘しづき
2023.02.12 橘しづき

冬弥くんが最高です✨

イケメンで一途、高スペックだけど色んな顔も持ってて本当可愛い。こんな人現実でいたらいいのに…と笑

胸きゅん必須のお話です!

玖羽 望月
2023.02.12 玖羽 望月

しづきさん✨ありがとうございます💕

しづきさんお墨付きの◯◯なイケメン(ネタバレ防止の伏せ字です🤣)

楽しんでいただけて嬉しいです🥰

解除
2023.02.04 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

玖羽 望月
2023.02.04 玖羽 望月

kotaさん✨こちらにまでお越しいただきありがとうございます😆
投票まで😳嬉しいです🥰

解除
おこ
2022.10.24 おこ

いや〜

ひたすら一途でしたねぇ✨💓✨

ご馳走様です😘

玖羽 望月
2022.10.24 玖羽 望月

おこ様☺️

感想嬉しいです✨

読んでくださりありがとうございました🥰

解除

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

世界くんの想うツボ〜年下御曹司との甘い恋の攻防戦〜

遊野煌
恋愛
衛生陶器を扱うTONTON株式会社で見積課課長として勤務している今年35歳の源梅子(みなもとうめこ)は、五年前のトラウマから恋愛に臆病になっていた。そんなある日、梅子は新入社員として見積課に配属されたTONTON株式会社の御曹司、御堂世界(みどうせかい)と出会い、ひょんなことから三ヶ月間の契約交際をすることに。 キラキラネームにキラキラとした見た目で更に会社の御曹司である世界は、自由奔放な性格と振る舞いで完璧主義の梅子のペースを乱していく。 ──あ、それツボっすね。 甘くて、ちょっぴり意地悪な年下男子に振り回されて噛みつかれて恋に落ちちゃう物語。 恋に臆病なバリキャリvsキラキラ年下御曹司 恋の軍配はどちらに? ※画像はフリー素材です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。