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「あれは……高3の秋も深まったころだったかしら。学君は無事就職が決まって、お祖母ちゃんの入院してる病院に一緒に報告に行ったの。その頃学君とは、たまにしか会うことがなかったけど、祖母ちゃん喜ぶからお見舞いに来てくれないかってうちに来て」

静まり返った部屋で、皆が固唾を飲んで話に耳を傾けている。長い長い話はきっともう終盤に差し掛かっているのだと思う。お母さんは、少し息を吐きだすと、また口を開いた。

「お祖母ちゃん、喜んでた。就職が決まったことも、私が顔を見せに行ったことも。その時お祖母ちゃんが言ったの。あとはひ孫の顔が見られたら、思い残すことは何もないなぁって」

そう言うと、お母さんは膝に置いた手をギュッと握った。

「その時、私はまたお祖母ちゃんは元気になって帰ってくるんだって思ってた。お正月には帰って来てたし、良かった、よくなったんだなって。それからしばらくしてからだった。寒い寒い、雪が降りしきる夜。突然学君がうちに来たのは」

淡々と昔話をするお母さんの顔は、今は笑顔ではない。きっとこの先にやってくるだろう出来事を思い出すように。

「学君は、見たこともないくらい暗い顔してた。玄関先で思い詰めたように私に言ったの。祖母ちゃん、もう時間がないんだって。だから、祖母ちゃんの願いを叶えてやりたいって」
「それって……」

結末を知っている物語。それでも私はそう呟いていた。

「そう。ひ孫の顔を見せてやりたい。だから、俺と結婚してくれ。学君は絞り出すようにそう言ったの。私、すごくびっくりして、何も言えなかった。だって、私達は幼なじみで、そんな関係になったことなんてなかったから」

そこでお母さんは、小さく息を漏らして笑った。

「その時に、様子を見にお母さんが来たの。学君は顔を見た途端、その場で土下座して、同じことを言った。で、その大声を聞きつけてやって来たお父さんにも同じように言ったわ」

そういえば、お母さんは前に、お父さんは土下座した、なんて言っていたけど、その様子は私の想像とは全く違っていた。

「さすがに2人とも唖然としちゃって、でも我に返ったらさすがに何を言ってるんだってなってた。そうよね。付き合ってすらないのに結婚して子どもが欲しい、なんて。でもね……」

そう言うと、お母さんはいつもの優しい顔になった。

「私はいいよって、その場で答えたの。だって、私はずっとずっと学君のことが好きで、夢は学君のお嫁さんになることだったから」

だから、『付き合ったことはない』だったのか……。そんなことを思いながらお母さんの顔を見ると「最後のは学君には言ったことないから秘密ね」と微笑みながらそう言われた。

私は勝手に、2人は大恋愛のすえ結婚したのだと思っていた。お母さんはお父さんのことが好きだったって言うけど、じゃあお父さんは違うの?誰でもよかったの?って、やきもきしてしまう。そんな気持ちが顔に出ていたからか、お母さんは「さっちゃん。そんな顔しないで?まだまだ話は続くわよ?」と私の背中をそっと撫でてくれた。

「うん……」

私がそう返事をすれと、一呼吸置いてまたお母さんは話し始めた。

「もちろん、両親はそんな簡単な話じゃないって反対した。私はもう大学受験がすぐそこまで迫ってたし、いくらなんでもすぐに結婚するような年齢じゃないだろうって。学君は、そうですよね、すみませんでしたって帰ろうとしたけど、私が引き止めた」

そう言ってお母さんは、その時を思い出すように視線を落とした。

「だってね、学君が他の誰かと結婚するところなんて見たくなかったから。で、私は両親に言ったの。私、お祖母ちゃんの願いを叶えてあげたい。私も大好きな人だから。それができなかったら、私一生悔やむと思う。だから、学君と結婚させてくださいって」

そう言うとお母さんは顔を上げた。そしてふふっと息を漏らした。

「学君、驚いてたな。きっと勢いでうちに来たのはいいけど、お父さんに諭されて冷静になったんだろうな。でも、私は諦めたくなかった。私、絶対説得するから、だから待ってて、って学君に言った。そしたら頷いて、待ってるって。その日はもう徹夜。ずっとずっと両親と話をしてた。で、結局私が折れないって察したのか許してくれた」

そこで真琴がボソッと「母ちゃん、意外と頑固なとこあるもんな」と呟いた。私もそう思う。それは昔からだったんだ、とお母さんの顔を見て思った。

「お祖母ちゃんね、その頃にはもう1年持たないかも知れないって言われてたの。でも私達が結婚するって知って少し元気になってくれて。ちゃんとひ孫の顔も見せてあげられた。さっちゃんが1才になったのを見届けて、ありがとう、学をよろしくねって、笑顔で息を引き取った」

私の顔を見ながらそう言って、お母さんは寂しそうな顔を見せる。それを見て、私もそれにつられるように、目が熱くなっていった。

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