出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月

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3.偽りに偽りを重ねて

6.

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「悪い。ちょっとした戯言。大事にするなんて言っときながら何言ってんだろうな」

 ハハハと誤魔化すような乾いた笑い声が聞こえたと思うと、龍は実乃莉の左薬指に触れた。

「来週には指輪ができる。一緒に取りに行こう」

 感慨深そうな声と併せて、それが収まる場所を確かめるように撫でられる。
 婚約しすぐに買いに行ったエンゲージリングは、巷で憧れのブランドとして挙げられる有名店だった。
 刻印など必要ないと言う実乃莉に対し、龍は頑なに入れたいと言い張った。どんなオーダーをしたのかは龍に任せたから知らないが、そのぶん手元に届くのに日数がかかっているのだ。

「そう言えば……」

 龍は思い出したように呟くと続ける。

「来週末、三連休だったな。せっかくだし、どっか出かける? 親父さんも少しくらいの遠出なら許してくれるだろ」
「いいんですか?」

 顔を上げて尋ねると、薄らと笑みを浮かべた龍の顔が目に入る。

「当たり前だろ? どこに行きたい?」
「けど……お仕事は大丈夫なんですか?」

 心配になり問いかけると、龍は苦い顔をする。そのまま実乃莉の頭を撫でるとそれに答えた。

「こうもトラブル続きだと心配にもなるよな。絶対、とは言い切れないけど……。本当なら今は忙しい時期の予定じゃなかったんだ。なんとかなるはずだ」

 優しい手つきで撫でられるとホッとする。実乃莉は龍の胸にギュッと顔を埋めた。

「嬉しいです。でも、絶対に無理はしないでくださいね……」

 「わかった」と耳に届き再び腕の中に閉じ込められると、その温もりが体に伝わってきた。

 それだけで幸せだった。
 こうやって、お互いの存在を確かめるように触れ合っているだけで。
 いつか違う誰かに抱きしめられたとき、こんなに幸福感で満たされることはないかも知れない。でも今は、そんなことを考えるのはよそう。

 龍の鼓動と自分の鼓動が重なっていくのを感じながら、実乃莉は思っていた。

 しばらくすると、龍の腕から力が抜けていく。よほど疲れていたのか、実乃莉を膝に乗せたまま、規則的な寝息を立て始めていた。
 恐る恐る離れても龍が起きる気配はない。それくらい疲れ切っているのだろう。本当はちゃんと横になってもらいたいが、起こすのも忍びない。
 実乃莉はイスをできるだけ倒してみる。龍はそのまま眠りについていた。

「おやすみなさい」

 小さく寝顔に囁くと、実乃莉はその頰に唇を落とした。



 怒涛の一週間を終え、月も変わった十月最初の月曜日。いつもと同じ時間に会社に到着した実乃莉は、すっかり染みついたルーティンでまず集合ポスト向かった。土曜日に配達される郵便物や公共料金の明細が入っていることもあり、週初めは必ず朝見に行くのだ。
 ダイヤル式の鍵を開けると、そこには不要なチラシと一緒に封筒が何通か入っていた。

(これは……?)

 一通だけ、明らかに配達されたものではない白い洋封筒が入っていた。切手は貼られておらず、差出人も記載されていない。そしてその宛名は『鷹柳実乃莉様』になっている。

(な……んな、の……?)

 あまりにも不審な手紙に実乃莉は動揺する。とりあえずそれだけをバッグにしまうと会社に向かった。

「あっ、おはよ! 実乃莉ちゃん」

 セキュリティを解除し事務所に入ると、真っ先に出会った糸井に笑顔で話しかけられる。

「おはようございます」

 平静を装い挨拶をしたつもりだったが、糸井は実乃莉を見て不思議そうな表情を見せた。

「どうしたの? なんかちょっと顔がこわばってない?」
「そ、うですか? ちょっと仕事の心配ごとで」

 取り繕うように返すと糸井は心配そうな表情に変わる。

「大丈夫? 何かあったら龍さんに相談しなよ? って言っても、龍さん朝方まで仕事してたから今日は昼から出社するって」
「そう……なんですね」

 金曜日の案件が今日まで掛かったということなのだろうか。よく見れば糸井も眠そうに欠伸をしていた。

「俺も付き合わされたから今日は帰るね。お先に!」
「お疲れ様でした」

 明るく手を振る糸井を見送ったあと、社長室に入り自分の机にバッグを置く。千佐都もそろそろ出社するはずだ。その前に、と先程の手紙を取り出すと実乃莉はハサミでそれを開封した。
 震える手で中身を取り出すと一枚の紙を広げる。なんの変哲もないよくあるコピー用紙だ。そしてそこには、よく見かける字体で文字が印刷されていた。

【痛い目に合ってもわからないようだから再度忠告する。皆上龍との婚約を解消しろ。皆上の会社が大事なら早めに動くのが得策だ】

 実乃莉に怪我をさせた犯人についての進展はない。けれど、あれから身辺に不審なことは起こっていない。
 すぐに婚約をし、お互いの家に関係するものにはそれとなく情報を流した。それが瞳子の耳に入り、きっと諦めてくれたのだろう。そう思っていた。
 実乃莉はただ身を震わせるしかなかった。脅迫者は今、龍にも魔の手を伸ばしているのだから。
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