偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています

玖羽 望月

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番外編 酸いも甘いも

side健二2

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「ンっ……」

 塞いだ唇の隙間から鼻にかかった甘い吐息が漏れる。何度も想像した久美の柔らかい唇の感触は俺を掻き立てた。
 握った手に力を込め、空いていた手で背中を抱き寄せる。昔から変わらず長い黒髪が手の甲をサラサラと撫でた。
 唇の間を舌で割り中に入ると、一瞬だけビクリと体が揺れる。それでも拒否はされてないはずと奥に進んだ。行き場を失った久美の舌を探り当てると、そのまま舌先でなぞった。

「ンンっっ」

 堪えきれないのか声を漏らし、久美は塞がっていない手で俺の腕にしがみつく。逃さないと舌を弄ると、観念したのか久美の舌が俺に絡まる。
 あっという間に血が沸き立ち俺を昂らせる。このままここで押し倒しそうな自分の手綱を必死で引く。もっと、とばかりに舌を絡め合い吸い上げると腕を掴む久美の手に力が入った。
 時間を忘れて久美を求め、ようやく離れるとお互い深い息を吐く。

「マジでやべぇ。夢じゃないよな?」

 久美を抱き寄せて言うと、髪の毛から仄かにシャンプーの香りが漂った。

「こんなに苦しいのに……夢じゃないでしょ」
「え、何? 嫌だった?」
「違うわよ。あんた、がっつきすぎ! こんなしつこいキスされたの初めてよ!」

 胸に顔を埋めたままの久美からくぐもった抗議の声が聞こえる。けど俺は、初めてと言われたことにニヤついてしまう。

「こんなので根を上げてどうすんだよ。俺は元々執念深いからな。じゃなきゃこんな歳まで初恋拗らせねぇだろ」
「……言えてる」

 真夏の夜。昼間より幾分か涼しくなったが、それでもまだ熱を感じる。だが、お互いの体から発せられる熱よりまだマシだ。
 久美の体を腕の中に閉じ込めたまま、俺は耳元に唇を寄せる。

「……お前の全部が欲しい。ダメか?」

 この熱は簡単には収まりそうにない。がっついてると思われようが、このチャンスを俺は逃したくない。

「……。ダメ、って言うか……。現実的に、ここでできないでしょ」
「ここじゃなきゃいいわけか」

 久美の答えに笑いながら返す。たぶん、だが久美は嫌がっていないから。

「じゃあ、俺の家に来るか?」
「あんたの家って、同じじゃない。みんないるでしょ?」

 驚いたように顔を上げた久美の額に口付けて答える。

「さすがにとっくに実家は出たって。この近くに一人暮らしだ。お前に早く見せたかったからちょうどいい。行くぞ?」
「今から⁈」
「そうだ。善は急げって言うだろ?」

 腕を離し、とっとと片付けにかかる。久美は「なんか使い方間違ってない?」と言いながらも空き缶を集めていた。

 
 久美の家から、今俺が住んでいる家まではほんの五分ほど。遠くに海を見下ろす坂道を下り、公園を目印に路地へ曲がる。よく知った場所のはずなのに、久美は懐かしいのかキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていた。

「着いた。ここが俺の家」
「え? 嘘! ここが?」

 古い住宅が並ぶ一角。公園に面したこの場所は、近所の子どもたちの憩いの場所だった。

「よく来たよな。ここの駄菓子屋。久美が家出てすぐ廃業してな。しばらく婆ちゃんたちここに住んでたんだけど。脚悪くしてから息子夫婦の世話になるって出てったんだよ」

 面影を残したままの建物を久美は見上げている。昔そこには◯◯商店と書かれた看板があったが今はもうない。
 俺は簡易な引き戸の鍵を開けその扉を開けると振り返る。

「そっかぁ……。もう結構年だったもんね。なんか、いつまでも元気でここに店がある気してた」

 久美は途端に寂しそうな表情を見せる。その肩を軽く引き寄せ中に入るよう促した。
 ゆっくりと歩きながら二人で戸を潜る。明かりを付けると俺にはすっかり見慣れた家の中が現れる。そこを見て久美は驚いていた。

「変わってない……。棚なんかそのまま……」

 昔は店になっていたスペース。さすがに中央に置いてあった、菓子を入れる背の低いケースはないが、壁の棚はそのまま活用している。

「ここさ。おっちゃんが買い取ったんだよ。リフォームして貸すことになって、俺が手を挙げた。最初は大改修する予定だったんだけどな。ここはあんま変えないでおこうと思って。なんか味があるだろ?」

 久美は店を思い出しているのか、懐かしそうに棚を見ていた。

「この棚、昔は手が届かなかったのに。本当はこんなに低かったんだね」
「だよな。見るたびに年食ったなって実感する」

 久美の隣に並び笑いかけると、「何それ?」と久美は笑う。

「ヤバい。可愛い」

 久美を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。小さい頃は平気で触れられた体。甘えたくて抱きつくことだってあった。それができなくなって、この先一生、触れることなどできないと思っていた。

「健二! ちょっと! 苦しいって」

 もがきながら久美は顔を上げる。その紅潮し照れたような顔を見て思う。
 お互い30を越え、酸いも甘いも噛み分けてきた。と言っても人生はまだまだこれからだ。遠回りしたかも知れないが、それもまた必然だったのかも知れない。

「好きだ。久美。むちゃくちゃ好き。……愛してる」

 ずっと言えなかった言葉を真面目な顔して吐き出す。
 俺を見上げたままの久美の瞳に、じわりと雫が浮かんで溢れた。
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