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番外編 酸いも甘いも
side 夏帆1
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「もう知らない! 夏帆とは絶交するからっ!」
そう叫ぶと、千春は踵を返し凄い勢いで走り出す。高いヒールを履いているとは思えないスピードで。
「あっ! 待って、ちー……ちゃん……」
ふゆちゃんの伸ばした手は虚しく空を掴む。それをスローモーションのように眺めていた。
「追いかけて……。ふゆちゃん! 追いかけて! 絶対千春を見つけて!」
しばらく呆然としていた私は、ようやく現実に引き戻されふゆちゃんを見上げて言った。
「うん。絶対ちーちゃん見つけるから。見つかったら連絡する」
真剣な眼差しで頷くと、ふゆちゃんも走り出す。千春が消えていった方向に。
私はその場で一人取り残されたまま、まだ半分呆然としていた。
「……絶交……」
さっき千春に言われた台詞が蘇り、胸に突き刺さる。
友だちになって20年。こんなことを言われたのは初めてだ。今までどんな悪戯を仕掛けようが、千春は『もー! 夏帆?』と笑いながら許してくれた。それが当たり前だと思っていた。
けれど、今回ばかりは違う。やりすぎたのだ。悪戯、と言うにはタチが悪かったのかも知れない。
最初は、ただ会わせるのはもったいない、なんて悪戯心だった。ドラマティックに再会すれば、二人はもしかして……なんて老婆心からそうしただけだった。けれど、想像以上に拗らせた上に最悪のタイミングで遭遇。千春から見れば、相当ショックだったに違いない。
けれど千春の衝撃くらい、自分も『絶交』と言われたことに、とてつもなくショックを受けていた。
馴染みの店の前から、どこをどうやって歩いたか覚えていない。私が足を向けたのは、自分が育った家ではなく、駅の反対側にある、最近訪れるようになったマンションだった。
貰った合鍵で中に入ると、家主はまだ帰っていない。時間は夜10時になっていない。まだ仕事中で、あと一時間は帰ってこないだろう。
リビングに進み、灯りも付けずにソファに蹲る。静まり返った暗闇に一人でいると、次々不安が押し寄せてきた。
どうしよう……。一生千春に口聞いてもらえなかったら……
人生の大半を一緒に過ごした千春は、自分にとってこんなにもなくてはならない存在だったんだと改めて思う。
一人っ子だった私は、6才下に妹がいて、根っからの世話焼きだった千春にずっと甘えていたのかも知れない。友だちと言うより姉のようで、何をしても許されるなんて、勝手に思い込んでいた。
どれくらいそうしていただろう。半分うとうとしながら考えことをしていたら眠っていたみたいだ。昨日出張先のロンドンから帰ってきたばかりで、さすがにまだ時差ぼけも残っている。
急に辺りが眩しくなって目が覚めると、部屋の中に人の気配がした。
「目は覚めたかい? マイスイートダーリン」
恥ずかしげもなくそう言う男はソファに丸まったままの私の元へやって来る。
「……アル。イタリア人ならイタリア語で言えば?」
のそのそと起き上がると、アルことアルフレードに投げやりに言い放った。
「カホが自分の知らない言葉で喋るなって言ったんでしょ?」
アルは笑いながら腰に腕を回し、寝起きでぼんやりしたままの私の額にキスを一つ落とす。流れるようにする仕草は、さすがイタリア人。いつも手慣れていると感心さえする。
「悪かったわね。どうせ日本語と英語しかできませんよ!」
苛々しながら刺々しく言う私に、アルは彫りの深いその顔を崩している。
「どうしたんだい? マイプリンセス。今日はいつもよりツンツンしているね。まるで茨に囲まれたお姫様のようだ。僕のキスで目覚めるかい? そうすれば今度はデレデレかな。ツンデレとは最高だね」
見た目はブラウンヘアにブラウンアイ。どこをどうみても外国人のアルは流暢な日本語で言う。
まだ来日して三年ほどだが、小さいころから日本のアニメを見て育ち、それで日本語を覚えたらしい。そして、母国語のイタリア語に加え英語も問題なく話すこの男の頭の中身はそれなりに残念だった。
そう叫ぶと、千春は踵を返し凄い勢いで走り出す。高いヒールを履いているとは思えないスピードで。
「あっ! 待って、ちー……ちゃん……」
ふゆちゃんの伸ばした手は虚しく空を掴む。それをスローモーションのように眺めていた。
「追いかけて……。ふゆちゃん! 追いかけて! 絶対千春を見つけて!」
しばらく呆然としていた私は、ようやく現実に引き戻されふゆちゃんを見上げて言った。
「うん。絶対ちーちゃん見つけるから。見つかったら連絡する」
真剣な眼差しで頷くと、ふゆちゃんも走り出す。千春が消えていった方向に。
私はその場で一人取り残されたまま、まだ半分呆然としていた。
「……絶交……」
さっき千春に言われた台詞が蘇り、胸に突き刺さる。
友だちになって20年。こんなことを言われたのは初めてだ。今までどんな悪戯を仕掛けようが、千春は『もー! 夏帆?』と笑いながら許してくれた。それが当たり前だと思っていた。
けれど、今回ばかりは違う。やりすぎたのだ。悪戯、と言うにはタチが悪かったのかも知れない。
最初は、ただ会わせるのはもったいない、なんて悪戯心だった。ドラマティックに再会すれば、二人はもしかして……なんて老婆心からそうしただけだった。けれど、想像以上に拗らせた上に最悪のタイミングで遭遇。千春から見れば、相当ショックだったに違いない。
けれど千春の衝撃くらい、自分も『絶交』と言われたことに、とてつもなくショックを受けていた。
馴染みの店の前から、どこをどうやって歩いたか覚えていない。私が足を向けたのは、自分が育った家ではなく、駅の反対側にある、最近訪れるようになったマンションだった。
貰った合鍵で中に入ると、家主はまだ帰っていない。時間は夜10時になっていない。まだ仕事中で、あと一時間は帰ってこないだろう。
リビングに進み、灯りも付けずにソファに蹲る。静まり返った暗闇に一人でいると、次々不安が押し寄せてきた。
どうしよう……。一生千春に口聞いてもらえなかったら……
人生の大半を一緒に過ごした千春は、自分にとってこんなにもなくてはならない存在だったんだと改めて思う。
一人っ子だった私は、6才下に妹がいて、根っからの世話焼きだった千春にずっと甘えていたのかも知れない。友だちと言うより姉のようで、何をしても許されるなんて、勝手に思い込んでいた。
どれくらいそうしていただろう。半分うとうとしながら考えことをしていたら眠っていたみたいだ。昨日出張先のロンドンから帰ってきたばかりで、さすがにまだ時差ぼけも残っている。
急に辺りが眩しくなって目が覚めると、部屋の中に人の気配がした。
「目は覚めたかい? マイスイートダーリン」
恥ずかしげもなくそう言う男はソファに丸まったままの私の元へやって来る。
「……アル。イタリア人ならイタリア語で言えば?」
のそのそと起き上がると、アルことアルフレードに投げやりに言い放った。
「カホが自分の知らない言葉で喋るなって言ったんでしょ?」
アルは笑いながら腰に腕を回し、寝起きでぼんやりしたままの私の額にキスを一つ落とす。流れるようにする仕草は、さすがイタリア人。いつも手慣れていると感心さえする。
「悪かったわね。どうせ日本語と英語しかできませんよ!」
苛々しながら刺々しく言う私に、アルは彫りの深いその顔を崩している。
「どうしたんだい? マイプリンセス。今日はいつもよりツンツンしているね。まるで茨に囲まれたお姫様のようだ。僕のキスで目覚めるかい? そうすれば今度はデレデレかな。ツンデレとは最高だね」
見た目はブラウンヘアにブラウンアイ。どこをどうみても外国人のアルは流暢な日本語で言う。
まだ来日して三年ほどだが、小さいころから日本のアニメを見て育ち、それで日本語を覚えたらしい。そして、母国語のイタリア語に加え英語も問題なく話すこの男の頭の中身はそれなりに残念だった。
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