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3.その子犬は突然に
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計算していない行動ほど、たちが悪いことはない。なにごともなかったようにハンドルを握る倉木さんを盗み見て思う。
さっき、思い切り匂いを嗅がれてしまった。犬同士の挨拶なのかというくらい。絶対悲惨な匂いだろうに、倉木さんは顔を離したあと嬉しそうに「千春さんはいい匂いですよ」なんて言っていた。
そういう性癖の持ち主なの?
人は見た目通りかといえば、もちろんそうでない人もいる。今までそんな人にもお目にかかったことはある。が、匂いフェチは初めてだ。と言いながら、自分もそれとなく倉木さんから漂うなんとも言えない香りを嗅いでしまった。匂いじゃない。香りだ。
「コロンとか……つけられてますか? 倉木さんからいい香りがします」
私はそのとき尋ねた。けれど倉木さんは不思議そうな顔で「いえ? 特に」と答えていた。
イケメンは汗の匂いさえもイケているのか。そんなバカげたことを考えながら「そっ、そうですか」と顔を引き攣らせていた。
なんか……懐かしい香り、なんだよなぁ……
走る車の中から窓の外をぼんやり眺め思う。
なんだろう? うーん……
薔薇、ではない。華やかな香りではなくて、もっと素朴な……。と思案を巡らせているとふと一つイメージが浮かんだ。
小さい頃よく遊んだ公園。すべり台の近くには色とりどりの花が咲いていた。名前も知らないような花たち。種類もたくさんあったから全部が混ざって複雑な香りになっていた。なんとなく、それを思い出した。
「千春さん? 眠いですか?」
窓に凭れて顔を外に向けていたからかそう尋ねられた。あまりのダラけように慌てて体を起こす。
「ちょっと考えごとをしてただけで。大丈夫です」
「そうですか。もうすぐ着きますよ」
そう言われて前を見ると、いつのまにか大きな海がそこに広がっていた。青い空と繋がったような青い海。こんな暑い日に飛び込んだらさぞかし気持ちいいだろう。
「わぁ! 海が近い!」
「はい。今から行くホテルのレストランからもよく見えます。あとで近くまで行ってみますか?」
フフッと笑う倉木さんに食いつくように「行きたいです!」と答える。ちょっと子供っぽいかなと思ったが、倉木さんの顔を見ると美しい彫像のように微笑んでいた。
だからっ! お断りする勇気が出なくなるからその顔は反則だって!
このままじゃ、次の約束も二つ返事でしてしまいそうだ。
でも、私は本物のご令嬢でもお見合い相手でもない。だから……断るときは顔を見ないようにしよう。幻の耳がシュンと垂れているのを見てしまったら断れる気はしない。
今は貴公子の倉木さんを眺めてそんなことを心の中で誓っていると、カチカチと音がして左折していった。
すぐそこにはいかにも高級そうな建物。チラッと入口に掲げてあるホテルの名前を確認すると、有名ホテルの系列だった。
これは期待できそう……
結局、色気より食い気の自分がいた。
さっき、思い切り匂いを嗅がれてしまった。犬同士の挨拶なのかというくらい。絶対悲惨な匂いだろうに、倉木さんは顔を離したあと嬉しそうに「千春さんはいい匂いですよ」なんて言っていた。
そういう性癖の持ち主なの?
人は見た目通りかといえば、もちろんそうでない人もいる。今までそんな人にもお目にかかったことはある。が、匂いフェチは初めてだ。と言いながら、自分もそれとなく倉木さんから漂うなんとも言えない香りを嗅いでしまった。匂いじゃない。香りだ。
「コロンとか……つけられてますか? 倉木さんからいい香りがします」
私はそのとき尋ねた。けれど倉木さんは不思議そうな顔で「いえ? 特に」と答えていた。
イケメンは汗の匂いさえもイケているのか。そんなバカげたことを考えながら「そっ、そうですか」と顔を引き攣らせていた。
なんか……懐かしい香り、なんだよなぁ……
走る車の中から窓の外をぼんやり眺め思う。
なんだろう? うーん……
薔薇、ではない。華やかな香りではなくて、もっと素朴な……。と思案を巡らせているとふと一つイメージが浮かんだ。
小さい頃よく遊んだ公園。すべり台の近くには色とりどりの花が咲いていた。名前も知らないような花たち。種類もたくさんあったから全部が混ざって複雑な香りになっていた。なんとなく、それを思い出した。
「千春さん? 眠いですか?」
窓に凭れて顔を外に向けていたからかそう尋ねられた。あまりのダラけように慌てて体を起こす。
「ちょっと考えごとをしてただけで。大丈夫です」
「そうですか。もうすぐ着きますよ」
そう言われて前を見ると、いつのまにか大きな海がそこに広がっていた。青い空と繋がったような青い海。こんな暑い日に飛び込んだらさぞかし気持ちいいだろう。
「わぁ! 海が近い!」
「はい。今から行くホテルのレストランからもよく見えます。あとで近くまで行ってみますか?」
フフッと笑う倉木さんに食いつくように「行きたいです!」と答える。ちょっと子供っぽいかなと思ったが、倉木さんの顔を見ると美しい彫像のように微笑んでいた。
だからっ! お断りする勇気が出なくなるからその顔は反則だって!
このままじゃ、次の約束も二つ返事でしてしまいそうだ。
でも、私は本物のご令嬢でもお見合い相手でもない。だから……断るときは顔を見ないようにしよう。幻の耳がシュンと垂れているのを見てしまったら断れる気はしない。
今は貴公子の倉木さんを眺めてそんなことを心の中で誓っていると、カチカチと音がして左折していった。
すぐそこにはいかにも高級そうな建物。チラッと入口に掲げてあるホテルの名前を確認すると、有名ホテルの系列だった。
これは期待できそう……
結局、色気より食い気の自分がいた。
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