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番外編 酸いも甘いも
side 夏帆2
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「寝直す。ベッド貸してよね。あと着るものも。の前にシャワー浴びなきゃ。面倒だな」
わかっている。こんなに苛々するのは自分に対してだ。けどそれを止められず、ガシガシと頭を掻く。
アルを見ることなく立ちあがろうとすると、遮るように腕が伸びて体に絡まった。
「カホ。何かあったでしょ? 僕にはわかるよ。どうした? 言ってみて」
「……別に。なんでもない」
顔を背けたまま言うと、アルが小さく笑っている気配がした。
「いくらカホを手に入れたのが最近でも、何かあったことくらいわかるよ。じゃあ。ゆっくりお湯に浸かりながら聞こう。用意してくるよ」
アルはこめかみにチュッと音を立てて触れたあと立ち上がるとリビングから消えていった。
アルに促されるままバスルームに行き、子どもの着替えみたいに「はいバンザーイ」なんて言われながら服を脱ぐ。自分も服を脱ぐと服を適当に置いたあと、アルは私をバスルームに押し込んだ。
「あとは自分でやる」
淡々と言ってからクレンジングを手に取る。こうでも言っておかないと、体の隅々まで洗われてしまう。今日はそんなことをされたい気分じゃないから。
「ん。わかった」
交代でシャワーを使いながら、それぞれ自分のことは自分でして、湯船に浸かる。
アルは結構細身で、身長も日本人の平均より少し高いくらい。一人でゆうに足を伸ばせるサイズのバスタブなら二人同時に入ることはできた。と言ってもかなり密着はするが。
「……ねぇ。アルはさ、友だちとケンカしたことある?」
アルの肩口に頭を乗せ天井を見上げながら尋ねる。
「そりゃもちろん。そんなの日常茶飯事だよ」
時々イタリア人なのを忘れるくらいに日本語を操ってアルは笑った。
そりゃそうか、と思う。変に忖度し喧嘩を避けようとするのは日本人ならではだ。そんなこと、海外のアーティストと仕事してきて身に染みてわかっている。だから負けないように自分の意見ははっきり言うようにしてきた。
「チハルとケンカしたのかい?」
まだアルを千春には会わせていない。そのうち機会があればと思うくらいで、改まって紹介しようとは考えていなかった。だいたい、あまり恋愛が長続きするタイプでもないし、千春も私の彼氏にそんなに興味があるとも思えない。だから、まぁいいかなんて思っていた。
でもアルには、千春の話をしてきた。ここ最近の、千春とふゆちゃんのことなんかは全部。
「ケンカっていうか、絶交するって言われた」
「絶交ってあれ? もう友だちやめる! ってやつ?」
いったい誰の真似なのか『もう』から変に高い声色でアルは言った。
「あんた、面白がってる?」
こっちはいたって真面目なのに、茶化されたみたいで不愉快になる。
こういう男だ……。コイツは……
そう思いながら一つ溜め息を吐く。
私はこの、いつも軽い調子のイタリア人のことが苦手だった。
出会ったのはパパが経営するレストランに一人プラっと行ったときだ。スタッフから新しく入ったシェフを紹介したいと言われて現れたのがこの男。
『Sposiamoci!』
私を一目見て、いきなり目の前に傅くとアルは笑顔で言った。
『私、日本語か英語しか理解できないから。知らない言葉で喋らないでくれる?』
わかるかどうかなんか気にせず、日本語で冷たくあしらうと、アルは明るく日本語で言い直した。
『結婚しよう!』
『はっ? 意味わかんない』
『君は僕の推しにそっくりだ!』
『マジで意味わかんない』
最初からこれで、会うたびに私にプロポーズする残念な男。もちろん本気だと思っていないし、私はずっと適当にあしらっていた。
そんな男の作るものは最高だった。新店舗を任されていたアルは、あれよあれよと言う間に店を人気店に押し上げていったのだ。
わかっている。こんなに苛々するのは自分に対してだ。けどそれを止められず、ガシガシと頭を掻く。
アルを見ることなく立ちあがろうとすると、遮るように腕が伸びて体に絡まった。
「カホ。何かあったでしょ? 僕にはわかるよ。どうした? 言ってみて」
「……別に。なんでもない」
顔を背けたまま言うと、アルが小さく笑っている気配がした。
「いくらカホを手に入れたのが最近でも、何かあったことくらいわかるよ。じゃあ。ゆっくりお湯に浸かりながら聞こう。用意してくるよ」
アルはこめかみにチュッと音を立てて触れたあと立ち上がるとリビングから消えていった。
アルに促されるままバスルームに行き、子どもの着替えみたいに「はいバンザーイ」なんて言われながら服を脱ぐ。自分も服を脱ぐと服を適当に置いたあと、アルは私をバスルームに押し込んだ。
「あとは自分でやる」
淡々と言ってからクレンジングを手に取る。こうでも言っておかないと、体の隅々まで洗われてしまう。今日はそんなことをされたい気分じゃないから。
「ん。わかった」
交代でシャワーを使いながら、それぞれ自分のことは自分でして、湯船に浸かる。
アルは結構細身で、身長も日本人の平均より少し高いくらい。一人でゆうに足を伸ばせるサイズのバスタブなら二人同時に入ることはできた。と言ってもかなり密着はするが。
「……ねぇ。アルはさ、友だちとケンカしたことある?」
アルの肩口に頭を乗せ天井を見上げながら尋ねる。
「そりゃもちろん。そんなの日常茶飯事だよ」
時々イタリア人なのを忘れるくらいに日本語を操ってアルは笑った。
そりゃそうか、と思う。変に忖度し喧嘩を避けようとするのは日本人ならではだ。そんなこと、海外のアーティストと仕事してきて身に染みてわかっている。だから負けないように自分の意見ははっきり言うようにしてきた。
「チハルとケンカしたのかい?」
まだアルを千春には会わせていない。そのうち機会があればと思うくらいで、改まって紹介しようとは考えていなかった。だいたい、あまり恋愛が長続きするタイプでもないし、千春も私の彼氏にそんなに興味があるとも思えない。だから、まぁいいかなんて思っていた。
でもアルには、千春の話をしてきた。ここ最近の、千春とふゆちゃんのことなんかは全部。
「ケンカっていうか、絶交するって言われた」
「絶交ってあれ? もう友だちやめる! ってやつ?」
いったい誰の真似なのか『もう』から変に高い声色でアルは言った。
「あんた、面白がってる?」
こっちはいたって真面目なのに、茶化されたみたいで不愉快になる。
こういう男だ……。コイツは……
そう思いながら一つ溜め息を吐く。
私はこの、いつも軽い調子のイタリア人のことが苦手だった。
出会ったのはパパが経営するレストランに一人プラっと行ったときだ。スタッフから新しく入ったシェフを紹介したいと言われて現れたのがこの男。
『Sposiamoci!』
私を一目見て、いきなり目の前に傅くとアルは笑顔で言った。
『私、日本語か英語しか理解できないから。知らない言葉で喋らないでくれる?』
わかるかどうかなんか気にせず、日本語で冷たくあしらうと、アルは明るく日本語で言い直した。
『結婚しよう!』
『はっ? 意味わかんない』
『君は僕の推しにそっくりだ!』
『マジで意味わかんない』
最初からこれで、会うたびに私にプロポーズする残念な男。もちろん本気だと思っていないし、私はずっと適当にあしらっていた。
そんな男の作るものは最高だった。新店舗を任されていたアルは、あれよあれよと言う間に店を人気店に押し上げていったのだ。
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