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なんと答えれば正解なのか、俺にはわからない。いや、ただ黙って聞いているのが正解なのかも知れない。学さんはきっと、肯定されたいわけでも、否定されたいわけでもないはずだから。

しばらく想いを馳せるように外を眺めていたかと思うと、また学さんは続けた。

「美紀子の家に行って、勢いのままに結婚申し込んでな。アイツの親には土下座して、祖母ちゃんにひ孫見せてやりたいって頼み込んだ。さすが2人とも戸惑ってた。俺はやっとそこで冷静になって、なんて馬鹿なこと言ったんだろうって後悔した。もう見捨てられてもしかたないってな」

そう言うと学さんは、ふっと小さく息を漏らした。

「だが、美紀子が説得してくれてな。俺達は結婚することになった。祖母ちゃんは、孫のように可愛がってた美紀子との結婚をそりゃあ喜んでくれてな。ひ孫を見るまでは元気でいないとって、言葉の通り気力を取り戻してくれた」

俺はただ学さんの話を静かに聞き入っていた。いつかくる別れの話は、自分自身も経験したからか、胸が痛む。

「その後は順調だった。時々ふと、俺はこんなに幸せでいいんだろうかって思うくらいにはな。だが、その反動は咲月が生まれるときにやってきた」
「……え?」

思わずそう口にしてしまう。さっちゃんが生まれたとき何があったか、本人の口から聞いたことはない。きっと知っていれば話題に上ることくらいあったはずだ。でも、それが無いということは、さっちゃん自身も知らないのだろう。

「咲月はな、難産のすえ生まれたんだ。一時はどっちも危なかった。病院に駆けつけた美紀子の両親に、俺はまた土下座したさ。俺の我儘でこんなことになって申し訳ない、もしものことがあれば、俺は死んで詫びる。なんて、今思えばドラマかよって笑っちまう。けどそのときは、そのくらい真剣だった」

だから、さっき学さんはさっちゃんにあんなことを言ったのか。子どもができて働けなくなったらどうするんだと。それは反対しているから言ったわけじゃない。経験したからこそ、さっちゃんを心配しているからこそ出た言葉だったんだ。

「まぁ。その先はどうなかったか、わかるだろ?咲月は無事に生まれてきてくれた。月が綺麗な夜だった。俺はそれを見ながら柄にもなく泣いた。生まれて初めて、神に感謝したよ」

そう言った学さんの横顔は、とても優しい父親の顔だった。
そして、ようやく学さんは俺のほうを向いた。

「お前が泣いてどうするんだ?」

そう言うと学さんは、笑いながら俺の頭をクシャクシャに撫でていた。

居た堪れなくて俯きながら鼻声で「すみません」と答えると、学さんは無言でテッシュを差し出してくれ、それを受け取りながら俺は続けた。

「俺、笑い上戸だって言われてたんですけど、さっちゃんと出会ってから泣き上戸だったって知りました。たんに年とっただけかも知れないですけどね」

涙を拭きながらそんなことを言うと、学さんは「そんなこと言ったら俺はどうなるんだよ」と言いながら俺のおでこを指で軽く弾いた。なんだかその顔は楽しげで、昔からの友人だったような気になってしまう。

「……暁さん。いい人だよな」

唐突にそう言うと、学さんはまたシートに体を預けた。

「あんな人が親父だったら、俺はもっとまともな人間だったのかもなって思っちまう。酒酌み交わして、くだらない話に付き合ってくれて……」

そう言うと学さんは外に視線を向けたまま笑う。

「父さんも……きっと嬉しいと思います。もう一人息子ができたような気になってると思いますよ」

俺がそう返すと、学さんはポツリと「だといいが」と呟いた。

父さんは、俺の目から見ても人当たりが良くて、誰とでも付き合えるタイプだ。たぶんそこは、俺が父さんに似ている部分。でも、同じだからこそわかる。俺がずっと付き合って行きたい相手を無意識に選んでいるように、父さんもそうしていることを。そして、学さんはきっとその一人だ。

「暁さんの息子なんだから、お前もいいヤツなんだろう。まぁ、いくら暁さんの息子でも、お前と兄弟になるつもりはねえけど」

そう言って、学さんは笑っている。

「え……っと……」

俺がポカンとしていると、学さんは笑顔のままこちらを向いた。

「お前とは、親子になるんだろうが。まさかこんな年の近ぇ息子ができるなんて思いもしなかったが、咲月の選んだヤツだ。娘を頼むぞ……。睦月」

そう言った学さんは、懐の大きな父親の顔をしている。さっちゃんが大好きで、尊敬している父親そのものだった。

「ありがとうございます。さっちゃんを、一生大事にします。……お父さん」

込み上げてくるものを堪えながらそう言うと、学さんは「お前にお父さんとか呼ばれたくねぇよ!学でいい」と照れ隠しのように顔を顰めていた。

「わかってますって。じゃあ、学さん。帰りましょうか」
「おう!美紀子のメシが無くなっちまう。祖母ちゃん直伝だからな。旨いぞ?」
「さっちゃんのご飯も、美紀子さん直伝だから世界一美味いですよ?」

そんなことを返しながら俺は車のエンジンをかける。
開け放った窓からは、爽やかな春の風が吹き抜けていた。
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