偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています

玖羽 望月

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2.貴公子はやっぱりワンコ

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 散々私たちをいじった挙句、おばちゃんたちは「早くしないとバスの時間になるわよ!」とさっさと先に行ってしまう。どうやらバスツアーだったようだ。
 放心状態の私はポカンと間抜けに口を開けたままそれを見送った。

「あの……千春さん。僕たちも……」

 後ろからおずおずと呼びかける声がして振り返る。

「倉木さん! 本当に良縁祈願にきたんですか⁈」

 まさかこのお見合いの成功を願って? それは困る。成功はしないのだから。

「えーと……」

 黙ったかと思うと頰を赤らめてこくりと頷く。

「実は、地元なんです。だからなんとなく祈願に来てしまいました」

 まさかこのお見合いのため? 

 願掛けするほどなのかと思うと、急に罪悪感でいっぱいになった。まさか今お見合いしている相手が替え玉だとは思いもしていないだろうし。

「め……恵まれるといいですね。……良縁」

 それしか言えず言葉を濁す。よし、私もいまから倉木さんの良縁を願おう、とその顔を見上げると、安定の、シュンとした表情になっていた。

「いっ、行きましょう!」

 威勢よく声をかけると倉木さんは「はい……」と小さく返事をする。そんな元気のないイケメンと連れ立って本殿に向かう。本殿の前はツアー客でいっぱいだ。しばらく待って私たちもお参りをした。

(倉木さんに、いいお相手が見つかりますように)

 罪の意識に苛まれ、私は一生懸命神様にお願いしておいた。

 地元、と言うだけあって、倉木さんはここに何度も来たことがあるらしい。境内を散策しながらガイドさんのように色々と教えてくれた。もちろん、日向では日傘を差しているから私たちは密着するしかない。

 どうしよう……私、汗臭くない、かな?

 この気温のうえ、なんとなく湿度も上がってきている気がする。じっとりと首筋に汗が浮かんでいるのを嫌でも感じる。自分の匂いが気になって話しに集中できない。かと思えば倉木さんからは時々いい香りが漂ってきて、心拍数は上がるばかりだ。

 やっと元の駐車場まで戻ってくると、倉木さんは私を近くの木の下に連れて行く。日傘を畳んでいると、倉木さんは言った。

「車の中はまだ暑いと思うので、しばらくここに。少しだけ待っていていただけますか?」

 貴公子らしく麗しい微笑を浮かべると、この場をあとにしどこかへ行った。その姿が見えなくなると、私はようやく目一杯肺から空気を吐き出した。

「……やばいって……」

 これはお見合いドッキリ企画? それとも最近恋愛はご無沙汰な私に夏帆からのプレゼント?

 俳優ばりのイケメンとのゼロ距離接近。フワッと鼻を擽る甘い香り。聞こえてくる落ち着いた低い声。それらに脳を揺らされクラクラしてしまいそうだ。

「今日私は……天に……召されるのか?」

 真面目にそんな、大きな独り言を宙に向かって吐き出していた。
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