49 / 60
番外編 酸いも甘いも
side 夏帆1
しおりを挟む
「もう知らない! 夏帆とは絶交するからっ!」
そう叫ぶと、千春は踵を返し凄い勢いで走り出す。高いヒールを履いているとは思えないスピードで。
「あっ! 待って、ちー……ちゃん……」
ふゆちゃんの伸ばした手は虚しく空を掴む。それをスローモーションのように眺めていた。
「追いかけて……。ふゆちゃん! 追いかけて! 絶対千春を見つけて!」
しばらく呆然としていた私は、ようやく現実に引き戻されふゆちゃんを見上げて言った。
「うん。絶対ちーちゃん見つけるから。見つかったら連絡する」
真剣な眼差しで頷くと、ふゆちゃんも走り出す。千春が消えていった方向に。
私はその場で一人取り残されたまま、まだ半分呆然としていた。
「……絶交……」
さっき千春に言われた台詞が蘇り、胸に突き刺さる。
友だちになって20年。こんなことを言われたのは初めてだ。今までどんな悪戯を仕掛けようが、千春は『もー! 夏帆?』と笑いながら許してくれた。それが当たり前だと思っていた。
けれど、今回ばかりは違う。やりすぎたのだ。悪戯、と言うにはタチが悪かったのかも知れない。
最初は、ただ会わせるのはもったいない、なんて悪戯心だった。ドラマティックに再会すれば、二人はもしかして……なんて老婆心からそうしただけだった。けれど、想像以上に拗らせた上に最悪のタイミングで遭遇。千春から見れば、相当ショックだったに違いない。
けれど千春の衝撃くらい、自分も『絶交』と言われたことに、とてつもなくショックを受けていた。
馴染みの店の前から、どこをどうやって歩いたか覚えていない。私が足を向けたのは、自分が育った家ではなく、駅の反対側にある、最近訪れるようになったマンションだった。
貰った合鍵で中に入ると、家主はまだ帰っていない。時間は夜10時になっていない。まだ仕事中で、あと一時間は帰ってこないだろう。
リビングに進み、灯りも付けずにソファに蹲る。静まり返った暗闇に一人でいると、次々不安が押し寄せてきた。
どうしよう……。一生千春に口聞いてもらえなかったら……
人生の大半を一緒に過ごした千春は、自分にとってこんなにもなくてはならない存在だったんだと改めて思う。
一人っ子だった私は、6才下に妹がいて、根っからの世話焼きだった千春にずっと甘えていたのかも知れない。友だちと言うより姉のようで、何をしても許されるなんて、勝手に思い込んでいた。
どれくらいそうしていただろう。半分うとうとしながら考えことをしていたら眠っていたみたいだ。昨日出張先のロンドンから帰ってきたばかりで、さすがにまだ時差ぼけも残っている。
急に辺りが眩しくなって目が覚めると、部屋の中に人の気配がした。
「目は覚めたかい? マイスイートダーリン」
恥ずかしげもなくそう言う男はソファに丸まったままの私の元へやって来る。
「……アル。イタリア人ならイタリア語で言えば?」
のそのそと起き上がると、アルことアルフレードに投げやりに言い放った。
「カホが自分の知らない言葉で喋るなって言ったんでしょ?」
アルは笑いながら腰に腕を回し、寝起きでぼんやりしたままの私の額にキスを一つ落とす。流れるようにする仕草は、さすがイタリア人。いつも手慣れていると感心さえする。
「悪かったわね。どうせ日本語と英語しかできませんよ!」
苛々しながら刺々しく言う私に、アルは彫りの深いその顔を崩している。
「どうしたんだい? マイプリンセス。今日はいつもよりツンツンしているね。まるで茨に囲まれたお姫様のようだ。僕のキスで目覚めるかい? そうすれば今度はデレデレかな。ツンデレとは最高だね」
見た目はブラウンヘアにブラウンアイ。どこをどうみても外国人のアルは流暢な日本語で言う。
まだ来日して三年ほどだが、小さいころから日本のアニメを見て育ち、それで日本語を覚えたらしい。そして、母国語のイタリア語に加え英語も問題なく話すこの男の頭の中身はそれなりに残念だった。
そう叫ぶと、千春は踵を返し凄い勢いで走り出す。高いヒールを履いているとは思えないスピードで。
「あっ! 待って、ちー……ちゃん……」
ふゆちゃんの伸ばした手は虚しく空を掴む。それをスローモーションのように眺めていた。
「追いかけて……。ふゆちゃん! 追いかけて! 絶対千春を見つけて!」
しばらく呆然としていた私は、ようやく現実に引き戻されふゆちゃんを見上げて言った。
「うん。絶対ちーちゃん見つけるから。見つかったら連絡する」
真剣な眼差しで頷くと、ふゆちゃんも走り出す。千春が消えていった方向に。
私はその場で一人取り残されたまま、まだ半分呆然としていた。
「……絶交……」
さっき千春に言われた台詞が蘇り、胸に突き刺さる。
友だちになって20年。こんなことを言われたのは初めてだ。今までどんな悪戯を仕掛けようが、千春は『もー! 夏帆?』と笑いながら許してくれた。それが当たり前だと思っていた。
けれど、今回ばかりは違う。やりすぎたのだ。悪戯、と言うにはタチが悪かったのかも知れない。
最初は、ただ会わせるのはもったいない、なんて悪戯心だった。ドラマティックに再会すれば、二人はもしかして……なんて老婆心からそうしただけだった。けれど、想像以上に拗らせた上に最悪のタイミングで遭遇。千春から見れば、相当ショックだったに違いない。
けれど千春の衝撃くらい、自分も『絶交』と言われたことに、とてつもなくショックを受けていた。
馴染みの店の前から、どこをどうやって歩いたか覚えていない。私が足を向けたのは、自分が育った家ではなく、駅の反対側にある、最近訪れるようになったマンションだった。
貰った合鍵で中に入ると、家主はまだ帰っていない。時間は夜10時になっていない。まだ仕事中で、あと一時間は帰ってこないだろう。
リビングに進み、灯りも付けずにソファに蹲る。静まり返った暗闇に一人でいると、次々不安が押し寄せてきた。
どうしよう……。一生千春に口聞いてもらえなかったら……
人生の大半を一緒に過ごした千春は、自分にとってこんなにもなくてはならない存在だったんだと改めて思う。
一人っ子だった私は、6才下に妹がいて、根っからの世話焼きだった千春にずっと甘えていたのかも知れない。友だちと言うより姉のようで、何をしても許されるなんて、勝手に思い込んでいた。
どれくらいそうしていただろう。半分うとうとしながら考えことをしていたら眠っていたみたいだ。昨日出張先のロンドンから帰ってきたばかりで、さすがにまだ時差ぼけも残っている。
急に辺りが眩しくなって目が覚めると、部屋の中に人の気配がした。
「目は覚めたかい? マイスイートダーリン」
恥ずかしげもなくそう言う男はソファに丸まったままの私の元へやって来る。
「……アル。イタリア人ならイタリア語で言えば?」
のそのそと起き上がると、アルことアルフレードに投げやりに言い放った。
「カホが自分の知らない言葉で喋るなって言ったんでしょ?」
アルは笑いながら腰に腕を回し、寝起きでぼんやりしたままの私の額にキスを一つ落とす。流れるようにする仕草は、さすがイタリア人。いつも手慣れていると感心さえする。
「悪かったわね。どうせ日本語と英語しかできませんよ!」
苛々しながら刺々しく言う私に、アルは彫りの深いその顔を崩している。
「どうしたんだい? マイプリンセス。今日はいつもよりツンツンしているね。まるで茨に囲まれたお姫様のようだ。僕のキスで目覚めるかい? そうすれば今度はデレデレかな。ツンデレとは最高だね」
見た目はブラウンヘアにブラウンアイ。どこをどうみても外国人のアルは流暢な日本語で言う。
まだ来日して三年ほどだが、小さいころから日本のアニメを見て育ち、それで日本語を覚えたらしい。そして、母国語のイタリア語に加え英語も問題なく話すこの男の頭の中身はそれなりに残念だった。
11
お気に入りに追加
275
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
クリスマスに咲くバラ
篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~
安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。
愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。
その幸せが来訪者に寄って壊される。
夫の政志が不倫をしていたのだ。
不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。
里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。
バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は?
表紙は、自作です。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる