出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月

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3.偽りに偽りを重ねて

4.

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 実乃莉は立ち上がると会釈をする。それに気づいたショートカットの似合う女性はニコリと笑った。
 深雪は彼女を応接ソファに促すと振り返る。

「実乃莉ちゃん。ちょっとこっちに座ってもらっていい?」
「はい」

 立ち上がりそこに向かうと深雪の隣に座る。深雪は笑顔でその女性の紹介を始めた。

「彼女は相田あいだ千佐都ちさとさん。ちょっとした知り合いでね、ここで働いてくれることになったの」
「初めまして。相田です」

 実乃莉は千佐都に頭を下げると自分の名前を告げた。

「私ももうあと三週間で退職でしょ? なんとかもう一人引き継いでくれる人見つかってホッとしてる!」

 深雪は安心したように明るく声を上げるが、実乃莉は深雪がいなくなる寂しさが込み上げていた。
 元々短期の手伝いのつもりだった深雪だ。いなくなってしまうのはわかっていたが、そのカウントダウンが始まっているのを実感してしまう。

「実乃莉ちゃん、そんな顔しないで? いつでもうちに遊びに来てね」
「……はい」

 実乃莉は泣きそうになるのを堪えながら頷いた。

「ところで龍は? 千佐都ちゃんと顔合わせしようと思ったんだけど……。昨日からメッセージに既読もつかないし」

 龍の姿を確認するように深雪はキョロキョロと部屋を見渡した。

「それが……」

 実乃莉は原田から受け取ったメモを取り、それを深雪に渡すと状況を説明した。

「こういうことって、よくあるんですか?」

 おずおずと実乃莉が尋ねると、深雪は「うーん」と唸る。

「無いことはないんだけど……。ね? 千佐都ちゃん。あ、彼女は元プログラマーなの。今は子どもさんも小さいから離れてるんだけど」

 千佐都はそれに頷き「システムにエラーはつきものなので、よくあるといえばある話です」と中性的な顔に似合うハスキーな低めの声で答えた。

「そうなのよねぇ。ただ、こんな人数出して、原田さんも龍も対応してるっていうのは会社始まって以来かも」
「そう……なんですか……」

 不安を感じ小さく口にすると、深雪は励ますように明るい表情を見せた。

「大丈夫。龍がいるんだもん。私たちは私たちのできることをしましょう?」
「……はい」

 実乃莉はそれに勇気をもらいながら頷いた。

「私も何かあれば手伝います」
「ほんと? 千佐都ちゃん。じゃあ今日からってことで!」

 手を合わせて千佐都に言うと深雪は立ち上がる。

「じゃ、始めましょっか!」

 その勇ましい掛け声に、実乃莉は気持ちを奮い立たせた。

 大規模なシステムエラーは無事解決した。けれどそこから、神様が試練を与えているのかと思うほどトラブルが続いていた。
 毎日のように入る大小様々なクレームにシステムエラー。この一週間、こうも重なるものものかと言いたくなるほどの様々なトラブルに、社員たちは疲弊しているようだった。
 そしてその陣頭指揮を取る龍は、さぞかし疲れているだろう。そう思っているが、一目すら会えないまま金曜日の夕方になった。

「もう、お祓いでもしてもらったほうがいいんじゃないかしら?」

 帰り支度をしながら深雪はぼやいている。今深雪がいるのは本当なら社長、つまり龍の机だ。深雪は早々に自分の使っていた机を千佐都に開け渡し、「仕方ないわね」と言いながら遠慮なくそこを使っていた。

「確かに。ここまでトラブル続きはなかなか無いですね」

 千佐都はキーボードを叩きながら深雪に続いた。千佐都は事務職の経験はないらしいが、実乃莉より社会人の経験は長い。まだ五日目だと思えないほど会社に馴染み、仕事も難なくこなしていた。

「龍さんの代わりに私、お祓い行こうかな……」

 千佐都の隣の席で、誰に言うわけでもなくポツリと呟く。

「まあ……。その気持ちもわからないではないかな」

 千佐都の喋り方は素っ気ないが冷たい人ではない。いまだにパソコンのソフトに慣れていない実乃莉に色々と裏技を教えてくれていた。

 深雪は定時になり帰り、その一時間後千佐都も帰って行った。一人きりになると、途端にあるじのいないこの部屋が寒々しく感じた。

(龍さん、ちゃんとご飯食べてるかな……)

 変わらず作っている龍の弁当は、今は夜ご飯になっている。月曜日は冷蔵庫に入れているとメモを残し、念のためメッセージを送っておいた。夜中にその返事が来ていて、食べたこととお礼が短く書かれていたのだ。

「会いたい……な……」

 つい感情を口に出す。その声は虚しく部屋に響くだけだった。

(こんな弱気じゃだめだ……)

 打ち消すように頭を振って顔を上げる。自分の今やるべきことをやらなくては。
 実乃莉はまたパソコンの画面に向かう。来週初めには月末締めの作業が入る。それまでに今日できることに集中した。

「こんなものかな?」

 一息つきパソコンに表示されている時間を見ると、定時は過ぎていた。
 見ないかも知れないが、龍に何かメッセージでも残そうかと実乃莉はメモを取り出した。
 その時突然、ガチャリと社長室の扉が開いた。
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