50 / 66
3.偽りに偽りを重ねて
4.
しおりを挟む
実乃莉は立ち上がると会釈をする。それに気づいたショートカットの似合う女性はニコリと笑った。
深雪は彼女を応接ソファに促すと振り返る。
「実乃莉ちゃん。ちょっとこっちに座ってもらっていい?」
「はい」
立ち上がりそこに向かうと深雪の隣に座る。深雪は笑顔でその女性の紹介を始めた。
「彼女は相田千佐都さん。ちょっとした知り合いでね、ここで働いてくれることになったの」
「初めまして。相田です」
実乃莉は千佐都に頭を下げると自分の名前を告げた。
「私ももうあと三週間で退職でしょ? なんとかもう一人引き継いでくれる人見つかってホッとしてる!」
深雪は安心したように明るく声を上げるが、実乃莉は深雪がいなくなる寂しさが込み上げていた。
元々短期の手伝いのつもりだった深雪だ。いなくなってしまうのはわかっていたが、そのカウントダウンが始まっているのを実感してしまう。
「実乃莉ちゃん、そんな顔しないで? いつでもうちに遊びに来てね」
「……はい」
実乃莉は泣きそうになるのを堪えながら頷いた。
「ところで龍は? 千佐都ちゃんと顔合わせしようと思ったんだけど……。昨日からメッセージに既読もつかないし」
龍の姿を確認するように深雪はキョロキョロと部屋を見渡した。
「それが……」
実乃莉は原田から受け取ったメモを取り、それを深雪に渡すと状況を説明した。
「こういうことって、よくあるんですか?」
おずおずと実乃莉が尋ねると、深雪は「うーん」と唸る。
「無いことはないんだけど……。ね? 千佐都ちゃん。あ、彼女は元プログラマーなの。今は子どもさんも小さいから離れてるんだけど」
千佐都はそれに頷き「システムにエラーはつきものなので、よくあるといえばある話です」と中性的な顔に似合うハスキーな低めの声で答えた。
「そうなのよねぇ。ただ、こんな人数出して、原田さんも龍も対応してるっていうのは会社始まって以来かも」
「そう……なんですか……」
不安を感じ小さく口にすると、深雪は励ますように明るい表情を見せた。
「大丈夫。龍がいるんだもん。私たちは私たちのできることをしましょう?」
「……はい」
実乃莉はそれに勇気をもらいながら頷いた。
「私も何かあれば手伝います」
「ほんと? 千佐都ちゃん。じゃあ今日からってことで!」
手を合わせて千佐都に言うと深雪は立ち上がる。
「じゃ、始めましょっか!」
その勇ましい掛け声に、実乃莉は気持ちを奮い立たせた。
大規模なシステムエラーは無事解決した。けれどそこから、神様が試練を与えているのかと思うほどトラブルが続いていた。
毎日のように入る大小様々なクレームにシステムエラー。この一週間、こうも重なるものものかと言いたくなるほどの様々なトラブルに、社員たちは疲弊しているようだった。
そしてその陣頭指揮を取る龍は、さぞかし疲れているだろう。そう思っているが、一目すら会えないまま金曜日の夕方になった。
「もう、お祓いでもしてもらったほうがいいんじゃないかしら?」
帰り支度をしながら深雪はぼやいている。今深雪がいるのは本当なら社長、つまり龍の机だ。深雪は早々に自分の使っていた机を千佐都に開け渡し、「仕方ないわね」と言いながら遠慮なくそこを使っていた。
「確かに。ここまでトラブル続きはなかなか無いですね」
千佐都はキーボードを叩きながら深雪に続いた。千佐都は事務職の経験はないらしいが、実乃莉より社会人の経験は長い。まだ五日目だと思えないほど会社に馴染み、仕事も難なくこなしていた。
「龍さんの代わりに私、お祓い行こうかな……」
千佐都の隣の席で、誰に言うわけでもなくポツリと呟く。
「まあ……。その気持ちもわからないではないかな」
千佐都の喋り方は素っ気ないが冷たい人ではない。いまだにパソコンのソフトに慣れていない実乃莉に色々と裏技を教えてくれていた。
深雪は定時になり帰り、その一時間後千佐都も帰って行った。一人きりになると、途端に主のいないこの部屋が寒々しく感じた。
(龍さん、ちゃんとご飯食べてるかな……)
変わらず作っている龍の弁当は、今は夜ご飯になっている。月曜日は冷蔵庫に入れているとメモを残し、念のためメッセージを送っておいた。夜中にその返事が来ていて、食べたこととお礼が短く書かれていたのだ。
「会いたい……な……」
つい感情を口に出す。その声は虚しく部屋に響くだけだった。
(こんな弱気じゃだめだ……)
打ち消すように頭を振って顔を上げる。自分の今やるべきことをやらなくては。
実乃莉はまたパソコンの画面に向かう。来週初めには月末締めの作業が入る。それまでに今日できることに集中した。
「こんなものかな?」
一息つきパソコンに表示されている時間を見ると、定時は過ぎていた。
見ないかも知れないが、龍に何かメッセージでも残そうかと実乃莉はメモを取り出した。
その時突然、ガチャリと社長室の扉が開いた。
深雪は彼女を応接ソファに促すと振り返る。
「実乃莉ちゃん。ちょっとこっちに座ってもらっていい?」
「はい」
立ち上がりそこに向かうと深雪の隣に座る。深雪は笑顔でその女性の紹介を始めた。
「彼女は相田千佐都さん。ちょっとした知り合いでね、ここで働いてくれることになったの」
「初めまして。相田です」
実乃莉は千佐都に頭を下げると自分の名前を告げた。
「私ももうあと三週間で退職でしょ? なんとかもう一人引き継いでくれる人見つかってホッとしてる!」
深雪は安心したように明るく声を上げるが、実乃莉は深雪がいなくなる寂しさが込み上げていた。
元々短期の手伝いのつもりだった深雪だ。いなくなってしまうのはわかっていたが、そのカウントダウンが始まっているのを実感してしまう。
「実乃莉ちゃん、そんな顔しないで? いつでもうちに遊びに来てね」
「……はい」
実乃莉は泣きそうになるのを堪えながら頷いた。
「ところで龍は? 千佐都ちゃんと顔合わせしようと思ったんだけど……。昨日からメッセージに既読もつかないし」
龍の姿を確認するように深雪はキョロキョロと部屋を見渡した。
「それが……」
実乃莉は原田から受け取ったメモを取り、それを深雪に渡すと状況を説明した。
「こういうことって、よくあるんですか?」
おずおずと実乃莉が尋ねると、深雪は「うーん」と唸る。
「無いことはないんだけど……。ね? 千佐都ちゃん。あ、彼女は元プログラマーなの。今は子どもさんも小さいから離れてるんだけど」
千佐都はそれに頷き「システムにエラーはつきものなので、よくあるといえばある話です」と中性的な顔に似合うハスキーな低めの声で答えた。
「そうなのよねぇ。ただ、こんな人数出して、原田さんも龍も対応してるっていうのは会社始まって以来かも」
「そう……なんですか……」
不安を感じ小さく口にすると、深雪は励ますように明るい表情を見せた。
「大丈夫。龍がいるんだもん。私たちは私たちのできることをしましょう?」
「……はい」
実乃莉はそれに勇気をもらいながら頷いた。
「私も何かあれば手伝います」
「ほんと? 千佐都ちゃん。じゃあ今日からってことで!」
手を合わせて千佐都に言うと深雪は立ち上がる。
「じゃ、始めましょっか!」
その勇ましい掛け声に、実乃莉は気持ちを奮い立たせた。
大規模なシステムエラーは無事解決した。けれどそこから、神様が試練を与えているのかと思うほどトラブルが続いていた。
毎日のように入る大小様々なクレームにシステムエラー。この一週間、こうも重なるものものかと言いたくなるほどの様々なトラブルに、社員たちは疲弊しているようだった。
そしてその陣頭指揮を取る龍は、さぞかし疲れているだろう。そう思っているが、一目すら会えないまま金曜日の夕方になった。
「もう、お祓いでもしてもらったほうがいいんじゃないかしら?」
帰り支度をしながら深雪はぼやいている。今深雪がいるのは本当なら社長、つまり龍の机だ。深雪は早々に自分の使っていた机を千佐都に開け渡し、「仕方ないわね」と言いながら遠慮なくそこを使っていた。
「確かに。ここまでトラブル続きはなかなか無いですね」
千佐都はキーボードを叩きながら深雪に続いた。千佐都は事務職の経験はないらしいが、実乃莉より社会人の経験は長い。まだ五日目だと思えないほど会社に馴染み、仕事も難なくこなしていた。
「龍さんの代わりに私、お祓い行こうかな……」
千佐都の隣の席で、誰に言うわけでもなくポツリと呟く。
「まあ……。その気持ちもわからないではないかな」
千佐都の喋り方は素っ気ないが冷たい人ではない。いまだにパソコンのソフトに慣れていない実乃莉に色々と裏技を教えてくれていた。
深雪は定時になり帰り、その一時間後千佐都も帰って行った。一人きりになると、途端に主のいないこの部屋が寒々しく感じた。
(龍さん、ちゃんとご飯食べてるかな……)
変わらず作っている龍の弁当は、今は夜ご飯になっている。月曜日は冷蔵庫に入れているとメモを残し、念のためメッセージを送っておいた。夜中にその返事が来ていて、食べたこととお礼が短く書かれていたのだ。
「会いたい……な……」
つい感情を口に出す。その声は虚しく部屋に響くだけだった。
(こんな弱気じゃだめだ……)
打ち消すように頭を振って顔を上げる。自分の今やるべきことをやらなくては。
実乃莉はまたパソコンの画面に向かう。来週初めには月末締めの作業が入る。それまでに今日できることに集中した。
「こんなものかな?」
一息つきパソコンに表示されている時間を見ると、定時は過ぎていた。
見ないかも知れないが、龍に何かメッセージでも残そうかと実乃莉はメモを取り出した。
その時突然、ガチャリと社長室の扉が開いた。
2
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
モテ男とデキ女の奥手な恋
松丹子
恋愛
来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。
学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。
ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。
そんなじれじれな話です。
*学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記)
*エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。
*拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。
ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。
*作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。
関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役)
『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー)
『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル)
『物狂ほしや色と情』(名取葉子)
『さくやこの』(江原あきら)
『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語



あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる