出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月

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1.始まりから間違いでした

4.

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「ここのお支払いをお持ちします。それでなんとか! お願いします!」

 精一杯懇請するが、相手の表情を見る限り期待するような返事は返ってきそうにない。そうしているうちに、背後にいる本来のお見合い相手は、より白熱して声を張り上げていた。
 実乃莉はしかたなく諦め、息を吐くと立ち上がる。

「すみませんでした。やっぱり自分でなんとかいたします。ご迷惑をおかけしました」

 驚いたように実乃莉を見上げる男に謝罪し一礼すると席を離れた。
 振り返るとスタッフの男は青ざめた表情でペコペコと謝っている。それに対してお見合い相手はまだネチネチと嫌味を言い続けていた。

(こんなに謝っている人を許すこともできないなんて。こちらから願い下げよ)

 祖父にどれだけ気に入られていようがこんな人間性では先が見えている。こちらから断って、あとから父に叱られても構わない。そんなことを思いながらツカツカと実乃莉はその席に歩み寄った。

「もうそのあたりでよろしいのでは?」

 実乃莉は二人のあいだに割って入ると座ったままのお見合い相手の顔を見据えた。

(想像以上に年上のかたみたい……)

 議員の秘書をしているような人物が自分と年齢が近いわけはないと思っていたが、見る限り四十代半ばほどにも見えて実乃莉は絶句した。

「なんだ、お前は?」

 顔に刻まれた皺をより深くして男は尋ねた。

「鷹柳です」

 手短にそう言うと相手は眉を顰めて「なんだって?」と低い声を出した。

「ですので、鷹柳実乃莉です」

 怯むことなく言い返すと、男はワナワナと震えていた。

「そんな破廉恥な格好をした女が鷹柳の令嬢のわけはないだろう!」

 テーブルをバンっ! と叩くと男は立ち上がる。火に油を注いでしまったと実乃莉は思ったがもう遅かった。

「信用されなくても結構です。けれど私は正真正銘本物です。それより、このかたもずいぶんと謝られているようですし、このあたりで怒りを鎮められたらどうですか?」

 今まで従順だった自分が信じられないくらい、実乃莉は年上の男性に立ち向かっていた。この見た目がそうさせているのかも知れない。おとなしそうと言われていた今までとは違う姿の自分に、なぜか勇気が出た。

「僕はお嬢さんに会ったことがあるが、お前のような女じゃなかったぞ! それとも何か? 僕の面子を潰して恥をかかせようとしているのか?」
「そうではありません。ただ、見たところそう被害もなさそうですし、周りにも迷惑ですので、そろそろ静かになさったらどうかと思いますが」

 あくまでも実乃莉は静かに淡々と相手に告げている。だが、相手の男はその態度が気に入らないようだ。

「生意気な……。なら、お前が代わりに謝れば許してやる。その床に膝を突いてな。どうだ、そんなことはできないだろう!」

(なんて人なの? こんな人が将来政治家だなんて。冗談じゃない……)

 実乃莉は悔しくて唇を噛む。
 隣でオロオロと様子を伺っていたスタッフの男性は「お客様! それは私が……」と実乃莉に声を掛けた。

「わかりました。私が謝罪したあとは退店いただけますよね?」
「しかたないが、そうしてやろう」

 男はニヤついた下衆な顔で言う。
 実乃莉がグッと手を握りしめ膝を突こうと身を屈めたときだった。

「実乃莉。そんなことしなくていい」

 フワリとスパイシーな香りがしたかと思うと、実乃莉は肩を抱かれていた。
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