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4.お見合い話は突然に(side倉木)
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梅雨が明けた最初の土曜日。
今日はかなり気温が上がるとテレビのアナウンサーが言う声を聞きながら家を出た。
早めに出て昔住んでいた場所の最寄駅に向かう。久しぶりに来たから懐かしい。今となっては自分の記憶と違っている部分のほうが多かったけど。
途中、ワールドワイドなコーヒーチェーン店に寄り、ちーちゃん用のシトラスティーと自分用のコールドブリューをテイクアウトして駅前に急ぐ。
時間はまだ過ぎていない。でもちーちゃんが変わっていなければ、きっと……。
ロータリーを回るとすぐにその姿を見つけ、すぐさま車から降りた。
「千春さん! お待たせしてしまいましたか?」
ちーちゃんは子どもの頃も時間には正確だった。自分の知る限り学校に遅刻などしたこともないし、遊ぶ約束をしても一番早く着いていたのはちーちゃんだ。
「い、いえ。私もついさっき着いたばかりです」
眩しいくらいの笑顔で返されるが、その額にはじんわりと汗が滲んでいる気がする。思わず『そんなことないですよね』と言いかけて口を噤んだ。きっとスパダリと呼ばれる人たちはそんなことをツッコんだりしないはずだ。
ちーちゃんに車に乗るように促す。当たり前だけど、母しか乗せたことのない場所にちーちゃんは乗る。
この密室空間に至近距離で二人きり。そう考えると急に車内の気温が上がったように感じる。
取り繕うように飲み物を勧めると、ちーちゃんは僕に笑顔を向けてくれた。
かわ……いい……
口に出してしまいそうになり、僕は頰を染めながら慌てて顔を逸らした。
車が走り出すとちーちゃんは紅茶に口を付け「美味しいです」とこちらを向く。すぐ手を伸ばせば届く距離。ちーちゃんがそこにいるんだと思うだけで顔が熱くなる。
けれどそのあと少しの間を置いて聞こえてきた言葉に凍りついた。
「倉木さんって……氷の貴公子って感じじゃないですよね」
じゃない、と言われたことに気づかず、その有難くない二つ名を知られたくなかった気持ちが先行する。
「……。誰に聞いたんですか?」
つい不満げに言ってしまってから、一人しかいないじゃないかと我に返った。
夏帆ちゃん……。面白がって変なこと吹き込まないでよ……
落ち込む僕にちーちゃんは焦ったように「お父さんです」と言う。それに僕は、運動会のPTAリレーで颯爽と走るちーちゃんのお父さんを思い出した。と言っても、ちーちゃんの言うお父さんは本当にお父さんではないけど。
ちーちゃんを騙しっぱなしなのがつらい……
夏帆ちゃんと僕に騙されているとも知らず、ちーちゃんは一生懸命僕に気を使ってくれている。それにとてつもなく罪悪感を感じてしまう。
自分のせいで微妙な空気が流れてしまった。自分が口下手すぎて会話の糸口も掴めない。それを察したのか、ちーちゃんから話題を提供してくれた。
途中話題が途切れることはあったけど、目的地に着く頃にはなんとなく打ち解けた空気になりホッとしながら店へ案内した。
ランチは地元のイタリアンレストラン。オーナーシェフ健二さんは母の幼なじみで、僕のことをよく知る人だ。
ちーちゃんは本当に『美味しいです』とニコニコしながら食べてくれていた。その顔をずっと眺めていた僕はたぶん、ものすごく鼻の下を伸ばしているんだろうなと思うしかなかった。
今日はかなり気温が上がるとテレビのアナウンサーが言う声を聞きながら家を出た。
早めに出て昔住んでいた場所の最寄駅に向かう。久しぶりに来たから懐かしい。今となっては自分の記憶と違っている部分のほうが多かったけど。
途中、ワールドワイドなコーヒーチェーン店に寄り、ちーちゃん用のシトラスティーと自分用のコールドブリューをテイクアウトして駅前に急ぐ。
時間はまだ過ぎていない。でもちーちゃんが変わっていなければ、きっと……。
ロータリーを回るとすぐにその姿を見つけ、すぐさま車から降りた。
「千春さん! お待たせしてしまいましたか?」
ちーちゃんは子どもの頃も時間には正確だった。自分の知る限り学校に遅刻などしたこともないし、遊ぶ約束をしても一番早く着いていたのはちーちゃんだ。
「い、いえ。私もついさっき着いたばかりです」
眩しいくらいの笑顔で返されるが、その額にはじんわりと汗が滲んでいる気がする。思わず『そんなことないですよね』と言いかけて口を噤んだ。きっとスパダリと呼ばれる人たちはそんなことをツッコんだりしないはずだ。
ちーちゃんに車に乗るように促す。当たり前だけど、母しか乗せたことのない場所にちーちゃんは乗る。
この密室空間に至近距離で二人きり。そう考えると急に車内の気温が上がったように感じる。
取り繕うように飲み物を勧めると、ちーちゃんは僕に笑顔を向けてくれた。
かわ……いい……
口に出してしまいそうになり、僕は頰を染めながら慌てて顔を逸らした。
車が走り出すとちーちゃんは紅茶に口を付け「美味しいです」とこちらを向く。すぐ手を伸ばせば届く距離。ちーちゃんがそこにいるんだと思うだけで顔が熱くなる。
けれどそのあと少しの間を置いて聞こえてきた言葉に凍りついた。
「倉木さんって……氷の貴公子って感じじゃないですよね」
じゃない、と言われたことに気づかず、その有難くない二つ名を知られたくなかった気持ちが先行する。
「……。誰に聞いたんですか?」
つい不満げに言ってしまってから、一人しかいないじゃないかと我に返った。
夏帆ちゃん……。面白がって変なこと吹き込まないでよ……
落ち込む僕にちーちゃんは焦ったように「お父さんです」と言う。それに僕は、運動会のPTAリレーで颯爽と走るちーちゃんのお父さんを思い出した。と言っても、ちーちゃんの言うお父さんは本当にお父さんではないけど。
ちーちゃんを騙しっぱなしなのがつらい……
夏帆ちゃんと僕に騙されているとも知らず、ちーちゃんは一生懸命僕に気を使ってくれている。それにとてつもなく罪悪感を感じてしまう。
自分のせいで微妙な空気が流れてしまった。自分が口下手すぎて会話の糸口も掴めない。それを察したのか、ちーちゃんから話題を提供してくれた。
途中話題が途切れることはあったけど、目的地に着く頃にはなんとなく打ち解けた空気になりホッとしながら店へ案内した。
ランチは地元のイタリアンレストラン。オーナーシェフ健二さんは母の幼なじみで、僕のことをよく知る人だ。
ちーちゃんは本当に『美味しいです』とニコニコしながら食べてくれていた。その顔をずっと眺めていた僕はたぶん、ものすごく鼻の下を伸ばしているんだろうなと思うしかなかった。
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