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1.始まりから間違いでした

7.

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「お父さん、何かお急ぎのご用事ですか?」
『実乃莉。皆上先生のご子息と交際していると言うのは本当なのか』

(どっ、どうして知ってるの⁈)

 あまりにも早い伝わりように驚愕しながら龍を見る。龍は深刻な表情を浮かべてスマートフォンの画面を見ていた。

「そ、それは、あのっ」

 こんな瞬く間に父の耳に入るとは思いもせず実乃莉は慌てふためいてしまった。

『つい今しがた、高木君からそのような報告を受けた。最初から知っていればこの話は受けなかった、恥をかかされたと大層立腹していたが。どうなんだ?』
「……申し訳ありません」

 あと先考えず起こした行動がこんなことになるなんて実乃莉は想像すらしなかった。龍に恋人のふりを頼んだのはその場しのぎで、どこの誰かも知らなければ適当に言い逃れできる、そんな浅知恵からだった。けれど今は、そんな言い逃れすらできそうになかった。

(いったい、どうすれば……)

『実乃莉。謝ったところで状況が掴めないだろう。どうなっている』

 電話の向こうから苛立った父の声が聞こえてくるが、それに答えることができず黙り込んでしまう。
 自分の浅はかさに落胆し俯いた実乃莉の耳に、「その電話、代わる」と突然声が届いた。
 感情を読むことができない無表情の龍の顔を見つめたまま、実乃莉は戸惑っていた。龍は早く寄越せといわんばかりに手を広げ振っている。

「いいから貸して」

 龍が手を差し出しているのを見つめながら、実乃莉は「お父さん、今皆上さんに代わります」と告げスマートフォンを耳から離した。
 龍はそれを受け取ると立ち上がり話し出した。

「ご挨拶が遅れ、もうしわけございません」

 そう切り出したかと思うと、龍は話しを続けながら席から離れて行った。

 龍は店外へ出て行ったようだ。姿が見えなくなると入れ替わるようにホールスタッフが皿を運んできた。
 目の前に並べられた、美しく盛り付けられた前菜の皿を眺めながら実乃莉は小さくなっていた。

(皆上さん、お父さんに叱られてなければいいけど……)

 心配になるが、相手が皆上の人間であれば苦言くらいで済むかも知れない。自分は帰ったら相当絞られそうだが、それでもあんな相手と結婚することを考えたら数倍ましだ。
 実乃莉は窓の向こうに広がる絶景を眺め、何度目かの溜め息を吐いた。

「なんだ。先に食べてなかったのか」

 ぼんやりと窓の外を見下ろしていた実乃莉はその声に弾かれたように振り返った。

「ほら。これ、返す」

 差し出されたスマートフォンを実乃莉が受け取ると、龍は向かいに座った。

「重ね重ね、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 実乃莉は頭を下げる。怒っている様子はないが、それでも実乃莉は平身低頭謝る。

「だから。そう謝る必要はない。せっかくの飯が不味くなる。今はとりあえず水に流して食わないか?」

 龍は表情を和らげている。それに実乃莉は、やはり怒ってはいないんだとホッとしながら頷いた。

「はい。では、いただきます」

 手を合わせてから実乃莉はフォークとナイフを手にする。
 季節の野菜がふんだんに使われた前菜に始まり、さっぱりした冷製スープ、メインは牛フィレ肉のポワレ。ランチだが、どれもこのホテルに相応しいメニューで実乃莉はそれを堪能した。

「口に合ったみたいだな」

 実乃莉が綺麗に食べ終えたところで、龍は笑みを浮かべてそう言った。
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