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4.お見合い話は突然に(side倉木)
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突然降って湧いたようにその話は飛び出した。
とある平和な日曜の昼間。いつものように昼食を作り終えると、時間を見計らったように大あくびをしながら母がリビングに現れた。
「おはよ~。お。うどん。助かるわぁ、昨日飲み過ぎちゃって」
まだパジャマ姿の母はそう言って席に着く。だらしなく見えるが、これは家での姿。世の中ではやり手女社長で通っている。傾きかけた稼業を立て直したどころか、今じゃそれなりの年商に成長させたのは母だ。僕はその会社で、常務という名の召使いとしてこき使われている。
「あ、そうだ。忘れないうちに言っとく」
うどんをしばらく啜ったかと思うと突然母は顔を上げた。椅子は2脚だけのそう大きくないダイニングテーブルの向かい側で。
この家に越してきてからずっとそうだった。両親は自分が小学生の頃離婚した。突然実家の家業を継ぐことになった母と、それを受け入れられなかった父の間で折り合いがつかなかったらしい。
そのとき僕は世界の終わりなのかと思うほど泣いた。両親が別れることより、転校しなくてはならなかったことに。後にも先にもあんなに泣いたことは無い。
「何を?」
昔のことを思い出しながら返すと母は笑顔を見せた。それに嫌な予感しかしない。
「お見合い。することになったから!」
「……よかったね。いい人だったら再婚しなよ」
うどんを口に運びながら聞き、興味なさげに返す。
「何言ってるのよ。違うわよ!」
勢いよく否定され、うどんを持ち上げたまま無言で顔を上げる。と母は言った。
「あなたがするのよ! 冬弥!」
それからほんの数日後の金曜日の夜。僕は久しぶりに都内に来ていた。地元からそう離れているわけではないが、普段は仕事も忙しく出かける暇もない。
休日は母の代わりに家事をしている。あとはジムに行ったり読書に勤しんだりしているとすぐに休みは終わってしまう。
別にこんな生活でいいと思っているし、彼女を作ろうとも思わない。
誰かと付き合ったところで、結局自分の性格からいって上手くいった試しなどない。いくら体つきが良くなろうが、性格はなかなか変えられないでいたから。
「本当に……ここ?」
指定された店の前で戸惑う。少し高級そうではあるが、そこはどう見ても居酒屋、だった。
店に入り名前を告げると奥に案内される。一応個室らしいが、あちこちから酒の力を借りた大きな声が聞こえてきた。
「お連れ様がご来店されました」
引き戸を開けスタッフが中に声を掛ける。僕はその人に促されその小さな部屋に入った。
「お待たせしてすみません」
約束の時間は5分ほど過ぎている。謝りながらそこに座る人の顔を見た。
「よっ! 久しぶり!」
その人は咥えていた電子タバコを口から離すと、明るい調子で手を振り上げた。とても十数年ぶりに会ったとは思えない軽さだ。
「えっと……。本当に、夏帆ちゃん、なんだよね?」
思わず確認すると、彼女は笑った。
「そうだよ。ふゆちゃん?」
僕のことをそう呼ぶのは夏帆ちゃんだけだ。急に懐かしさが込み上げ泣きそうになった。
とある平和な日曜の昼間。いつものように昼食を作り終えると、時間を見計らったように大あくびをしながら母がリビングに現れた。
「おはよ~。お。うどん。助かるわぁ、昨日飲み過ぎちゃって」
まだパジャマ姿の母はそう言って席に着く。だらしなく見えるが、これは家での姿。世の中ではやり手女社長で通っている。傾きかけた稼業を立て直したどころか、今じゃそれなりの年商に成長させたのは母だ。僕はその会社で、常務という名の召使いとしてこき使われている。
「あ、そうだ。忘れないうちに言っとく」
うどんをしばらく啜ったかと思うと突然母は顔を上げた。椅子は2脚だけのそう大きくないダイニングテーブルの向かい側で。
この家に越してきてからずっとそうだった。両親は自分が小学生の頃離婚した。突然実家の家業を継ぐことになった母と、それを受け入れられなかった父の間で折り合いがつかなかったらしい。
そのとき僕は世界の終わりなのかと思うほど泣いた。両親が別れることより、転校しなくてはならなかったことに。後にも先にもあんなに泣いたことは無い。
「何を?」
昔のことを思い出しながら返すと母は笑顔を見せた。それに嫌な予感しかしない。
「お見合い。することになったから!」
「……よかったね。いい人だったら再婚しなよ」
うどんを口に運びながら聞き、興味なさげに返す。
「何言ってるのよ。違うわよ!」
勢いよく否定され、うどんを持ち上げたまま無言で顔を上げる。と母は言った。
「あなたがするのよ! 冬弥!」
それからほんの数日後の金曜日の夜。僕は久しぶりに都内に来ていた。地元からそう離れているわけではないが、普段は仕事も忙しく出かける暇もない。
休日は母の代わりに家事をしている。あとはジムに行ったり読書に勤しんだりしているとすぐに休みは終わってしまう。
別にこんな生活でいいと思っているし、彼女を作ろうとも思わない。
誰かと付き合ったところで、結局自分の性格からいって上手くいった試しなどない。いくら体つきが良くなろうが、性格はなかなか変えられないでいたから。
「本当に……ここ?」
指定された店の前で戸惑う。少し高級そうではあるが、そこはどう見ても居酒屋、だった。
店に入り名前を告げると奥に案内される。一応個室らしいが、あちこちから酒の力を借りた大きな声が聞こえてきた。
「お連れ様がご来店されました」
引き戸を開けスタッフが中に声を掛ける。僕はその人に促されその小さな部屋に入った。
「お待たせしてすみません」
約束の時間は5分ほど過ぎている。謝りながらそこに座る人の顔を見た。
「よっ! 久しぶり!」
その人は咥えていた電子タバコを口から離すと、明るい調子で手を振り上げた。とても十数年ぶりに会ったとは思えない軽さだ。
「えっと……。本当に、夏帆ちゃん、なんだよね?」
思わず確認すると、彼女は笑った。
「そうだよ。ふゆちゃん?」
僕のことをそう呼ぶのは夏帆ちゃんだけだ。急に懐かしさが込み上げ泣きそうになった。
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