年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月までー月の名前ー

玖羽 望月

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さっきまでの重苦しい空気など、全部、綺麗さっぱり吹き飛んだ。ついこの前会ったとき、結婚どころか付き合っていることも匂わせていなかった2人が、突然結婚すると言いだすなんて。

「明日香、竹内の次男坊とか?」

さすがにお父さんも目を丸くしながら明日香ちゃんに尋ねている。

「あんた次男だったんだ」

笑いながら振り返り健太にそう言うと、健太は「そうですね!」とヤケクソ気味に返事をしていた。

「待って。2人、付き合ってたの……?」

私はまだ呆然としながら明日香ちゃんに尋ねると、今度は私のほうを向いて笑顔を見せた。

「えーと、さっき付き合い始めたとこ」
「さっき?え、でも結婚って!」

正直、私達よりジェットコースターな展開に私は頭が付いていかない。
そんな私を見ながら、明日香ちゃんはニッコリ笑うと、今度はお父さんのほうを見た。

「昔ね、おじさんに言われたこと思い出したんだ。高校の頃、進路に悩んでた私に言ったこと、覚えてる?」
「いや……?なんだったかな」

お父さんは記憶を探るように宙に視線を送るがわからないようだった。

「頭で考えても答えはでない。悩むならまず動いてみろ、意外と上手く行く。って、言ってくれたんだよね。私、あの時悩みすぎて頭がパンクしそうで。おじさんにそう言われて気持ちが軽くなった。で、本当に意外と上手くいってるのよ。今もね?」

そんな出来事があったなんて知らなかった。確かに明日香ちゃんは進路に悩んでる時期があった。けど、いつの間にかスッキリした顔になっていたのを覚えている。

「そう言えば……そんなこともあったな」

お父さんは思い出したのか、懐かしそうな顔で明日香ちゃんにそう言った。

「だからね、今も悩むくらいなら進んでみようかなって思って。だから私から言ったの。結婚してって」

柔かにそう言う明日香ちゃんは、凄く幸せそうで綺麗だった。見てるこっちも幸せな気分になるくらい。

「って、逆プロポーズ?やるなぁ明日香さん!健太君、もう尻に敷かれる感じかよ~」

真琴は自分の横に座る健太を、茶化しながら肘で押している。

「本当にな。そんな未来しか見えねーけど、ま、仕方ない。明日香は前からこんなやつだしな」

そう言って開き直るように言う健太の顔は満更でもなさそうだ。けれど、そう言われた明日香ちゃんのほうは顔を真っ赤にしている。

「急に名前で呼ばないでよ!さっきまで斉木だったのに!」

そう叫びながらも、とっても可愛いらしい明日香ちゃんに、皆から笑い声が漏れていた。

「おめでとう、明日香ちゃん、健太君。お幸せに」

隣で睦月さんが、自分のことのように幸せそうに微笑みながらそう言うと、2人は照れ臭そうに「「ありがとうございます」」と口を揃えた。
そんな様子を見ながらお母さんは立ち上がると「せっかくだから2人ともご飯食べて行って?色々とお話し聞きたいわ」と声を掛けた。

「おばさん、いいの?もしかしてお取り込み中だったんじゃ……」
「いいのいいの。ね?さっちゃん。先にご飯にしましょう?手伝ってくれるかしら」

お母さんは何事もなかったように笑みを浮かべてそう言う。確かにこの雰囲気のなか、さっきの話の続きなどできそうになかった。

「わかった……」

そう言って立ち上がろうとすると、前から「おい。お前」とお父さんの声がする。

「俺、ですか?」

お父さんが見ていたのは睦月さんで、睦月さんは表情を硬くしてそう答えた。

「車、運転できるか?」
「はい。いつも運転してます」

その答えを聞くと、お父さんはすぐ近くにあった棚から車の鍵を取り、背中側に置いていた松葉杖を手にした。

「ちょっと顔貸せ」

眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにそう言うとお父さんは立ち上がった。

「はい」

睦月さんも立ち上がろうと体を起こしている。

「待ってよ!どこ行くの?私もっ!」

一緒に行く、と言う前に、スッとお母さんが私の腕に触れた。

「さっちゃん?男同士の話もあるのよ。大丈夫だから行かせてあげなさい?」

やんわりとそう言われて、私は戸惑いながら「でも……」と答える。お母さんは大丈夫だと言うけど、お父さんが睦月さんに何かするんじゃないかと気が気じゃない。けれど不安そうにしている私に、睦月さんはお母さんと同じくらい優しい笑みを見せた。

「美紀子さんの言う通りだよ。俺も学さんと話ししたかったし、心配しないで待ってて」

そんな私達の後ろを、お父さんは慣れた足取りで松葉杖を突きながら通り過ぎる。

「おい、行くぞ」

背中を向けたままお父さんはそう言い、それから「美紀子。先に飯、食っててくれ」とだけ言うと部屋を出て行った。

「じゃあちょっと出てくるね」

睦月さんは立ち上がり、見上げていた私の頭をそっと撫でてそう言った。

「いってらっしゃい……。気をつけて」

まだ心配だけど、私は送り出すことしかできない。睦月さんは私を見てニッコリ微笑むと、お父さんに続き部屋を後にして行った。

「さ。さっちゃん。今のうちにご飯の用意してしまいましょう?」

なんとなく嬉しそうなお母さんに、私は「うん……」と力なく返事をした。
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