133 / 183
34
1
しおりを挟む
学さんの後ろに続き外に出ると、真琴君の車の隣に停まる白い軽自動車の前で「ほらっ」と鍵が飛んできた。
それを受け取りロックを解除していると、学さんは助手席側に回った。
運転席に乗り込むと、俺はシートとミラーを調整する。助手席では学さんがシートを一番後ろまで下げていた。
「どこへ向かえばいいんでしょうか?」
シートベルトを付け終えた学さんに尋ねると、「道路を出たらまず左だ」とぶっきらぼうに返ってきた。
俺はエンジンをかけそれに従う。学さんは相変わらず不機嫌そうに「そこを左」とか「次の信号右」くらいしか言わなかった。走った時間はほんの5分ほどだと思う。見覚えのある場所に出ると、もしかして?と頭をよぎる。
「あの看板出てるところに入ってくれ」
そう言われたのは、さっちゃんにとっても、俺にとっても、そして、学さんにとっても、きっと思い出の場所なのだろう。そんなことを思いながら、その場所に車を滑らせた。
連休の昼下がり。前に来た時より車は多く、駐車場の一番奥に空きを見つけてそこに車を停めた。
学さんは降りようとせず、黙って窓を開ける。潮の香りが漂い、遠くから波の音が聞こえてきた。
「……降りないんですか?」
エンジンが止まり静かになった車内で俺は尋ねた。
「こんな足で砂浜歩けるわけないだろう」
窓の外を眺めていた学さんからそう聞こえてきて「確かに……」と答えた。
何を話していいかわからず俺は黙っていた。話があるのは学さんのほうだろうし。
「俺はな……。美紀子の人生を台無しにしたんだ」
ポツリと学さんはそんなことを呟いた。
「台無し?」
「そうだ。本当なら、いい大学行って、いい会社に就職して、俺みたいなやつじゃなくて、もっとまともなヤツと結婚して。きっとそんな人生を歩んでいたはずなのに、俺が全部奪ったんだ」
そう言うと、学さんは体勢を戻して前を向くと、シートに凭れ掛かった。その横顔はとても苦しげで、俺は何も言うことができなかった。無言でその顔を見つめていると、学さんはまた口を開いた。
「俺の親は、まぁろくでもないヤツでな。今も、どこで何してるか知らない。俺を育ててくれたのは、母方の祖母ちゃんでな、祖母ちゃんがいたから、いっとき荒れはしたがなんとか真っ当になれた。俺をガキのころから支えてくれたのは、その祖母ちゃんと、幼馴染の美紀子だ」
そうやって、学さんの昔話は始まった。
淡々と学さんの低い声が車内に響いていた。それはお祖母ちゃんと美紀子さんとの思い出話だった。小学生の頃から高校生まで、どんな人生を歩んでいたのか。それを学さんは、まるで小説のあらすじを教えるように静かに語った。
「あれは高3の、もう1月も半ばだった。いつものようにお見舞いに行くと、看護師が俺を呼び止めた。先生から話があると。俺は退院の目処が立ったんだって思った。だが、聞かされたのはその逆だ。あと1年、持つかどうか。あの時ほど打ちのめされたことはない。就職も決まって、やっと祖母ちゃんに孝行できるって矢先だったに」
そう言うと、深呼吸するように学さんは大きく息を吐き出す。
「さっき、明日香が言ってただろう。考えるより動いてみろって。あんな偉そうなこと言ったが、俺は馬鹿だから考えるより先に体が勝手に動いちまうだけだ。……その時も俺は、病院から帰ったその足で、美紀子の家に向かったんだ」
窓の向こうに見える砂浜からは、波の音に混ざって、時々子どものはしゃぐ声が聞こえてくる。遠くに家族連れの姿があり、学さんはそちらになんとなく視線を向けた。
「祖母ちゃんな、ひ孫の顔が見られたら思い残すことないって言ってたんだ。まだ若かったしな。いつか見せてやれるだろう、なんて思ってた。でも、実際に残された時間はもうほとんどなかった。だから俺は、美紀子に結婚して子ども産んでくれ、なんて無茶なことを言いに行った。俺達はただの幼馴染だったはずなのに、その時浮かんだのは美紀子だけだったからな」
今までさっちゃんから聞いていた2人の話。とても仲睦まじく、きっと大恋愛の末結ばれたんだろう、なんて勝手に想像していた。でも、人にはそれぞれに物語がある。そして、それが自分の想像を超えていた。それだけだ。
なんてことを思いながら、俺はただ静かに、さざなみのように語る学さんの話を聞いていた。
「その時の俺は、美紀子のことをどう思っていたのか、自覚なんかしてなかった。中学のころは帰ればうちにいて、祖母ちゃんと飯作って待っててくれてな。家族って、こんな感じなんだなって、ただそれだけだった。だからなんだろうな。俺は美紀子のことを好きだと思う前に、家族になりたいって思っちまった。……浅はかだろ?」
学さんはそう言って最後に、自虐的な様子で呟いていた。
それを受け取りロックを解除していると、学さんは助手席側に回った。
運転席に乗り込むと、俺はシートとミラーを調整する。助手席では学さんがシートを一番後ろまで下げていた。
「どこへ向かえばいいんでしょうか?」
シートベルトを付け終えた学さんに尋ねると、「道路を出たらまず左だ」とぶっきらぼうに返ってきた。
俺はエンジンをかけそれに従う。学さんは相変わらず不機嫌そうに「そこを左」とか「次の信号右」くらいしか言わなかった。走った時間はほんの5分ほどだと思う。見覚えのある場所に出ると、もしかして?と頭をよぎる。
「あの看板出てるところに入ってくれ」
そう言われたのは、さっちゃんにとっても、俺にとっても、そして、学さんにとっても、きっと思い出の場所なのだろう。そんなことを思いながら、その場所に車を滑らせた。
連休の昼下がり。前に来た時より車は多く、駐車場の一番奥に空きを見つけてそこに車を停めた。
学さんは降りようとせず、黙って窓を開ける。潮の香りが漂い、遠くから波の音が聞こえてきた。
「……降りないんですか?」
エンジンが止まり静かになった車内で俺は尋ねた。
「こんな足で砂浜歩けるわけないだろう」
窓の外を眺めていた学さんからそう聞こえてきて「確かに……」と答えた。
何を話していいかわからず俺は黙っていた。話があるのは学さんのほうだろうし。
「俺はな……。美紀子の人生を台無しにしたんだ」
ポツリと学さんはそんなことを呟いた。
「台無し?」
「そうだ。本当なら、いい大学行って、いい会社に就職して、俺みたいなやつじゃなくて、もっとまともなヤツと結婚して。きっとそんな人生を歩んでいたはずなのに、俺が全部奪ったんだ」
そう言うと、学さんは体勢を戻して前を向くと、シートに凭れ掛かった。その横顔はとても苦しげで、俺は何も言うことができなかった。無言でその顔を見つめていると、学さんはまた口を開いた。
「俺の親は、まぁろくでもないヤツでな。今も、どこで何してるか知らない。俺を育ててくれたのは、母方の祖母ちゃんでな、祖母ちゃんがいたから、いっとき荒れはしたがなんとか真っ当になれた。俺をガキのころから支えてくれたのは、その祖母ちゃんと、幼馴染の美紀子だ」
そうやって、学さんの昔話は始まった。
淡々と学さんの低い声が車内に響いていた。それはお祖母ちゃんと美紀子さんとの思い出話だった。小学生の頃から高校生まで、どんな人生を歩んでいたのか。それを学さんは、まるで小説のあらすじを教えるように静かに語った。
「あれは高3の、もう1月も半ばだった。いつものようにお見舞いに行くと、看護師が俺を呼び止めた。先生から話があると。俺は退院の目処が立ったんだって思った。だが、聞かされたのはその逆だ。あと1年、持つかどうか。あの時ほど打ちのめされたことはない。就職も決まって、やっと祖母ちゃんに孝行できるって矢先だったに」
そう言うと、深呼吸するように学さんは大きく息を吐き出す。
「さっき、明日香が言ってただろう。考えるより動いてみろって。あんな偉そうなこと言ったが、俺は馬鹿だから考えるより先に体が勝手に動いちまうだけだ。……その時も俺は、病院から帰ったその足で、美紀子の家に向かったんだ」
窓の向こうに見える砂浜からは、波の音に混ざって、時々子どものはしゃぐ声が聞こえてくる。遠くに家族連れの姿があり、学さんはそちらになんとなく視線を向けた。
「祖母ちゃんな、ひ孫の顔が見られたら思い残すことないって言ってたんだ。まだ若かったしな。いつか見せてやれるだろう、なんて思ってた。でも、実際に残された時間はもうほとんどなかった。だから俺は、美紀子に結婚して子ども産んでくれ、なんて無茶なことを言いに行った。俺達はただの幼馴染だったはずなのに、その時浮かんだのは美紀子だけだったからな」
今までさっちゃんから聞いていた2人の話。とても仲睦まじく、きっと大恋愛の末結ばれたんだろう、なんて勝手に想像していた。でも、人にはそれぞれに物語がある。そして、それが自分の想像を超えていた。それだけだ。
なんてことを思いながら、俺はただ静かに、さざなみのように語る学さんの話を聞いていた。
「その時の俺は、美紀子のことをどう思っていたのか、自覚なんかしてなかった。中学のころは帰ればうちにいて、祖母ちゃんと飯作って待っててくれてな。家族って、こんな感じなんだなって、ただそれだけだった。だからなんだろうな。俺は美紀子のことを好きだと思う前に、家族になりたいって思っちまった。……浅はかだろ?」
学さんはそう言って最後に、自虐的な様子で呟いていた。
0
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~
けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。
してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。
そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる…
ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。
有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。
美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。
真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。
家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。
こんな私でもやり直せるの?
幸せを願っても…いいの?
動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?
不埒な社長と熱い一夜を過ごしたら、溺愛沼に堕とされました
加地アヤメ
恋愛
カフェの新規開発を担当する三十歳の真白。仕事は充実しているし、今更恋愛をするのもいろいろと面倒くさい。気付けばすっかり、おひとり様生活を満喫していた。そんなある日、仕事相手のイケメン社長・八子と脳が溶けるような濃密な一夜を経験してしまう。色恋に長けていそうな極上のモテ男とのあり得ない事態に、きっとワンナイトの遊びだろうとサクッと脳内消去するはずが……真摯な告白と容赦ないアプローチで大人の恋に強制参加!? 「俺が本気だってこと、まだ分からない?」不埒で一途なイケメン社長と、恋愛脳退化中の残念OLの蕩けるまじラブ!

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる