出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月

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2.人は誰しも間違うもの

13.

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「実乃莉の性格、出てるよな……」

 ボソリと言う龍の言葉に実乃莉は顔を上げる。龍はおかずの一つ、里芋の胡麻和えを箸で持ち上げていた。

「それは……どういう……」

 何かしただろうかと不安になるが、龍の表情から、悪く言われているわけではなさそうだ。
 龍は実乃莉を見てフフッと口元を緩ませると言った。

「全部丁寧に作ってあるし、隅々まで行き届いてる。仕事でも同じだ。実乃莉は一生懸命だし、細かい気づかいをしてくれる。深雪も、他の社員たちもずいぶん助けられてる。もちろん俺もな」

 これ以上ないくらい褒められ、実乃莉の頰は一瞬にして熱を帯びる。とてつもなく嬉しいと思うのに、なんと返せばいいか出てこなかった。
 実乃莉は人に賞賛されることに慣れていない。むしろ、『謙虚に』と育てられていたからか、特に嬉しいとき、その感情をを大きく露わにすることが苦手だった。

「……? どうした?」

 暗い表情で俯いてしまった実乃莉に、龍は問いかける。

「あ、すみません。その……少し戸惑ってしまって。」
「どうして?」

 龍は持っていた弁当箱を膝に置くと実乃莉に真剣な眼差しを向けた。

「その……」

 そこで実乃莉は言い淀む。うまく言葉が紡げない。せっかくいい雰囲気だったのに泣きたくなっていた。

「無理しなくていいぞ」

 優しい低い声に実乃莉は顔を上げる。不安気な実乃莉に、龍は穏やかに笑いかけた。

「無理……?」
「あぁ。勝手な想像だけど、周りに言われてきたんだろ? 色々と」

(龍さんは……理解してくれてるの?)

 立場は違えど同じ政治家の家系。もしかしたら、誰よりも自分をわかってくれているのかも知れない。

「私、周りから……母や祖母からは、『何ごとにも控えめに、男性を立てなさい』って育てられて、自分の意見なんてなかなか言えないでいました」

 そこまで言うと実乃莉は自嘲するように力なく笑う。

「それに、こんなに褒められたことなんてなくて。本当にいいのかなって……。ひねくれてますよね」

 龍は少し息を吐き出す。呆れられたのかと胸が痛くなるが、そうではないとその表情を見て感じた。

「怖いか?」

 真剣な表情をしたまま、龍は小さく尋ねる。それを聞いて、実乃莉は心の中で復唱した。

(怖い……。そうだ……)

 褒められることが、認められることが怖いだなんて、他の人には理解できない感情なのかも知れない。けれど、未経験のことに遭遇し、実乃莉にはそれを恐れている気がした。
 ようやく自分の中で折り合いを付けると実乃莉は頷いてみせた。

「確かに今の実乃莉にとっちゃ、褒められることさえ初めてだもんな。不安になる気持ちもわかる」
「龍さんでも?」

 信じられないと驚く実乃莉に、龍は口角を上げそれに答えた。

「もちろん。俺はよく、そつなくなんでもこなして苦労もしてないと思われることが多い。だが、人並みに悩みもするし苦労もしてきた。今だって、社員を路頭に迷わせないよう必死だ。これでいいのか不安になることだってある。……意外だろ?」

 最後は実乃莉の表情を見てそう言ったのだろう。実乃莉は胸の内を、ズバリと指摘されてしまう。

「……はい。でも龍さんも同じなんだって知って、気が楽になりました。これからは、もっと素直に喜びたいって……そう思います」
「そうだな。少なくとも俺の前では、もっと喜怒哀楽を出していいぞ。練習台として。その代わり、時々俺の弱音も聞いてくれ。周りには言えなくてな。深雪にすら言ったことないが……。実乃莉になら言えそうな気が……するんだ」

 最後は視線を外し、自分にいい聞かせるようにゆっくりと龍は口にする。

(それは……特別、ってこと……?)

 ただの勘違いと思うには意味深な内容に実乃莉は鼓動を高まらせる。けれどそれはただの話し相手としてだ。同じ政治家を親に持つ子ども同士だから。
 そう思うがそれでも勘違いしてしまいそうになる。

 龍は目の前で、恥ずかしそうに口元を手で押さえると、ほんのりと頰を朱に染めて顔を逸らしていた。
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