偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています

玖羽 望月

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5.煩悩の犬は追えども去らず

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 目の前にいるのは、あの冬弥君だとわかっている。どことなく面影はあるから。小さいころから綺麗な切れ長の二重だったし、形の良い高い鼻も変わってない。でもやっぱり子ども。当時は幼さが勝っていて可愛らしいが滲み出ていた。けれど……今はこんなにも私好みのクールなイケメンに育ってしまった。
 間近で見るとやはり心臓に悪い。漂う甘い香りに、花の蜜に吸い寄せられる蝶ようにふらふらと引き寄せられている自分がいた。

 体を起こして冬弥君に近づくと、こちらを見上げている。私はその薄い唇にそっと自分の唇を重ねた。自分から誰かにこんなことをするのは初めてだ。でも今は止まらない。次々と愛しいって感情が湧いてきて、もっともっと欲しくなる。

「ん……っ」

 どちらからともなく甘い吐息が漏れ出す。唇に触れるだけでは飽き足らずその唇の隙間から舌を差し入れながらその首に縋り付く。

「ぁっ、ん、んんっ……」

 激しく求め合うように舌を絡ませて合うと冬弥君は私の背中を撫でながら抱きしめた。

「とう、や……君。す……き……」

 唇が少し離れたほんの束の間にそう言う。

「僕も……。好き……。大……好き……」

 キスを交わしながら冬弥君は性急な手つきで私のブラウスの背中に手を差し込む。熱の上がった体にほんのりと冷えた指が気持ちいい。背中のホックが器用に外されると、今まで隠れていた部分に指が滑る。

「あっ……」

 手のひらで包まれたまま優しくやわやわと動く手が気持ちいい。しばらくすると刺激に反応して尖る場所を指で挟まれピクリと体が揺れた。そのままゆっくりとソファに押し倒され、覆いかぶさられると私はようやく我に返った。

「と、冬弥君、ストップ。これ以上ここでは……」

 自分から仕掛けておいて待てをするなんて酷い言い草だと思うが、走ったから汗もかいている。せめてシャワーを浴びさせてほしい。
 私がストップをかけたからか、冬弥君は、変身が解け狼から子犬に戻っている。そして体を起こすと反省するように項垂れていた。

 すっかりしょげてしまっている冬弥君は、可愛いけど虐めているようで罪悪感が湧く。

「違うの。……私も、その気には……なってるし。ただ、シャワー浴びたいなって」

 まだしょげたままの冬弥君は、何か言いたげに私を見た。

「どうしたの?」

 きっと前みたいに言いたいことがあるのに言い出せないって顔だ。私の問いに、冬弥君は心許ない様子で視線を泳がせたままだった。
 とりあえず先にシャワー浴びて、あとでゆっくり聞こうと私は一旦立ち上がる。

「先にシャワー浴びてくるね。冬弥君はどうする?」

 見下ろすように尋ねると、冬弥君は慌てたように顔を上げ、意を決したように唾を飲み込んでいた。

「ちーちゃん」

 そう言ったかと思うと、ソファを降りて私の前に傅いた。

「へっ?」

 私が驚く間もなく冬弥君は私の右手を取りその甲に口づけてから顔を上げた。

「安千春さん」
「ははは、はいっ!」

 今度は私が挙動不審になる番だ。なんのドラマ? いや、ドラマでも今どきこんなシーンは見かけない。見るのは恋愛ファンタジー漫画の中でだ。しかも相手は、その漫画に出てきてもおかしくないような美形。

「僕と……結婚してください」

 お互い好きだとは言った。でも、そこは冬弥君らしいのかも知れない。交際をすっ飛ばしたプロポーズに驚きながらも笑みが溢れた。

「本当に私でいいの? あとでこんなつもりじゃなかったってならない?」

 知っているようでまだまだお互いのことを知らない。付き合ってみて幻滅……されるかも知れない。

「ちーちゃんは、僕が好きなちーちゃんのまま変わってないよ。……僕のほうこそ……。成長してなくて。頼りないし情けないし。すぐ嫌になるかも知れない……」

 私を見つめたまま不安げに瞳を揺らす冬弥君の頭をそっと撫でる。柔らかな髪の手触りが心地よくて何度も撫でてしまう。

「大丈夫。そんな冬弥君ごと好きだよ。だから、私と結婚してください」

 そう返事をすると、冬弥君は満面の笑みで頷いた。

「ありがとう。ちーちゃん。……あの、もう一つお願いしてもいいかな?」

 冬弥君は立ち上がると私を抱き寄せる。

「一緒に……お風呂、入ろう?」

 耳元で囁かれて、私はまた狼に食べられるのを覚悟した。
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