年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月までー月の名前ー

玖羽 望月

文字の大きさ
上 下
112 / 183
29

3

しおりを挟む
「さっちゃんの家ってどのあたり?」

進行方向の左側に広がる松林の隙間から海を臨む幹線道路を走っていると、不意に睦月さんに尋ねられる。
凄いタイミングで聞かれちゃったな、と思いながら私はそれに答える。

「実はもう少し先を右に入ったところなの」

実家は海の近くの住宅街。この幹線道路を挟んですぐのところで、本当に海の近くで育ったのだ。同じ市内でも、明日香ちゃんの家はどちらかと言えば山が近くて、うちに遊びに来ると海の近さを珍しがっていた。

「そっか……。……凄い偶然」

また窓の外に目をやっていた私の耳に、睦月さんが何か呟いたのが聞こえたが、よく聞き取れなかった。
もしかしたら、さっきからの続きかなぁと、私はあえて何も聞かずそのまま外を眺めた。

だいたい予定通りに病院に着いた。日曜日で外来はやってないから、お見舞いに来る人用の通用口から中に向かう。着く直前に真琴に連絡を入れるとすぐに『もう下にいる』と返事が帰って来ていた。

本当に……なんだろう?嫌な話じゃなきゃいいんだけど……

急に不安になってきて睦月さんの顔を見上げると、何も言わなくても察してくれて、ギュッと私の手を握ってくれた。

「咲月!」

待合コーナーに着くと、ソファに座っていた真琴が立ち上がり手を振る。隣にはお母さんの姿もあった。

「真琴!お父さんは?大丈夫なの?」

なんとなく疲れた顔をしている真琴に駆け寄ると真っ先にそう尋ねた。

「大丈夫だよ。ピンピンしてるから安心して」

そう言われて、私は本当に肺の空気がなくなるんじゃないかっていうくらい息を吐いて安堵した。

「良かった……。けど、話したいことって?」

私がそう言うと、真琴は決まりの悪そうな顔をして黙ってしまう。

「さっちゃん、こんなところで立ち話するのも……。向こうでお話ししましょう?」

私達の様子を見守っていたお母さんが、穏やかに私にそう言ってからまた続ける。

「それに……早くさっちゃんの彼氏さんを紹介して欲しいわ?」

もの凄く期待したようにニコニコしながら言うお母さんに、ハッとして後ろを振り返る。
睦月さんも、お母さんと同じくらい穏やかに笑みを浮かべていた。

「初めまして。岡田睦月といいます。咲月さんとお付き合いさせていただいているにもかかわらず、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」

休憩スペースになっている、自動販売機とテーブルが並ぶと一角に私達は座っていた。
睦月さんはまず、私の前に座るお母さんに丁寧にそう言うと頭を下げていた。

「母の美紀子です。咲月がいつもお世話になってるみたいで……。真琴からも、竜二君からも色々と話は聞いてます」

お母さんは穏やかに笑みを浮かべて睦月さんにそう言った。

おじさん……。お父さんには黙っててって言ったぶん、お母さんに色々話してそうだなぁ……。それに、真琴も一体何を喋ったのやら……と私はその顔を見て思う。

「とんでもない。それに、竜二さんにも良くしていただいてます」

あまり見ない、睦月さんのかしこまった姿。やっぱり大人だなぁ……と、私は隣にいる睦月さんを見上げた。

「噂通りの素敵なかたで良かったわ。これからも咲月のこと、よろしくお願いします」
「こちらこそ……。また改めて、正式にご挨拶には伺わせていただきます。それより……お父さんは大丈夫なんですか?」

正式に挨拶、と言う言葉に急に実感が湧いて顔が熱くなりそうな私を置いてけぼりにして、2人の間には穏やかな空気が流れている。この2人はちょっと雰囲気が似てるかも知れない。

「えぇ。ちょっと右足を骨折した以外はかすり傷ですみました」

そこでお母さんはニッコリ笑ってみせた。
と言うか……お母さん、もしかして……

「何か怒ってる?」

私はお母さんについそう言ってしまう。

この感じ。子どもの頃、真琴と奈々美ちゃんと3人で黙って海に遊びに行って、ずぶ濡れになって帰った時を思い出す。しかも、奈々美ちゃんの帽子が海に落ちて、通りすがりの人に拾って貰ったことも白状させられ、それはそれは穏やかに、かつ、こってりと絞られたのだ。
お母さんが声を荒げるようなことはない。けれど本気で怒っているときは、静かな怒りのオーラが背中から見えるような気がする。

「あらまぁ、さすがさっちゃん。そうね、お父さんには本当に怒ってるわよ?」

まったりとそう言うお母さんの横で、真琴は顔を引き攣らせていた。

「あのさ、それを先に話しとこうと思ってさ……」

真琴が言いづらそうに話を切り出す。

「母ちゃん、俺から話していい?」
「えぇ」

お母さんは微笑みを浮かべたまま真琴に向いて頷いた。

「えーと、父ちゃん、すでに母ちゃんにむちゃくちゃ説教されて凹んでるから、咲月はあんま怒るなよ?」

そう前置きされて真琴が話し出したのは、お父さんの事故が起こった原因だった。


──そして。

真琴を先頭にお父さんの入院している部屋に向かう。真琴が立ち止まった扉の上を見上げると、4人分の名前が入るプレートのうち3人は埋まっている。そしてそのうちの1つが『綿貫わたぬきまなぶ』となっていた。

大きな持ち手のついた広い引き戸を真琴は開け、私は中に入る。手前2つのベッドは使っている様子だが誰もいない。そしてその奥の左側の窓際にお父さんの姿はあった。
布団から見える右足は聞いていた通りにギプスで固定されていて、お父さんはベッドを斜めにしてそこに凭れていた。

「おぉ!咲月!」

軽い調子でそう言って手を挙げるお父さんに、私はツカツカと歩み寄った。

「お父さんっ!!一体どう言うことなの⁈徹夜で麻雀してから仕事行って、挙げ句の果てに居眠り運転なんて!!」

怒るなと言われても私はお母さんほど穏やかじゃないし、人間も出来てないと自覚してる。さすがに聞かされた内容に怒りが湧いて、自業自得じゃないの!って思ってしまう自分がいて、つい声を荒げてしまった。

「いや……ほんと……。すまん」

見たこともないくらい落ち込んでいるその顔の額には傷があるのかガーゼが貼られている。

「いろんな人に迷惑かけて、心配させたんだよ?わかってるの?私だってっ……」

そこまで言うと言葉が詰まる。目の奥があっという間に熱くなってきて、ボロボロと涙が溢れた。

「私だって、凄く……心配したんだよ?お父さんに……もしものことがあったらって」

涙声でそう言って俯くと、私の頭をお父さんのゴツゴツした手が撫でていた。

「悪かったな、咲月。心配かけて」
「……本当だよ」

鼻を啜りながら私が答えると、何故かピタリと私の頭を撫でていた手が止まった。

「咲月……」
「何?」

私が顔を上げお父さんを見ると、お父さんは私じゃなく、その向こう側を見ていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月
恋愛
 親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。  なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。  そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。  が、それがすでに間違いの始まりだった。 鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才  何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。 皆上 龍【みなかみ りょう】 33才 自分で一から始めた会社の社長。  作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。 初出はエブリスタにて。 2023.4.24〜2023.8.9

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...