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2.貴公子はやっぱりワンコ
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「えっ?」
さりげなさすぎて、一瞬何が起こったのかわからなかった。けれど、確かに今、私の背中にはこちらを見て満面の笑みを浮かべる貴公子の手が添えられている。
「やはり日陰だと、少し暑さが和らぎますね」
私が驚いてポカンと口を開けっぱなしにしているのが見えないのだろうか。倉木さんは当たり前のようにそんなことを言う。そして手を添えられたまま倉木さんは私を促した。
「行きましょう。千春さん」
「は…………い」
カァッと頰を熱くしながら返事をして一緒に歩き出す。はたから見ればそれなりの仲の恋人同士に見えるだろう。
自分だけがギクシャクしたまま本宮へ歩き出す。夏本番の昼下がり。かなり気温の上がるこの時間、人の姿はそう多くなかった。
長い石段をゆっくりと登り本宮に辿り着く。傘を畳みバッグにしまうと倉木さんはなんだか残念そうな顔をした。それを見なかったふりして倉木さんに言う。
「お参りしませんか? そう言えばここってどんなご利益あるんでしょうね」
「えっ。えーと……」
突然すぎたのか、倉木さんは焦っている。と、そこに助け船を出すように近くにいた年配の女性の団体、簡単に言えばおばちゃんたちが私たちに話しかけてきた。
「あら。あなたたち知らずに来たの? てっきり安産祈願にきたのかと思ったのに。私もね、娘に今度子どもが生まれるから祈願に来たのよぉ!」
からからと笑うおばちゃんに、「安産……ですか」と顔を引き攣らせた。
私たちは結婚どころか付き合ってもいない。なんなら今日でさようならだ。さすがにここで安産祈願はしない。けれど、この有名な神社のご利益がそれだけなはずはない。その上、倉木さんの態度もなんだかおかしい。
「私はね、仕事運、出世運よ! 主人に頼まれて。定年間際に今更って感じだけど」
また別のおばちゃんが笑いながら言う。
そうかそんなご利益が……。それはちょっと気になるな、と思いながら「そうなんですね~」と演技掛かった受け答えをした。けれど、きっとそれだけではないはずだ。
最後にもう一人。ふくよかなおばちゃんが登場する。
「私はね、娘の良縁祈願よ! 今年こそ婚活を成功させてみせるわ!」
鼻息荒く、拳を振り上げながらその人は言った。
「良縁……祈願……。ですか……」
おばちゃんに圧倒されながら復唱するように呟くと、最初のおばちゃんが「わかった!」と手を叩く。
「良縁に恵まれたからお礼参りに来たのね! そうでしょう!」
絶対そうよねと興味深々のおばちゃんに引き気味になりながら「私は初めて来たので……」と答える。
「あらっ、あなたじゃないわよ。後ろの彼よ!」
ウインクでもしそうな勢いで顔を綻ばせたおばちゃんは、私の後ろに視線を送る。
「えっ!」
凄い勢いで振り向いた私に、慌ててそっぽを向いたのは倉木さん。とてつもなくバツの悪そうなその横顔は、真っ赤に染まっていた。
さりげなさすぎて、一瞬何が起こったのかわからなかった。けれど、確かに今、私の背中にはこちらを見て満面の笑みを浮かべる貴公子の手が添えられている。
「やはり日陰だと、少し暑さが和らぎますね」
私が驚いてポカンと口を開けっぱなしにしているのが見えないのだろうか。倉木さんは当たり前のようにそんなことを言う。そして手を添えられたまま倉木さんは私を促した。
「行きましょう。千春さん」
「は…………い」
カァッと頰を熱くしながら返事をして一緒に歩き出す。はたから見ればそれなりの仲の恋人同士に見えるだろう。
自分だけがギクシャクしたまま本宮へ歩き出す。夏本番の昼下がり。かなり気温の上がるこの時間、人の姿はそう多くなかった。
長い石段をゆっくりと登り本宮に辿り着く。傘を畳みバッグにしまうと倉木さんはなんだか残念そうな顔をした。それを見なかったふりして倉木さんに言う。
「お参りしませんか? そう言えばここってどんなご利益あるんでしょうね」
「えっ。えーと……」
突然すぎたのか、倉木さんは焦っている。と、そこに助け船を出すように近くにいた年配の女性の団体、簡単に言えばおばちゃんたちが私たちに話しかけてきた。
「あら。あなたたち知らずに来たの? てっきり安産祈願にきたのかと思ったのに。私もね、娘に今度子どもが生まれるから祈願に来たのよぉ!」
からからと笑うおばちゃんに、「安産……ですか」と顔を引き攣らせた。
私たちは結婚どころか付き合ってもいない。なんなら今日でさようならだ。さすがにここで安産祈願はしない。けれど、この有名な神社のご利益がそれだけなはずはない。その上、倉木さんの態度もなんだかおかしい。
「私はね、仕事運、出世運よ! 主人に頼まれて。定年間際に今更って感じだけど」
また別のおばちゃんが笑いながら言う。
そうかそんなご利益が……。それはちょっと気になるな、と思いながら「そうなんですね~」と演技掛かった受け答えをした。けれど、きっとそれだけではないはずだ。
最後にもう一人。ふくよかなおばちゃんが登場する。
「私はね、娘の良縁祈願よ! 今年こそ婚活を成功させてみせるわ!」
鼻息荒く、拳を振り上げながらその人は言った。
「良縁……祈願……。ですか……」
おばちゃんに圧倒されながら復唱するように呟くと、最初のおばちゃんが「わかった!」と手を叩く。
「良縁に恵まれたからお礼参りに来たのね! そうでしょう!」
絶対そうよねと興味深々のおばちゃんに引き気味になりながら「私は初めて来たので……」と答える。
「あらっ、あなたじゃないわよ。後ろの彼よ!」
ウインクでもしそうな勢いで顔を綻ばせたおばちゃんは、私の後ろに視線を送る。
「えっ!」
凄い勢いで振り向いた私に、慌ててそっぽを向いたのは倉木さん。とてつもなくバツの悪そうなその横顔は、真っ赤に染まっていた。
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