56 / 60
番外編 酸いも甘いも
side健二2
しおりを挟む
「ンっ……」
塞いだ唇の隙間から鼻にかかった甘い吐息が漏れる。何度も想像した久美の柔らかい唇の感触は俺を掻き立てた。
握った手に力を込め、空いていた手で背中を抱き寄せる。昔から変わらず長い黒髪が手の甲をサラサラと撫でた。
唇の間を舌で割り中に入ると、一瞬だけビクリと体が揺れる。それでも拒否はされてないはずと奥に進んだ。行き場を失った久美の舌を探り当てると、そのまま舌先でなぞった。
「ンンっっ」
堪えきれないのか声を漏らし、久美は塞がっていない手で俺の腕にしがみつく。逃さないと舌を弄ると、観念したのか久美の舌が俺に絡まる。
あっという間に血が沸き立ち俺を昂らせる。このままここで押し倒しそうな自分の手綱を必死で引く。もっと、とばかりに舌を絡め合い吸い上げると腕を掴む久美の手に力が入った。
時間を忘れて久美を求め、ようやく離れるとお互い深い息を吐く。
「マジでやべぇ。夢じゃないよな?」
久美を抱き寄せて言うと、髪の毛から仄かにシャンプーの香りが漂った。
「こんなに苦しいのに……夢じゃないでしょ」
「え、何? 嫌だった?」
「違うわよ。あんた、がっつきすぎ! こんなしつこいキスされたの初めてよ!」
胸に顔を埋めたままの久美からくぐもった抗議の声が聞こえる。けど俺は、初めてと言われたことにニヤついてしまう。
「こんなので根を上げてどうすんだよ。俺は元々執念深いからな。じゃなきゃこんな歳まで初恋拗らせねぇだろ」
「……言えてる」
真夏の夜。昼間より幾分か涼しくなったが、それでもまだ熱を感じる。だが、お互いの体から発せられる熱よりまだマシだ。
久美の体を腕の中に閉じ込めたまま、俺は耳元に唇を寄せる。
「……お前の全部が欲しい。ダメか?」
この熱は簡単には収まりそうにない。がっついてると思われようが、このチャンスを俺は逃したくない。
「……。ダメ、って言うか……。現実的に、ここでできないでしょ」
「ここじゃなきゃいいわけか」
久美の答えに笑いながら返す。たぶん、だが久美は嫌がっていないから。
「じゃあ、俺の家に来るか?」
「あんたの家って、同じじゃない。みんないるでしょ?」
驚いたように顔を上げた久美の額に口付けて答える。
「さすがにとっくに実家は出たって。この近くに一人暮らしだ。お前に早く見せたかったからちょうどいい。行くぞ?」
「今から⁈」
「そうだ。善は急げって言うだろ?」
腕を離し、とっとと片付けにかかる。久美は「なんか使い方間違ってない?」と言いながらも空き缶を集めていた。
久美の家から、今俺が住んでいる家まではほんの五分ほど。遠くに海を見下ろす坂道を下り、公園を目印に路地へ曲がる。よく知った場所のはずなのに、久美は懐かしいのかキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていた。
「着いた。ここが俺の家」
「え? 嘘! ここが?」
古い住宅が並ぶ一角。公園に面したこの場所は、近所の子どもたちの憩いの場所だった。
「よく来たよな。ここの駄菓子屋。久美が家出てすぐ廃業してな。しばらく婆ちゃんたちここに住んでたんだけど。脚悪くしてから息子夫婦の世話になるって出てったんだよ」
面影を残したままの建物を久美は見上げている。昔そこには◯◯商店と書かれた看板があったが今はもうない。
俺は簡易な引き戸の鍵を開けその扉を開けると振り返る。
「そっかぁ……。もう結構年だったもんね。なんか、いつまでも元気でここに店がある気してた」
久美は途端に寂しそうな表情を見せる。その肩を軽く引き寄せ中に入るよう促した。
ゆっくりと歩きながら二人で戸を潜る。明かりを付けると俺にはすっかり見慣れた家の中が現れる。そこを見て久美は驚いていた。
「変わってない……。棚なんかそのまま……」
昔は店になっていたスペース。さすがに中央に置いてあった、菓子を入れる背の低いケースはないが、壁の棚はそのまま活用している。
「ここさ。おっちゃんが買い取ったんだよ。リフォームして貸すことになって、俺が手を挙げた。最初は大改修する予定だったんだけどな。ここはあんま変えないでおこうと思って。なんか味があるだろ?」
久美は店を思い出しているのか、懐かしそうに棚を見ていた。
「この棚、昔は手が届かなかったのに。本当はこんなに低かったんだね」
「だよな。見るたびに年食ったなって実感する」
久美の隣に並び笑いかけると、「何それ?」と久美は笑う。
「ヤバい。可愛い」
久美を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。小さい頃は平気で触れられた体。甘えたくて抱きつくことだってあった。それができなくなって、この先一生、触れることなどできないと思っていた。
「健二! ちょっと! 苦しいって」
もがきながら久美は顔を上げる。その紅潮し照れたような顔を見て思う。
お互い30を越え、酸いも甘いも噛み分けてきた。と言っても人生はまだまだこれからだ。遠回りしたかも知れないが、それもまた必然だったのかも知れない。
「好きだ。久美。むちゃくちゃ好き。……愛してる」
ずっと言えなかった言葉を真面目な顔して吐き出す。
俺を見上げたままの久美の瞳に、じわりと雫が浮かんで溢れた。
塞いだ唇の隙間から鼻にかかった甘い吐息が漏れる。何度も想像した久美の柔らかい唇の感触は俺を掻き立てた。
握った手に力を込め、空いていた手で背中を抱き寄せる。昔から変わらず長い黒髪が手の甲をサラサラと撫でた。
唇の間を舌で割り中に入ると、一瞬だけビクリと体が揺れる。それでも拒否はされてないはずと奥に進んだ。行き場を失った久美の舌を探り当てると、そのまま舌先でなぞった。
「ンンっっ」
堪えきれないのか声を漏らし、久美は塞がっていない手で俺の腕にしがみつく。逃さないと舌を弄ると、観念したのか久美の舌が俺に絡まる。
あっという間に血が沸き立ち俺を昂らせる。このままここで押し倒しそうな自分の手綱を必死で引く。もっと、とばかりに舌を絡め合い吸い上げると腕を掴む久美の手に力が入った。
時間を忘れて久美を求め、ようやく離れるとお互い深い息を吐く。
「マジでやべぇ。夢じゃないよな?」
久美を抱き寄せて言うと、髪の毛から仄かにシャンプーの香りが漂った。
「こんなに苦しいのに……夢じゃないでしょ」
「え、何? 嫌だった?」
「違うわよ。あんた、がっつきすぎ! こんなしつこいキスされたの初めてよ!」
胸に顔を埋めたままの久美からくぐもった抗議の声が聞こえる。けど俺は、初めてと言われたことにニヤついてしまう。
「こんなので根を上げてどうすんだよ。俺は元々執念深いからな。じゃなきゃこんな歳まで初恋拗らせねぇだろ」
「……言えてる」
真夏の夜。昼間より幾分か涼しくなったが、それでもまだ熱を感じる。だが、お互いの体から発せられる熱よりまだマシだ。
久美の体を腕の中に閉じ込めたまま、俺は耳元に唇を寄せる。
「……お前の全部が欲しい。ダメか?」
この熱は簡単には収まりそうにない。がっついてると思われようが、このチャンスを俺は逃したくない。
「……。ダメ、って言うか……。現実的に、ここでできないでしょ」
「ここじゃなきゃいいわけか」
久美の答えに笑いながら返す。たぶん、だが久美は嫌がっていないから。
「じゃあ、俺の家に来るか?」
「あんたの家って、同じじゃない。みんないるでしょ?」
驚いたように顔を上げた久美の額に口付けて答える。
「さすがにとっくに実家は出たって。この近くに一人暮らしだ。お前に早く見せたかったからちょうどいい。行くぞ?」
「今から⁈」
「そうだ。善は急げって言うだろ?」
腕を離し、とっとと片付けにかかる。久美は「なんか使い方間違ってない?」と言いながらも空き缶を集めていた。
久美の家から、今俺が住んでいる家まではほんの五分ほど。遠くに海を見下ろす坂道を下り、公園を目印に路地へ曲がる。よく知った場所のはずなのに、久美は懐かしいのかキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていた。
「着いた。ここが俺の家」
「え? 嘘! ここが?」
古い住宅が並ぶ一角。公園に面したこの場所は、近所の子どもたちの憩いの場所だった。
「よく来たよな。ここの駄菓子屋。久美が家出てすぐ廃業してな。しばらく婆ちゃんたちここに住んでたんだけど。脚悪くしてから息子夫婦の世話になるって出てったんだよ」
面影を残したままの建物を久美は見上げている。昔そこには◯◯商店と書かれた看板があったが今はもうない。
俺は簡易な引き戸の鍵を開けその扉を開けると振り返る。
「そっかぁ……。もう結構年だったもんね。なんか、いつまでも元気でここに店がある気してた」
久美は途端に寂しそうな表情を見せる。その肩を軽く引き寄せ中に入るよう促した。
ゆっくりと歩きながら二人で戸を潜る。明かりを付けると俺にはすっかり見慣れた家の中が現れる。そこを見て久美は驚いていた。
「変わってない……。棚なんかそのまま……」
昔は店になっていたスペース。さすがに中央に置いてあった、菓子を入れる背の低いケースはないが、壁の棚はそのまま活用している。
「ここさ。おっちゃんが買い取ったんだよ。リフォームして貸すことになって、俺が手を挙げた。最初は大改修する予定だったんだけどな。ここはあんま変えないでおこうと思って。なんか味があるだろ?」
久美は店を思い出しているのか、懐かしそうに棚を見ていた。
「この棚、昔は手が届かなかったのに。本当はこんなに低かったんだね」
「だよな。見るたびに年食ったなって実感する」
久美の隣に並び笑いかけると、「何それ?」と久美は笑う。
「ヤバい。可愛い」
久美を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。小さい頃は平気で触れられた体。甘えたくて抱きつくことだってあった。それができなくなって、この先一生、触れることなどできないと思っていた。
「健二! ちょっと! 苦しいって」
もがきながら久美は顔を上げる。その紅潮し照れたような顔を見て思う。
お互い30を越え、酸いも甘いも噛み分けてきた。と言っても人生はまだまだこれからだ。遠回りしたかも知れないが、それもまた必然だったのかも知れない。
「好きだ。久美。むちゃくちゃ好き。……愛してる」
ずっと言えなかった言葉を真面目な顔して吐き出す。
俺を見上げたままの久美の瞳に、じわりと雫が浮かんで溢れた。
11
お気に入りに追加
275
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
クリスマスに咲くバラ
篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~
安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。
愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。
その幸せが来訪者に寄って壊される。
夫の政志が不倫をしていたのだ。
不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。
里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。
バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は?
表紙は、自作です。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
世界くんの想うツボ〜年下御曹司との甘い恋の攻防戦〜
遊野煌
恋愛
衛生陶器を扱うTONTON株式会社で見積課課長として勤務している今年35歳の源梅子(みなもとうめこ)は、五年前のトラウマから恋愛に臆病になっていた。そんなある日、梅子は新入社員として見積課に配属されたTONTON株式会社の御曹司、御堂世界(みどうせかい)と出会い、ひょんなことから三ヶ月間の契約交際をすることに。
キラキラネームにキラキラとした見た目で更に会社の御曹司である世界は、自由奔放な性格と振る舞いで完璧主義の梅子のペースを乱していく。
──あ、それツボっすね。
甘くて、ちょっぴり意地悪な年下男子に振り回されて噛みつかれて恋に落ちちゃう物語。
恋に臆病なバリキャリvsキラキラ年下御曹司
恋の軍配はどちらに?
※画像はフリー素材です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる