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「さっちゃん、先に着替えておいでよ。お風呂入れとくよ」
玄関先でそう言って、ようやく下りてくれたかんちゃんを連れだって奥のリビングへ向かう。さっちゃんは、「うん」と返事をすると手前にある寝室に入って行った。
ゲージに水を入れ、かんちゃんが飲んでいる間に、すでに洗ってあるお風呂のお湯張りのボタンをキッチンで押す。
挨拶に行く日取りもまだはっきり決めてないし、そろそろ飛行機の予約もあるから考えないと。それに引っ越しのことと、それから……と俺は一人色々と思案を巡らす。
とりあえず、さっちゃんと相談だよね?と、自分も着替えをしに寝室に向かった。
扉をノックすると返事はないが、話し声が聞こえてきた。
誰かと電話?入らないほうがいいかな?と思いながらも、様子だけ確認しようとドアを開けて中を覗きこんだ。
さっちゃんはもう着替えていて、スマホを耳に当てこちらを向いていた。けれど、その様子は明らかにおかしい。
さっちゃんは俺の顔を見ると、真っ青な顔で「……睦月さん……」と呟く。けれど手に力が入らないのか、その手に持っていたスマホは指をすり抜けて、ゴトリと鈍い音を立てて床に落ちた。
「さっちゃん?」
慌ててさっちゃんのもとに駆け寄り、そのスマホを拾う。その画面には『真琴』と表示されていた。
「ごめん、俺出るね」
震えているさっちゃんを片手で腕に収め、その背中を摩りながらスマホを耳に当てた。
「もしもし?真琴くん?睦月だけど、何かあった?」
『あ、睦月さん!よかった。急に電話が途切れたから。……あの、今咲月にも伝えたんですけど……。父が事故って病院に運ばれたって連絡があって。俺は今から母を連れて行きます。容態も全く分からないんですけど、咲月に伝えとこうと思って』
予想もしていなかったことを聞かされ、俺は動揺を隠せずさっちゃんの背中を抱き寄せていた。
「明日、さっちゃんを連れてそっちへ行く。何時になるか分からないけど」
俺がそう真琴君に言うと、電話の向こうからと、目の前から「『えっ?』」と聞こえてきた。
『でも!もしかしたらかすり傷かも知れないし、わざわざ来てもらうなんて!』
「それならそれで安心できるでしょ?だから行くよ。また連絡するから」
『……ありがとうございます、睦月さん。咲月を……お願いします」
「任せて。真琴君はお父さんとお母さんに付いててあげて」
努めて冷静を装ってそう言うと、真琴君から『はい。じゃあ……』と返ってきて電話は切れた。
「さっちゃん。と言うことだから、明日できるだけ早い飛行機探すよ」
ようやくそこで上げたその顔は、涙に濡れている。
「お父さん……大丈夫かな……」
震えながら声を絞り出したその顔を見て、俺は胸が痛んだ。嫌でも、遠い昔弟に同じことを尋ねられたときを思い出してしまう。
『お母さん、大丈夫だよね?』
『大丈夫だよ。きっと』
けれど母は家に帰ることはなかった。まだ幼かった弟には『兄ちゃんの嘘つき!』と泣き叫ばれた。
だから、安易に大丈夫だとは言えない。今言えるのは、
「お父さんを信じよう……」
それだけだった。
それに涙を零しながらも、さっちゃんはゆっくり頷いた。
「さっちゃん。こんな時間だけど、かんちゃん預かってもらうあてある?」
しばらく黙ってさっちゃんの背中を摩って、少し落ち着いたのを見計らってそう尋ねる。
連れて行けないわけじゃないけど、そうなると今度はかんちゃんの身が心配だ。
「……いつものところに連絡とってみる」
「うん。俺は飛行機の手配するから」
そう言って、さっちゃんをベッドの縁に座らして、頭をそっと撫でる。
「じゃあ、お願いね?俺はリビングに戻るから、落ち着いたらおいで」
「……うん」
さっちゃんは渡したスマホを握りしめて、そう小さく答えた。
玄関先でそう言って、ようやく下りてくれたかんちゃんを連れだって奥のリビングへ向かう。さっちゃんは、「うん」と返事をすると手前にある寝室に入って行った。
ゲージに水を入れ、かんちゃんが飲んでいる間に、すでに洗ってあるお風呂のお湯張りのボタンをキッチンで押す。
挨拶に行く日取りもまだはっきり決めてないし、そろそろ飛行機の予約もあるから考えないと。それに引っ越しのことと、それから……と俺は一人色々と思案を巡らす。
とりあえず、さっちゃんと相談だよね?と、自分も着替えをしに寝室に向かった。
扉をノックすると返事はないが、話し声が聞こえてきた。
誰かと電話?入らないほうがいいかな?と思いながらも、様子だけ確認しようとドアを開けて中を覗きこんだ。
さっちゃんはもう着替えていて、スマホを耳に当てこちらを向いていた。けれど、その様子は明らかにおかしい。
さっちゃんは俺の顔を見ると、真っ青な顔で「……睦月さん……」と呟く。けれど手に力が入らないのか、その手に持っていたスマホは指をすり抜けて、ゴトリと鈍い音を立てて床に落ちた。
「さっちゃん?」
慌ててさっちゃんのもとに駆け寄り、そのスマホを拾う。その画面には『真琴』と表示されていた。
「ごめん、俺出るね」
震えているさっちゃんを片手で腕に収め、その背中を摩りながらスマホを耳に当てた。
「もしもし?真琴くん?睦月だけど、何かあった?」
『あ、睦月さん!よかった。急に電話が途切れたから。……あの、今咲月にも伝えたんですけど……。父が事故って病院に運ばれたって連絡があって。俺は今から母を連れて行きます。容態も全く分からないんですけど、咲月に伝えとこうと思って』
予想もしていなかったことを聞かされ、俺は動揺を隠せずさっちゃんの背中を抱き寄せていた。
「明日、さっちゃんを連れてそっちへ行く。何時になるか分からないけど」
俺がそう真琴君に言うと、電話の向こうからと、目の前から「『えっ?』」と聞こえてきた。
『でも!もしかしたらかすり傷かも知れないし、わざわざ来てもらうなんて!』
「それならそれで安心できるでしょ?だから行くよ。また連絡するから」
『……ありがとうございます、睦月さん。咲月を……お願いします」
「任せて。真琴君はお父さんとお母さんに付いててあげて」
努めて冷静を装ってそう言うと、真琴君から『はい。じゃあ……』と返ってきて電話は切れた。
「さっちゃん。と言うことだから、明日できるだけ早い飛行機探すよ」
ようやくそこで上げたその顔は、涙に濡れている。
「お父さん……大丈夫かな……」
震えながら声を絞り出したその顔を見て、俺は胸が痛んだ。嫌でも、遠い昔弟に同じことを尋ねられたときを思い出してしまう。
『お母さん、大丈夫だよね?』
『大丈夫だよ。きっと』
けれど母は家に帰ることはなかった。まだ幼かった弟には『兄ちゃんの嘘つき!』と泣き叫ばれた。
だから、安易に大丈夫だとは言えない。今言えるのは、
「お父さんを信じよう……」
それだけだった。
それに涙を零しながらも、さっちゃんはゆっくり頷いた。
「さっちゃん。こんな時間だけど、かんちゃん預かってもらうあてある?」
しばらく黙ってさっちゃんの背中を摩って、少し落ち着いたのを見計らってそう尋ねる。
連れて行けないわけじゃないけど、そうなると今度はかんちゃんの身が心配だ。
「……いつものところに連絡とってみる」
「うん。俺は飛行機の手配するから」
そう言って、さっちゃんをベッドの縁に座らして、頭をそっと撫でる。
「じゃあ、お願いね?俺はリビングに戻るから、落ち着いたらおいで」
「……うん」
さっちゃんは渡したスマホを握りしめて、そう小さく答えた。
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