偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています

玖羽 望月

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5.煩悩の犬は追えども去らず

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『ちーちゃん見つけた!』
『千春、ふゆちゃんが鬼のときいっつも同じところに隠れるんだから!』
『そんなことないよ! 冬弥君が探すの上手なの!』

 遠い遠い昔の記憶。それが今、鮮やかに脳裏に浮かんだ。

「冬……弥、君?」

 滑り台に手を掛けて窮屈そうに体を曲げて倉木さんは私を見下ろしていた。

「ちーちゃん。見つかったんだから出てきて」

 そう言って倉木さんは私に手を差し出した。信じられない気持ちで、おずおずとその手を取る。昔は私のほうが大きかったはずの手の面影はない。
 倉木さんに引っ張られ私は立ち上がると滑り台の横に立つ。私でさえもう下には立てないから。

「……ごめん。ちーちゃん、ずっと黙ってて」

 私のことをちーちゃんと呼ぶ人間は限られている。そして過去に私をそう呼んだ男性はただ一人。

「本当に……冬弥君、なの?」
「うん。倉木は母の旧姓。親が離婚したから」
「そう……なんだ……」

 まだ心の整理ができなくて呆然としたまま答える。そんな私を倉木さん、いや、冬弥君はじっと見つめていた。

「あの。何回謝っても許されることじゃないけど……。この前のこと、本当にごめん。でも、軽い気持ちであんなことしたわけじゃないのはわかって欲しい」

 シュンとしてまた見えない子犬の耳を垂らして冬弥君は言う。同じだ。小さい頃と。可愛くて仕方ないと思っていたその顔と。

「私も……。ごめんなさい。何も言わずに消えちゃって。お見合い自体が身代わりだったのに、あんなことになっちゃって……。どうしたらいいのかわからなかったの」

 握られたままの手が、ギュッと握り締められる。私は何も言わず握り返した。

「お見合い自体、嘘だったんだ。騙しててごめん。でも、幼なじみの冬弥として会ったら、それ以上に見てもらえないんじゃないかって……」

 その通りかも知れない。幼なじみの冬弥君として再会していたら、私はそういう目でしか見なかったかも知れない。

 幼なじみだからこそ、気軽に腕を組んでいた夏帆のように……。

「そう……かも知れない。最初から冬弥君だってわかってたら……。たぶん抱かれることなんてなかった」

 公園のほんのりとした灯りに照らされた冬弥君は、恥ずかしそうに顔を紅くしている。そういうところは小さなころから変わってない。こんなに大人になったのに、きっと内面は……私の大好きだった冬弥君のままだ。

「私、倉木さんが……好き。幼なじみじゃなくて、一人の男性として。だから悩んだの。夏帆の、社長令嬢の代わりでしかないのに、好きになっちゃダメだって」

 もうすっかり見上げるほど高くなったその顔に真っ直ぐ向くと心の内を明かす。
 私は、まだ2回しか会っていない倉木さんに惹かれた。無意識に冬弥君の面影を見ていたのかも知れない。幼なじみの冬弥君も、もちろん好きだけど、なんだか姉のような感覚でいたんだと思う。でも私が好きになったのは倉木さん……大人になった冬弥君だ。

「…………本当に?」

 ポカンと口を開けて驚いたように冬弥君は言う。私はそれにコクリと頷いた。
 凄く照れながらも、ホッとしたような表情を見せると、冬弥君は私をゆっくり腕の中におさめた。またふわりと甘い香りがして、あの夜を思い出してしまう。

「嫌われたんだと……思った。もう二度と会ってもらえないかもって」

 切なく震える冬弥君の声が耳を撫でたかと思うとぎゅうっと抱きしめられる。

「そんなことないよ? 嫌ってなんかないから……」

 見上げると冬弥君と視線がぶつかり合う。フワッと香りが強くなると唇が降ってくる。啄むように唇に何度か触れたあと、名残り惜しそうに離れた。

「僕もちーちゃんが好き。初恋の人……だから。会えて嬉しくて、少しでもよく見られたくて頑張ってみたけどうまくいかなくて。あんなことするのも初めてだったから、その……。下手で幻滅させたんじゃないかって……」

 好きと言われてこんなに嬉しいと思ったのは初めてだ。ふわふわしながらその続きを聞いていると、最後に耳を疑った。

「えっ……? 待って……? あれ、初めてだったの⁈」
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