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番外編: 煩悩の犬を飼い慣らす

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 どうしよう……

 激しい雨が、叩きつけるように窓をノックする静かなホテルの部屋。僕は窓際の椅子に座り、一人悶々としていた。
 理由は二つ。
 一つ目は、夏帆ちゃんからこの前貰ったがバッグの中から出てきたこと。
 そういえば、どこに置いていいのかわからず、サイドポケットに入れっぱなしにしていたのだ。この存在を思い出したのが家ならこんなに悩ましい思いをしなかっただろう。でも今は……。
 もう一つの理由。
 ちーちゃんが同じ部屋にいて、しかも今お風呂に入っている。想像するだけで、最近読んだ漫画のあれやこれを思い出してしまった。

 いや、そんなことにはならないはずだ。気をしっかり持て

 自分に言い聞かせる。いくらなんでも初恋の人に再会して、一目惚れ状態で好きになってしまったからといって、漫画じゃあるまいしこの展開はない。

 そんなことをしばらく自問自答しながら薄暗い部屋に一人座っていた。

 ランドリーサービスに出した服は戻ってくるまで2時間ほどかかるらしい。今は夕方だけど、帰りは夜になりそうだ。もちろんこの部屋は宿泊の予定で取ったけど、いきなり泊まりませんか? なんていいだせるわけはない。
 服が戻らない限り外にも出られないのだから、ここで過ごすしかない。夕食はルームサービスにするしかないか、とぼんやりと考えていた。

 でも、色々考えたのに、全部吹き飛んでしまった。
 自分がこんな行動をしてしまうなんて、思いもしてなかったのに。

「千春さん、どうして下向いてるんですか?」

 お風呂上がり。着替えがないから当たり前だけど、ホテルに備え付けてあるバスローブ姿で何故か俯いたままちーちゃんはこちらに恐る恐る近づいてきた。

「そのっ。ス、スッピンで。とにかくバッグを……」

 僕の質問に答えながらも、余程顔を見せたくないのか焦り気味で俯いたままだ。

 そういえば母も素顔のまま外には出ない。近所のコンビニに行くときだって化粧をするのだから『女性は大変だ』なんて他人事ながら思っていた。
 確かに大人になったら、特に働いていると化粧するのは嗜み、みたいに言われるらしい。でも、僕は……綺麗なちーちゃんの顔も好きだけど、やっぱり懐かしい顔が見たかった。

「…………その顔が見たいです」

 衝動的に手首を掴むと自分の方に引き寄せる。ヨタヨタとした歩みで僕のそばまで来ると、「はいっ⁈」と驚いている声がした。
 ちーちゃんは反動で上を向き、バチっと目が合う。化粧を落としたちーちゃんの顔は、さっきより幼く見える。その顔に昔の面影を見て、懐かしさの他に、もう一つ。なんとも言えない感情が湧きあがった。

「千春さんは、スッピンでも可愛いです」

 可愛い……。食べてしまいたいくらい……

 こんなことを思うのは初めてだ。自分は草食系と言われる存在だと思っていた。
 なのに、今本能のままにそんなことを考えていた。

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