35 / 60
5.煩悩の犬は追えども去らず
1
しおりを挟む
「ちょっっ! これ、どういうこと⁈」
思わず独り言にしてはどデカい声を上げたのは木曜日の夕方。あと1時間と少しで定時という時間帯だった。
「安さん、どうかしたのかい?」
同じ部屋の中で仕事をする専務が、さすがに目を丸くして私を見た。
「すみません、専務。来週のスケジュールでブッキングが……。常務の、ですが」
私は溜め息とともに答えた。
来週末、我が社はお盆休みに入る。その前に、主要な取引先に役員が手分けして挨拶周りに行くのが毎年恒例の行事。特に常務が担当する会社は多く、社長や専務と共に訪問することもある。
そして私は、来週のスケジュールを確認していて気づいたのだ。来週の常務の予定が、ダブルブッキングどころかトリプルブッキングしていることに。いや、一見するとブッキングしているように見えないのだけど、移動時間が考慮されていなかったのだ。
瞬間移動でもさせるつもり⁈
すぐさま目の前の受話器を持ち上げると、数ヶ月前は自席だった場所へ内線を掛けた。
「小川さん。今すぐ専務室に来てください」
そう告げると『え~今忙しいんですけどぉ~』と間の抜けた、面倒くさそうな声が聞こえてきた。
「つべこべ言わず、すぐに来て」
そう言い放ち受話器を置くとまた溜め息を吐いた。
ただでさえずっとモヤモヤしてるのに、イライラさせないでよ……
自席で頭を抱えて項垂れてしまう。
でも、悪いのは自分だ。モヤモヤするのもイライラするのも、全部自分に対してだ。
この前の土曜日の夜から日曜日の朝にあったことを思い出すと溜め息が出る。けど、背中にさぁっと電流が流れるような感覚も蘇る。顔が熱くなり無意識に手を当てた。
あんなに……悦いなんて聞いてない……
心の中で独りごちる。
もちろん初めての行為ではない。今まで何人かと付き合ってきたし、そういう関係にもなった。けど今までそう熱くなることもなければ我を忘れたこともなかった。
なのに、今回ばかりは違っていたのだ。世界が一変するくらいに。
日曜日早朝。心地よいの良い眠りから覚めた時間は5時台だった。
一瞬ここがどこかわからなかった私は、自分の体に回る逞しい腕を見て我に返った。
そうだ。昨日、したんだ。倉木さんと……
もちろん強要されたわけでも無理矢理だったわけでもない。喰らいつくような視線を向けながらも、強引なところはなく、寧ろ凄く丁寧に愛撫された。私たちはとにかく我を忘れて求めあったのだ。
そして気づけば一晩に3回という記録を作った挙句、意識を失うように眠っていた。
どうしよう……。夏帆になんて言ったらいいの?
人のお見合い相手と寝るなんて、とんでもないことをしでかしたと青ざめた。でももう遅い。やってしまったことは元には戻せないのだから。
背中からの倉木さんの規則的な寝息を聞きながら、そっとベッドから抜け出す。振り返りベッドを見下ろすと、満足そうに笑みを浮かべた可愛らしい寝顔があった。その髪を撫でようとして、思わず手を引っ込めた。
これ以上深みにハマってどうするのよ!
自分を戒め足音を立てないように下着を拾うと隣の部屋へ移動する。昨日ランドリーサービスに出していた服はちゃんとテーブルの上に置いてあった。倉木さんが受け取ってくれたのだろう。
本当ならシャワーを浴びたいところだったけど、どうしても倉木さんと顔を合わせたくなかった。
私はそそくさと着替えると、化粧もせず、髪も手櫛で整えただけで部屋から飛び出した。
スマホにメッセージが入り始めたのは最寄りの駅に着いた頃だった。
『千春さん、今どこにいらっしゃいますか?』
それに既読を付けず通知だけで確認する。返事なんてする勇気もでない。
『本当にすみませんでした。謝ります』
謝って欲しくなんかない。謝るのは私のほうだ。社長令嬢だって騙したまま関係を持つなんて。
胸が痛くなって、スマホの電源を落とすと電車に飛び乗った。
家に帰ると、さすがに日曜の朝。まだ両親は起きていなかった。静かに自分の部屋に戻り溜め息と共に座り込んだ。
思わず独り言にしてはどデカい声を上げたのは木曜日の夕方。あと1時間と少しで定時という時間帯だった。
「安さん、どうかしたのかい?」
同じ部屋の中で仕事をする専務が、さすがに目を丸くして私を見た。
「すみません、専務。来週のスケジュールでブッキングが……。常務の、ですが」
私は溜め息とともに答えた。
来週末、我が社はお盆休みに入る。その前に、主要な取引先に役員が手分けして挨拶周りに行くのが毎年恒例の行事。特に常務が担当する会社は多く、社長や専務と共に訪問することもある。
そして私は、来週のスケジュールを確認していて気づいたのだ。来週の常務の予定が、ダブルブッキングどころかトリプルブッキングしていることに。いや、一見するとブッキングしているように見えないのだけど、移動時間が考慮されていなかったのだ。
瞬間移動でもさせるつもり⁈
すぐさま目の前の受話器を持ち上げると、数ヶ月前は自席だった場所へ内線を掛けた。
「小川さん。今すぐ専務室に来てください」
そう告げると『え~今忙しいんですけどぉ~』と間の抜けた、面倒くさそうな声が聞こえてきた。
「つべこべ言わず、すぐに来て」
そう言い放ち受話器を置くとまた溜め息を吐いた。
ただでさえずっとモヤモヤしてるのに、イライラさせないでよ……
自席で頭を抱えて項垂れてしまう。
でも、悪いのは自分だ。モヤモヤするのもイライラするのも、全部自分に対してだ。
この前の土曜日の夜から日曜日の朝にあったことを思い出すと溜め息が出る。けど、背中にさぁっと電流が流れるような感覚も蘇る。顔が熱くなり無意識に手を当てた。
あんなに……悦いなんて聞いてない……
心の中で独りごちる。
もちろん初めての行為ではない。今まで何人かと付き合ってきたし、そういう関係にもなった。けど今までそう熱くなることもなければ我を忘れたこともなかった。
なのに、今回ばかりは違っていたのだ。世界が一変するくらいに。
日曜日早朝。心地よいの良い眠りから覚めた時間は5時台だった。
一瞬ここがどこかわからなかった私は、自分の体に回る逞しい腕を見て我に返った。
そうだ。昨日、したんだ。倉木さんと……
もちろん強要されたわけでも無理矢理だったわけでもない。喰らいつくような視線を向けながらも、強引なところはなく、寧ろ凄く丁寧に愛撫された。私たちはとにかく我を忘れて求めあったのだ。
そして気づけば一晩に3回という記録を作った挙句、意識を失うように眠っていた。
どうしよう……。夏帆になんて言ったらいいの?
人のお見合い相手と寝るなんて、とんでもないことをしでかしたと青ざめた。でももう遅い。やってしまったことは元には戻せないのだから。
背中からの倉木さんの規則的な寝息を聞きながら、そっとベッドから抜け出す。振り返りベッドを見下ろすと、満足そうに笑みを浮かべた可愛らしい寝顔があった。その髪を撫でようとして、思わず手を引っ込めた。
これ以上深みにハマってどうするのよ!
自分を戒め足音を立てないように下着を拾うと隣の部屋へ移動する。昨日ランドリーサービスに出していた服はちゃんとテーブルの上に置いてあった。倉木さんが受け取ってくれたのだろう。
本当ならシャワーを浴びたいところだったけど、どうしても倉木さんと顔を合わせたくなかった。
私はそそくさと着替えると、化粧もせず、髪も手櫛で整えただけで部屋から飛び出した。
スマホにメッセージが入り始めたのは最寄りの駅に着いた頃だった。
『千春さん、今どこにいらっしゃいますか?』
それに既読を付けず通知だけで確認する。返事なんてする勇気もでない。
『本当にすみませんでした。謝ります』
謝って欲しくなんかない。謝るのは私のほうだ。社長令嬢だって騙したまま関係を持つなんて。
胸が痛くなって、スマホの電源を落とすと電車に飛び乗った。
家に帰ると、さすがに日曜の朝。まだ両親は起きていなかった。静かに自分の部屋に戻り溜め息と共に座り込んだ。
11
お気に入りに追加
275
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
クリスマスに咲くバラ
篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~
安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。
愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。
その幸せが来訪者に寄って壊される。
夫の政志が不倫をしていたのだ。
不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。
里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。
バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は?
表紙は、自作です。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる