30 / 66
2.人は誰しも間違うもの
13.
しおりを挟む
「実乃莉の性格、出てるよな……」
ボソリと言う龍の言葉に実乃莉は顔を上げる。龍はおかずの一つ、里芋の胡麻和えを箸で持ち上げていた。
「それは……どういう……」
何かしただろうかと不安になるが、龍の表情から、悪く言われているわけではなさそうだ。
龍は実乃莉を見てフフッと口元を緩ませると言った。
「全部丁寧に作ってあるし、隅々まで行き届いてる。仕事でも同じだ。実乃莉は一生懸命だし、細かい気づかいをしてくれる。深雪も、他の社員たちもずいぶん助けられてる。もちろん俺もな」
これ以上ないくらい褒められ、実乃莉の頰は一瞬にして熱を帯びる。とてつもなく嬉しいと思うのに、なんと返せばいいか出てこなかった。
実乃莉は人に賞賛されることに慣れていない。むしろ、『謙虚に』と育てられていたからか、特に嬉しいとき、その感情をを大きく露わにすることが苦手だった。
「……? どうした?」
暗い表情で俯いてしまった実乃莉に、龍は問いかける。
「あ、すみません。その……少し戸惑ってしまって。」
「どうして?」
龍は持っていた弁当箱を膝に置くと実乃莉に真剣な眼差しを向けた。
「その……」
そこで実乃莉は言い淀む。うまく言葉が紡げない。せっかくいい雰囲気だったのに泣きたくなっていた。
「無理しなくていいぞ」
優しい低い声に実乃莉は顔を上げる。不安気な実乃莉に、龍は穏やかに笑いかけた。
「無理……?」
「あぁ。勝手な想像だけど、周りに言われてきたんだろ? 色々と」
(龍さんは……理解してくれてるの?)
立場は違えど同じ政治家の家系。もしかしたら、誰よりも自分をわかってくれているのかも知れない。
「私、周りから……母や祖母からは、『何ごとにも控えめに、男性を立てなさい』って育てられて、自分の意見なんてなかなか言えないでいました」
そこまで言うと実乃莉は自嘲するように力なく笑う。
「それに、こんなに褒められたことなんてなくて。本当にいいのかなって……。ひねくれてますよね」
龍は少し息を吐き出す。呆れられたのかと胸が痛くなるが、そうではないとその表情を見て感じた。
「怖いか?」
真剣な表情をしたまま、龍は小さく尋ねる。それを聞いて、実乃莉は心の中で復唱した。
(怖い……。そうだ……)
褒められることが、認められることが怖いだなんて、他の人には理解できない感情なのかも知れない。けれど、未経験のことに遭遇し、実乃莉にはそれを恐れている気がした。
ようやく自分の中で折り合いを付けると実乃莉は頷いてみせた。
「確かに今の実乃莉にとっちゃ、褒められることさえ初めてだもんな。不安になる気持ちもわかる」
「龍さんでも?」
信じられないと驚く実乃莉に、龍は口角を上げそれに答えた。
「もちろん。俺はよく、そつなくなんでもこなして苦労もしてないと思われることが多い。だが、人並みに悩みもするし苦労もしてきた。今だって、社員を路頭に迷わせないよう必死だ。これでいいのか不安になることだってある。……意外だろ?」
最後は実乃莉の表情を見てそう言ったのだろう。実乃莉は胸の内を、ズバリと指摘されてしまう。
「……はい。でも龍さんも同じなんだって知って、気が楽になりました。これからは、もっと素直に喜びたいって……そう思います」
「そうだな。少なくとも俺の前では、もっと喜怒哀楽を出していいぞ。練習台として。その代わり、時々俺の弱音も聞いてくれ。周りには言えなくてな。深雪にすら言ったことないが……。実乃莉になら言えそうな気が……するんだ」
最後は視線を外し、自分にいい聞かせるようにゆっくりと龍は口にする。
(それは……特別、ってこと……?)
ただの勘違いと思うには意味深な内容に実乃莉は鼓動を高まらせる。けれどそれはただの話し相手としてだ。同じ政治家を親に持つ子ども同士だから。
そう思うがそれでも勘違いしてしまいそうになる。
龍は目の前で、恥ずかしそうに口元を手で押さえると、ほんのりと頰を朱に染めて顔を逸らしていた。
ボソリと言う龍の言葉に実乃莉は顔を上げる。龍はおかずの一つ、里芋の胡麻和えを箸で持ち上げていた。
「それは……どういう……」
何かしただろうかと不安になるが、龍の表情から、悪く言われているわけではなさそうだ。
龍は実乃莉を見てフフッと口元を緩ませると言った。
「全部丁寧に作ってあるし、隅々まで行き届いてる。仕事でも同じだ。実乃莉は一生懸命だし、細かい気づかいをしてくれる。深雪も、他の社員たちもずいぶん助けられてる。もちろん俺もな」
これ以上ないくらい褒められ、実乃莉の頰は一瞬にして熱を帯びる。とてつもなく嬉しいと思うのに、なんと返せばいいか出てこなかった。
実乃莉は人に賞賛されることに慣れていない。むしろ、『謙虚に』と育てられていたからか、特に嬉しいとき、その感情をを大きく露わにすることが苦手だった。
「……? どうした?」
暗い表情で俯いてしまった実乃莉に、龍は問いかける。
「あ、すみません。その……少し戸惑ってしまって。」
「どうして?」
龍は持っていた弁当箱を膝に置くと実乃莉に真剣な眼差しを向けた。
「その……」
そこで実乃莉は言い淀む。うまく言葉が紡げない。せっかくいい雰囲気だったのに泣きたくなっていた。
「無理しなくていいぞ」
優しい低い声に実乃莉は顔を上げる。不安気な実乃莉に、龍は穏やかに笑いかけた。
「無理……?」
「あぁ。勝手な想像だけど、周りに言われてきたんだろ? 色々と」
(龍さんは……理解してくれてるの?)
立場は違えど同じ政治家の家系。もしかしたら、誰よりも自分をわかってくれているのかも知れない。
「私、周りから……母や祖母からは、『何ごとにも控えめに、男性を立てなさい』って育てられて、自分の意見なんてなかなか言えないでいました」
そこまで言うと実乃莉は自嘲するように力なく笑う。
「それに、こんなに褒められたことなんてなくて。本当にいいのかなって……。ひねくれてますよね」
龍は少し息を吐き出す。呆れられたのかと胸が痛くなるが、そうではないとその表情を見て感じた。
「怖いか?」
真剣な表情をしたまま、龍は小さく尋ねる。それを聞いて、実乃莉は心の中で復唱した。
(怖い……。そうだ……)
褒められることが、認められることが怖いだなんて、他の人には理解できない感情なのかも知れない。けれど、未経験のことに遭遇し、実乃莉にはそれを恐れている気がした。
ようやく自分の中で折り合いを付けると実乃莉は頷いてみせた。
「確かに今の実乃莉にとっちゃ、褒められることさえ初めてだもんな。不安になる気持ちもわかる」
「龍さんでも?」
信じられないと驚く実乃莉に、龍は口角を上げそれに答えた。
「もちろん。俺はよく、そつなくなんでもこなして苦労もしてないと思われることが多い。だが、人並みに悩みもするし苦労もしてきた。今だって、社員を路頭に迷わせないよう必死だ。これでいいのか不安になることだってある。……意外だろ?」
最後は実乃莉の表情を見てそう言ったのだろう。実乃莉は胸の内を、ズバリと指摘されてしまう。
「……はい。でも龍さんも同じなんだって知って、気が楽になりました。これからは、もっと素直に喜びたいって……そう思います」
「そうだな。少なくとも俺の前では、もっと喜怒哀楽を出していいぞ。練習台として。その代わり、時々俺の弱音も聞いてくれ。周りには言えなくてな。深雪にすら言ったことないが……。実乃莉になら言えそうな気が……するんだ」
最後は視線を外し、自分にいい聞かせるようにゆっくりと龍は口にする。
(それは……特別、ってこと……?)
ただの勘違いと思うには意味深な内容に実乃莉は鼓動を高まらせる。けれどそれはただの話し相手としてだ。同じ政治家を親に持つ子ども同士だから。
そう思うがそれでも勘違いしてしまいそうになる。
龍は目の前で、恥ずかしそうに口元を手で押さえると、ほんのりと頰を朱に染めて顔を逸らしていた。
3
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
アンコール マリアージュ
葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか?
ファーストキスは、どんな場所で?
プロポーズのシチュエーションは?
ウェディングドレスはどんなものを?
誰よりも理想を思い描き、
いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、
ある日いきなり全てを奪われてしまい…
そこから始まる恋の行方とは?
そして本当の恋とはいったい?
古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。
━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━
恋に恋する純情な真菜は、
会ったばかりの見ず知らずの相手と
結婚式を挙げるはめに…
夢に描いていたファーストキス
人生でたった一度の結婚式
憧れていたウェディングドレス
全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に
果たして本当の恋はやってくるのか?
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
小さな恋のトライアングル
葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児
わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係
人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった
*✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻*
望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL
五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長
五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる