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「本当に今日はありがとうございました!」

いただきの最寄り駅の改札口。
健太君は、少し元気を取り戻したようにそう言った。

「どういたしまして。こっちこそ久しぶりに若い子と飲めて楽しかったよ」

俺が笑顔でそう言うと、健太君も釣られたように笑顔になった。

「お兄さん、名前聞いていいですか?俺は竹内健太って言います」
「岡田睦月だよ。健太君はあの店よく行くの?」
「あ、久しぶりに行きました。睦月さんは?初めて会いましたよね?」

人懐っこい笑顔で健太君にそう言われて、ふっとさっちゃんの顔が頭を過ぎる。

「まだ2回目。知り合いに……紹介してもらって」
「そうなんですね!また会えたら嬉しいです。じゃあ」

そう言って、軽く頭を下げてから健太君は俺の乗る電車とは反対側のホームに向かって行く。
その姿を見送りながら、俺は大きく息を吐き出した。

いい加減、さっちゃんに連絡しないと

もしかしたら希海にもう連絡先を教えた事を聞いているかも知れない。
なのに、俺はこんな所で立ち止まっている。

俺はコートのポケットの中でスマホを握りしめて電車に向かう。
ワザといている各駅停車に乗るといている席に座った。

電車が発車して、ゆっくりと景色が流れ始める。俺は窓の向こう側を眺めながら、ポケットからスマホを取り出した。

まだ8時。
そう遅い時間ではない。さすがにもう寝てるなんて事はないだろう。

真っ暗な画面にしばらく見入った後、ようやく俺は画面にメッセージアプリを表示された。

何て送ろう?

指を画面に向けたまま、俺はしばらく考えた。
けど、考えていたってしょうがない。
俺は考えるより先に指を動かした。

「……送信っと」

俺は紙飛行機を押してそう呟く。さすがにすぐ既読にはならないだろう。
俺はそれを確認する事なく画面を切る。

何て返ってくるかなぁ……

電車の座席に凭れ掛かり思う。

『岡田です。今度司と仕事するんだってね。俺で良ければいつでも相談にのるから』

たったそれだけのメッセージ。

俺に相談しなくてもいいならそれでも構わない。けど、何か困っている事があるなら助けたい。

それって駄目なのかな?

俺は友人達の顔を思い出しながら目を閉じる。

俺が助けなくても誰かが助ける。
確かにそうかも知れない。俺に聞かなくても、希海も香緒もいる。わざわざ俺に相談しなくても解決するだろう。

けれど……。俺は自分の手でさっちゃんを手助けしたい。

電車の揺れに身を任せながら、俺はそんな事を思った。

スマホの画面を確かめるのが怖くて、見ないまま家に辿り着いて誰もいない部屋の玄関を開ける。

シンとした冷たい空気の漂う玄関の灯りをつけてその場でコートを脱ぐ。

そう言えばスマホ入れっぱなしだったっけ

とポケットから取り出すと、その画面が目に入った。

『綿貫です。今から電話してもいいですか?』

えっ!これいつ来たの⁈

慌てて確認すると15分程前だ。ちょうど電車を降りて歩き始めた頃。だから気づかなかったのか、と考える間もなくその画面をタップして、こちらから電話をかけてしまう。

向こう側から聞こえる呼び出し音に、俺はハッと我に返った。

思わず電話しちゃったけど、一体何を言えばいいんだろう

そう思っているうちに、呼び出し音は途切れた。

『……綿貫です』

そう電話越しにさっちゃんの声が小さく聞こえる。

「あ……の。……メッセージ見て。どうしたの?」

喉の奥に詰まった声を絞り出すように俺は尋ねる。

『希海さんに……聞いたと思うんですけど……今度、長門さんとお仕事することになって……』

辿々しく遠慮気味な声が聞こえて「うん」とだけ答える。

『良ければ……色々教えていただけないですか?』
「……俺で……いいの?希海でも司の事なら分かるはずだよ?」

思わずそんな意地の悪い返しをしてしまう。

『そう……かも知れないです。でも私は……睦月さんがいいです』

さっちゃんは最後に、何か覚悟を決めたように強く言葉を吐き出す。

「あ……。本当に……俺でいいの?」

俺がいいと言われて、年甲斐もなく気持ちが舞い上がる。けれど、そんな事を悟られないように、なんとか言葉を紡ぐ。

『はい。あの、駄目……でしたか?』
「あ、ううん?そんな事ないよ!」

むしろ嬉しい、と言ってしまいそうな気持ちを抑えながら、俺は続ける。

「さっちゃんの仕事終わりで時間ある日、いくつか候補送ってくれるかな?」
『はい。スケジュール確認して送ります。あの、睦月さん。……ありがとうございます。よろしくお願いします』

そう言うさっちゃんの声は最初のような硬さは無くなっていて、テーマパークで見せてくれたようなリラックスした、そんな顔が思い浮かぶ。

「さっちゃんの役に立てて嬉しいよ。……俺を頼ってくれて……ありがとう」

その言葉に、電話の向こうでは息を飲んだように感じた。

『じゃ、じゃあ、おやすみなさい』

慌てたように言うさっちゃんに、俺は「うん。おやすみ」と微笑みながら返して電話を切った。

たったそれだけのやりとり。
なのに、まるで好きだと言われたくらい、俺は嬉しかった。
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