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3.その子犬は突然に
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ホテルを出て、大きな道路を渡りすぐの場所。歩いて10分掛かるか掛からないかくらいの距離だった。
「わぁっ! 潮風が気持ちいいですね!」
吹き付ける強めの風は背中側から耳元をびゅうびゅうと吹き抜けている。雲は車の中から見たときより多くなっていて、白い雲が数多く海に向かって流れていた。風があるぶん体感温度が下がるのか、暑さも幾分かマシに思えた。
「いつもより風が強い気がします。大丈夫ですか?」
倉木さんはさりげなく私の後ろに風避けのように立った。そのおかげで乱れまくった髪の毛が少し落ち着きを取り戻す。その髪を押さえながら、体を捩り後ろに立つ倉木さんを見上げた。
「はい。大丈夫です。……素敵なところですね。よく来られるんですか?」
また目が合うと、はにかんだ様子で視線をそらされてしまう。もうこの可愛い照れ顔にもなんだか慣れてきた。いったい何を考えてるのか気になるところではあるけれど。
倉木さんは水平線を眺めるように前を向く。私も同じように海側に体勢を戻した。
「そんなにしょっちゅうというわけではないんですが。秋からは夕日が綺麗で。たまに見に来てます」
「あ~……。いいですねぇ。海と夕日。そういえば写真くらいでしか見たことないです」
「……じゃあ。秋になったら、また一緒に見に来ませんか?」
耳の後ろから聞こえる、少し弾むような期待に満ちた声。それを聞きながら、私は身を固くした。
……まずい。非常にまずい。
夏は始まったばかり。なのに、もう会うことのない人と先の約束などできるわけない。
このタイミングで断らねば! と私はクルリと倉木さんに向いた。と言っても顔は見れず、俯き加減に。
「倉木さん。お話しがあります」
そう切り出すと、「お話し、ですか?」と訝しげな声が聞こえた。
「はい」
と言ったと同時に自分の頰にポツリと水滴が当たった。
まさか泣いてる⁈
あり得そうで恐る恐る顔を上げる。そこには、不安そうではあるけど泣いてはいない倉木さんの綺麗な顔。そして、その背景は……。
「え。あ、あれ!」
指を差そうと思ったけど遅かった。ポツリポツリと落ちてきた水滴は、次の瞬間、バケツをひっくり返したような雨に変わっていた。
「嘘っ!!」
青空の似合いそうな倉木さんの背後に真っ黒な雨雲が迫っていた。まさにゲリラ的な土砂降りに、慌てて持っていたバッグを抱える。
「千春さん。ホテルに戻りましょう!」
さすがに倉木さんも慌てている。海岸のあちこちから豪雨に打たれている人々の悲鳴が上がっていた。
倉木さんはすぐさま上着を脱ぐとそれを私の頭から掛けてくれる。
「さぁ、早く」
倉木さんが濡れます、と言う間もなく背中に回った腕に促される。躊躇している暇はない。私は頷くと早足で続いた。
行きは短く感じた信号待ちも、こういうときはとてもなく長く感じる。
ホテルのエントランスを潜り抜けたころには、二人とも頭から水が滴り落ちていた。
「わぁっ! 潮風が気持ちいいですね!」
吹き付ける強めの風は背中側から耳元をびゅうびゅうと吹き抜けている。雲は車の中から見たときより多くなっていて、白い雲が数多く海に向かって流れていた。風があるぶん体感温度が下がるのか、暑さも幾分かマシに思えた。
「いつもより風が強い気がします。大丈夫ですか?」
倉木さんはさりげなく私の後ろに風避けのように立った。そのおかげで乱れまくった髪の毛が少し落ち着きを取り戻す。その髪を押さえながら、体を捩り後ろに立つ倉木さんを見上げた。
「はい。大丈夫です。……素敵なところですね。よく来られるんですか?」
また目が合うと、はにかんだ様子で視線をそらされてしまう。もうこの可愛い照れ顔にもなんだか慣れてきた。いったい何を考えてるのか気になるところではあるけれど。
倉木さんは水平線を眺めるように前を向く。私も同じように海側に体勢を戻した。
「そんなにしょっちゅうというわけではないんですが。秋からは夕日が綺麗で。たまに見に来てます」
「あ~……。いいですねぇ。海と夕日。そういえば写真くらいでしか見たことないです」
「……じゃあ。秋になったら、また一緒に見に来ませんか?」
耳の後ろから聞こえる、少し弾むような期待に満ちた声。それを聞きながら、私は身を固くした。
……まずい。非常にまずい。
夏は始まったばかり。なのに、もう会うことのない人と先の約束などできるわけない。
このタイミングで断らねば! と私はクルリと倉木さんに向いた。と言っても顔は見れず、俯き加減に。
「倉木さん。お話しがあります」
そう切り出すと、「お話し、ですか?」と訝しげな声が聞こえた。
「はい」
と言ったと同時に自分の頰にポツリと水滴が当たった。
まさか泣いてる⁈
あり得そうで恐る恐る顔を上げる。そこには、不安そうではあるけど泣いてはいない倉木さんの綺麗な顔。そして、その背景は……。
「え。あ、あれ!」
指を差そうと思ったけど遅かった。ポツリポツリと落ちてきた水滴は、次の瞬間、バケツをひっくり返したような雨に変わっていた。
「嘘っ!!」
青空の似合いそうな倉木さんの背後に真っ黒な雨雲が迫っていた。まさにゲリラ的な土砂降りに、慌てて持っていたバッグを抱える。
「千春さん。ホテルに戻りましょう!」
さすがに倉木さんも慌てている。海岸のあちこちから豪雨に打たれている人々の悲鳴が上がっていた。
倉木さんはすぐさま上着を脱ぐとそれを私の頭から掛けてくれる。
「さぁ、早く」
倉木さんが濡れます、と言う間もなく背中に回った腕に促される。躊躇している暇はない。私は頷くと早足で続いた。
行きは短く感じた信号待ちも、こういうときはとてもなく長く感じる。
ホテルのエントランスを潜り抜けたころには、二人とも頭から水が滴り落ちていた。
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