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4.お見合い話は突然に(side倉木)
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「大丈夫です! 私、そう言えば日傘持ってます」
そう言ってちーちゃんは日傘を差し出した。
結局また、ちーちゃんにフォローされてしまった。自分が小学生のころから何も変わっていないことに酷く落ち込んでしまう。忘れ物をして貸してもらったり、言いたいことが言えずモジモジする僕の代わりに先生に伝えてもらったり。ちーちゃんの前ではカッコつけたいのに、全然様にならない自分が嫌になる。
それに、やっと触れられた手も離れてしまった。それが凄く寂しかった。
落ち込む僕の前で、ちーちゃんは日傘を開くと差し出してくれた。一生懸命に腕を上げて。
腕を伸ばせば、すぐ抱きしめてしまえるほどの至近距離。ちーちゃんから、ふわりと香る匂いに今まで感じことのない、ゾクリと何かが這い上がる感覚を覚えた。
もっと……もっと、近づきたい。ちーちゃんに触れたい
そして思い出した。そういえば、読んだ漫画にもこんなシーンがあった。庭を散歩する令嬢が恋人の騎士に傘を差し出すシーンが。
それを頭の中にイメージして真似てみる。傘を受け取りちーちゃんの背中に回ると、その背中にそっと腕を回した。
こんなに華奢だったのかと思うほど小さな背中。視線を落とすと、緩く纏められた髪の向こうに白いうなじが見える。
全部小さい頃後ろから見ていたのに、胸の奥に浮かんでくる感情は全く違うものだ。時々香るのは、懐かしい花のようなちーちゃんの甘い匂い。
自分が自分でなくなってしまったような、その不埒な感情を振り払うように歩いた。
それが過ちの第一歩だったなんて、そのときの僕は思いもせずに。
――そして僕は、大きな過ちを犯した。
こんなにも、自分がしでかしたことを後悔したことなどない。それくらいのことを自分はしたのだと、反省という言葉じゃ足りないくらい猛反省していた。
食べ物も喉を通らず、うまく眠ることもできない。けれど仕事は待ってくれず、意識が遠のきそうなのを堪えながらやり過ごした。
ようやく迎えた金曜日の夜。
今日は午後から休みを取った。いや、社長命令で取らされた。『家に帰って寝なさい』と言われたけど、『どうしても会わなきゃいけない人がいるから』と家を出た。
「こっちこっち!」
夏帆ちゃんの地元、つまり僕が昔住んでいた近所に昔からある居酒屋。その一番奥まった、デッドスペースに無理矢理作ったような二人掛けのテーブルに近づいた僕に夏帆ちゃんは手を振った。
夏帆ちゃんは昨日の早朝便で帰国した。そしてすぐに連絡をくれたのだ。僕からのメッセージを見て。そして今日会う約束をしたのだ。
「うわっ! 想像以上に酷い顔」
夏帆ちゃんは僕の顔を見るなりそう言って引いているようだ。自分でも思う。鏡に映った自分の顔を見てギョッとしたくらいだから。目の下にあるのは酷いクマ。明らかに悪い顔色。誰がどうみても普通じゃない。
力なく夏帆ちゃんの前に座ると、さすがに心配そうな表情を向けられた。
「何食べる? あんま食べてないんでしょ。お茶漬けとかおにぎりとかお腹に溜まりそうなもの食べなよ」
そう言ってメニュー表を差し出され「ありがとう……」と受け取る。食べ切る自信はなかったけど、夏帆ちゃんの手前、シャケ茶漬けとウーロン茶を注文した。
「夏帆ちゃん。ちーちゃんから……なんか聞いてる?」
顔を上げる元気もなく俯いたまま尋ねる。
「詳しくは全く。千春さ、後輩が色々やらかしたとかで昨日も今日も残業なんだよね」
「そっか……」
ということは夏帆ちゃんが知っているのは、僕が送った『ちーちゃんに嫌われた』という情け無いメッセージだけってことか……と、また大きく溜め息を吐いていた。
そう言ってちーちゃんは日傘を差し出した。
結局また、ちーちゃんにフォローされてしまった。自分が小学生のころから何も変わっていないことに酷く落ち込んでしまう。忘れ物をして貸してもらったり、言いたいことが言えずモジモジする僕の代わりに先生に伝えてもらったり。ちーちゃんの前ではカッコつけたいのに、全然様にならない自分が嫌になる。
それに、やっと触れられた手も離れてしまった。それが凄く寂しかった。
落ち込む僕の前で、ちーちゃんは日傘を開くと差し出してくれた。一生懸命に腕を上げて。
腕を伸ばせば、すぐ抱きしめてしまえるほどの至近距離。ちーちゃんから、ふわりと香る匂いに今まで感じことのない、ゾクリと何かが這い上がる感覚を覚えた。
もっと……もっと、近づきたい。ちーちゃんに触れたい
そして思い出した。そういえば、読んだ漫画にもこんなシーンがあった。庭を散歩する令嬢が恋人の騎士に傘を差し出すシーンが。
それを頭の中にイメージして真似てみる。傘を受け取りちーちゃんの背中に回ると、その背中にそっと腕を回した。
こんなに華奢だったのかと思うほど小さな背中。視線を落とすと、緩く纏められた髪の向こうに白いうなじが見える。
全部小さい頃後ろから見ていたのに、胸の奥に浮かんでくる感情は全く違うものだ。時々香るのは、懐かしい花のようなちーちゃんの甘い匂い。
自分が自分でなくなってしまったような、その不埒な感情を振り払うように歩いた。
それが過ちの第一歩だったなんて、そのときの僕は思いもせずに。
――そして僕は、大きな過ちを犯した。
こんなにも、自分がしでかしたことを後悔したことなどない。それくらいのことを自分はしたのだと、反省という言葉じゃ足りないくらい猛反省していた。
食べ物も喉を通らず、うまく眠ることもできない。けれど仕事は待ってくれず、意識が遠のきそうなのを堪えながらやり過ごした。
ようやく迎えた金曜日の夜。
今日は午後から休みを取った。いや、社長命令で取らされた。『家に帰って寝なさい』と言われたけど、『どうしても会わなきゃいけない人がいるから』と家を出た。
「こっちこっち!」
夏帆ちゃんの地元、つまり僕が昔住んでいた近所に昔からある居酒屋。その一番奥まった、デッドスペースに無理矢理作ったような二人掛けのテーブルに近づいた僕に夏帆ちゃんは手を振った。
夏帆ちゃんは昨日の早朝便で帰国した。そしてすぐに連絡をくれたのだ。僕からのメッセージを見て。そして今日会う約束をしたのだ。
「うわっ! 想像以上に酷い顔」
夏帆ちゃんは僕の顔を見るなりそう言って引いているようだ。自分でも思う。鏡に映った自分の顔を見てギョッとしたくらいだから。目の下にあるのは酷いクマ。明らかに悪い顔色。誰がどうみても普通じゃない。
力なく夏帆ちゃんの前に座ると、さすがに心配そうな表情を向けられた。
「何食べる? あんま食べてないんでしょ。お茶漬けとかおにぎりとかお腹に溜まりそうなもの食べなよ」
そう言ってメニュー表を差し出され「ありがとう……」と受け取る。食べ切る自信はなかったけど、夏帆ちゃんの手前、シャケ茶漬けとウーロン茶を注文した。
「夏帆ちゃん。ちーちゃんから……なんか聞いてる?」
顔を上げる元気もなく俯いたまま尋ねる。
「詳しくは全く。千春さ、後輩が色々やらかしたとかで昨日も今日も残業なんだよね」
「そっか……」
ということは夏帆ちゃんが知っているのは、僕が送った『ちーちゃんに嫌われた』という情け無いメッセージだけってことか……と、また大きく溜め息を吐いていた。
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✧エブリスタ様にて先行初公開23.1.9✧
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