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「実はね。ここ、ペット連れて来れるんだよね」

睦月さんが私にそう言うと、担当さんが続けた。

「こちらのお庭では、ペット連れでパーティを楽しんでいただくことができます。多少制限はありますが、ご相談いただければ柔軟に対応させていただいています」

私はそれを聞いて思わず睦月さんを見上げた。

「もしかして……今まで見たところも?」

今まであえてそんな話は聞かなかった。たぶん、私の反応がそんなに良いとは思えなかったからかも知れない。
睦月さんは「実はそうなんだ。でも、イマイチしっくりこなくて」と決まりの悪そうな顔を見せた。
私がそう思っていたように、睦月さんも同じように思っていたみたいだ。睦月さんに縁があるからって言うわけじゃないけど、ここが一番しっくりくる。

「かんちゃんも……参加してもらえるの?」
「もちろん。かんちゃんも俺達の大事な家族だしね」

睦月さんはそう言って笑う。私はそんな睦月さんを見上げたまま、つくづく思っていた。睦月さんと出会えて良かったって。

「うん。私もかんちゃんだけ留守番なんて寂しい。一緒に祝ってもらいたいな」

かんちゃんだって縁あって出会ったんだから、私達の新たな門出を一緒に過ごしたい。私はそんなことを思っていた。

「よろしければ次をご案内いたします」

私達はそれに従い建物の中に入り担当さんの後ろを付いて歩いた。

「こちらには、この春から取り扱っている新ブランドのドレスを展示しております」

そこは広めの宴会場で、トルソーに飾られたウエディングドレスがたくさん置かれているのが見えた。もちろん他のお客さんもたくさんいて、それぞれが自由にそれを眺めていた。

「また後ほど参りますので、しばらく自由にご覧になってください」

そう言って担当さんは去る。
私が睦月さんを見上げると、睦月さんは私じゃなく、全く違うところに視線を送っていた。私もそれにつられるように振り返ると、この部屋の角に3人程立ち話をしている人たちが見えた。そのうち2人は式場の人。もう1人は背中しか見えないが、背が高くてスタイルのいい髪の長い女性。もしかして知り合いのモデルさん?と私はその様子を眺めた。

「さっちゃん、ちょっと来てくれる?知り合いかも」

緊張しながらついて行くと、睦月さんはまだ話しをしているその輪の様子を伺うように立ち止まった。そしてその気配を感じたのか、背中を向けていた女性がこちらに振り返った。
その人は、オリエンタルな雰囲気を醸し出している、予想以上の美女だった。

その人は私達の姿を見るとニッコリと微笑み口を開いた。

「あら、睦月。奇遇ね」

さして驚いた様子もなく、落ち着いた低めの声でその人は言う。
睦月さんのほうは「百合ちゃん、久しぶり!」と柔かに笑いかけている。どう見ても仕事の間柄じゃない親密そうな様子に、いったい何者なのかとドキドキしてしまう。でも、どこかで会ったことある気がするのは気のせい?私はそんなことを思いながらその人を眺めていた。
百合さんは式場の人から離れ、こちらに歩み寄ると私に視線を送った。

「貴女が噂の彼女ね?初めまして。藤原ふじわら百合ゆりです。デザイナーをしているの。よろしくね」

そう言って微笑む百合さんは、仕事でモデルさん達を見慣れている私でさえ見惚れてしまう。

「……あ。綿貫咲月です」

我に返って慌てて名前だけ言うとお辞儀をする。睦月さんは隣から百合さんに話しかけた。

「噂って、いったい誰に何聞いたのさ」
「最初は紫音でしょう。最近は司かしら?睦月に可愛い彼女が出来て浮かれてるって」

そう言うと百合さんは、ふふっと声を漏らして笑った。そこでようやく私はこの人が誰か何者なのか気がついた。

「え……と。紫音さんのお母様?」

睦月さんに小さく尋ねると、「正解!」と笑顔が返ってくる。そしてまた睦月さんは百合さんに向いた。

「司のほうが浮かれてそうなのにさ。最近百合ちゃんに連絡あったってことは……もしかして?」

ニコニコしながら睦月さんは百合さんに尋ねると、百合さんは穏やかな表情で微笑んだ。

「まさか、司のお嫁さんにドレスを用意する日が来るなんて、夢にも思わなかったわ」
「俺も。司のウエディングフォトを撮る日が来るなんて思ってなかったよ」

2人ともなんだか感慨深そうだ。

「そうそう。さっちゃんが当日のヘアメイク担当なんだよね。事前にドレス見せてもらえると助かる。よね?さっちゃん」

睦月さんは百合さんに先に言ってから私に振る。

「はい。先に考えておきたいので」
「それならここに似たものはあるわ。当日着てもらうのはまだ出来上がってないの。また見に来て貰えるかしら」
「はい。よろしくお願いします」

式場の新ブランド、と言うのはもちろん百合さんのお店のもので、今日は様子を見に訪れたらしい。私達は百合さんに案内されて、一番目立つ場所に飾られたドレスの前に連れられた。

「……。綺麗……」

見ただけで、それを着た瑤子さんの姿が思い浮かんでしまう。途端に私は、どんなヘアメイクにしようかと、ワクワクしていた。
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