偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています

玖羽 望月

文字の大きさ
上 下
25 / 60
4.お見合い話は突然に(side倉木)

1

しおりを挟む
 突然降って湧いたようにその話は飛び出した。

 とある平和な日曜の昼間。いつものように昼食を作り終えると、時間を見計らったように大あくびをしながら母がリビングに現れた。

「おはよ~。お。うどん。助かるわぁ、昨日飲み過ぎちゃって」

 まだパジャマ姿の母はそう言って席に着く。だらしなく見えるが、これは家での姿。世の中ではやり手女社長で通っている。傾きかけた稼業を立て直したどころか、今じゃそれなりの年商に成長させたのは母だ。僕はその会社で、常務という名の召使いとしてこき使われている。

「あ、そうだ。忘れないうちに言っとく」

 うどんをしばらく啜ったかと思うと突然母は顔を上げた。椅子は2脚だけのそう大きくないダイニングテーブルの向かい側で。
 この家に越してきてからずっとそうだった。両親は自分が小学生の頃離婚した。突然実家の家業を継ぐことになった母と、それを受け入れられなかった父の間で折り合いがつかなかったらしい。
 そのとき僕は世界の終わりなのかと思うほど泣いた。両親が別れることより、転校しなくてはならなかったことに。後にも先にもあんなに泣いたことは無い。

「何を?」

 昔のことを思い出しながら返すと母は笑顔を見せた。それに嫌な予感しかしない。

「お見合い。することになったから!」
「……よかったね。いい人だったら再婚しなよ」

 うどんを口に運びながら聞き、興味なさげに返す。

「何言ってるのよ。違うわよ!」

 勢いよく否定され、うどんを持ち上げたまま無言で顔を上げる。と母は言った。

「あなたがするのよ! 冬弥とうや!」

 それからほんの数日後の金曜日の夜。僕は久しぶりに都内に来ていた。地元からそう離れているわけではないが、普段は仕事も忙しく出かける暇もない。
 休日は母の代わりに家事をしている。あとはジムに行ったり読書に勤しんだりしているとすぐに休みは終わってしまう。
 別にこんな生活でいいと思っているし、彼女を作ろうとも思わない。
 誰かと付き合ったところで、結局自分の性格からいって上手くいった試しなどない。いくら体つきが良くなろうが、性格はなかなか変えられないでいたから。

「本当に……ここ?」

 指定された店の前で戸惑う。少し高級そうではあるが、そこはどう見ても居酒屋、だった。
 店に入り名前を告げると奥に案内される。一応個室らしいが、あちこちから酒の力を借りた大きな声が聞こえてきた。

「お連れ様がご来店されました」

 引き戸を開けスタッフが中に声を掛ける。僕はその人に促されその小さな部屋に入った。

「お待たせしてすみません」

 約束の時間は5分ほど過ぎている。謝りながらそこに座る人の顔を見た。

「よっ! 久しぶり!」

 その人は咥えていた電子タバコを口から離すと、明るい調子で手を振り上げた。とても十数年ぶりに会ったとは思えない軽さだ。

「えっと……。本当に、夏帆ちゃん、なんだよね?」

 思わず確認すると、彼女は笑った。

「そうだよ。ふゆちゃん?」

 僕のことをそう呼ぶのは夏帆ちゃんだけだ。急に懐かしさが込み上げ泣きそうになった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

処理中です...