年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月までー月の名前ー

玖羽 望月

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時間はまもなく夜8時。
30分ほど前にさっちゃんから、もうすぐ終わると連絡が入っていたけど、実はその時点でもう会場近くの駐車場に車を停めて、俺は店の前をウロウロしていた。

「もうそろそろかなぁ」

少し離れた場所で、犬の散歩を装いながらかんちゃんと様子を伺う。
店からは少しずつ人が出て来始めていて、店の外でもいくつかのグループになってワイワイと固まっていた。

ほんと、ストーカーばりの自分の行動に引いてしまいそうだ。こんなこと、付き合った相手にしたことなかった。その相手が、どこで何をしていようが自由だし、特に気にしない。そう思っていたはずなのに、それがさっちゃんになると途端に余裕がなくなってしまう。自分でも馬鹿みたいだと思うけど、それを止められないでいた。

いつか、信用ないのかって嫌がられそう……

そう思うけど、このところ現場でもさっちゃんを見る目が変わってきている男もいて、気が気じゃないのだ。

そんなことをグルグル考えていると、歩道の隅に立っている俺の足元に座っていたかんちゃんが、起きあがってソワソワし始めた。

店の外には二次会に向かうのか、一塊りの団体の姿があり、その中の人に手を振っているさっちゃんの姿があった。
かんちゃんは、『来たよ?』と言わんばかりに俺を見上げてハフハフ言っている。

「こっち側に来るはずだから待ってよ?」

駐車場の場所は伝えてあるから、真っ直ぐに向かうならこちらに歩いてくるはずだ。

まださっちゃんだとかろうじてわかるくらい離れているから、俺達にはすぐには気づかないだろう。

近くまで来たら声かけよ。驚くかな?

なんて思いながらその様子を見守っていたけど、驚かされたのは俺のほうだった。

さっちゃんが、男と2人で並んで歩き始めたから……。

かんちゃんは行き交う人を気にすることなく、さっちゃんめがけてリードを引っ張る。仕方なく俺はそれに従いさっちゃんのほうへ歩き出した。
さっちゃんは、そのスーツ姿の男と楽しげに話をしているようで、邪魔しちゃ悪いかなぁ……と思っていると、先にかんちゃんは『僕に気づいて』とばかりに吠え始めてしまった。

こんな街中、それも夜に犬を連れている人間などいるはずもなく、周りが一斉にこちらを向いた。もちろんさっちゃんも。
けれど、その隣の人物も同じように顔を上げたおかげで、それが誰かわかった。意外ではあったけど。

「かんちゃん?睦月さんも!」

さっちゃんは俺の姿を見つけると、そう言いながら笑顔で駆け寄ってきてくれた。

「ごめん。こんなところまで来ちゃって」

かんちゃんが嬉しそうに尻尾を振りながらさっちゃんにしがみついているのを横目に、決まりの悪い表情を浮かべて俺がそう言うと、さっちゃんは首を振った。

「ううん、いいの。それに睦月さんに会いたいって……」

さっちゃんがそこまで言うと、後ろからその人が真面目な顔してやって来た。

「お久しぶりです。睦月さん」
「こちらこそ。……健太君って……さっちゃんと同じ高校だった……?」

真っ先に疑問に思ったことを俺は尋ねる。確か……中学までって聞いてた気がしたから。

「いえ。違います。これには色々と理由わけがあって。……の前に、俺、睦月さんにお礼言いたくて」
「お礼?」
「はい。まずは、この前俺の分までご馳走になって、ありがとうございました。それから……」

そう言うと健太君は一旦言葉を止めて、大きく深呼吸した。

「睦月さんのおかげで、咲月とまた幼なじみに戻ることができました。本当にありがとうございます!」

そう言って健太君は、俺に深々と頭を下げたのだった。


◆◆


「本当、すみません。俺まで送ってもらっちゃって」

車の後部座席から健太君の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。

「いいのいいの。そんなに遠くでもないし気にしないでよ」

前を向いてハンドルを握ったまま俺はそう答える。
健太君は、俺にお礼だけ言ってすぐに帰るつもりだった、と言ったけど、せっかくだからと家まで送ることにした。
聞けば、俺の家は通り過ぎるけど、同じ方向で、車でほんの20分程行った場所だった。

「なぁ、その犬、もしかして咲月の犬?」

かんちゃんを膝に乗せて助手席に座るさっちゃんに、身を乗り出すようにして健太君は尋ねた。かんちゃんのほうは夜の街が珍しいのか、健太君を気にすることなく外を眺めている。

「そう。一人暮らししたら犬飼うのが夢だったから」
「だよな。咲月んちのおじさん、ほんと犬嫌いだったもんな。知ってるか?その理由。昔、うちの実家で飼ってた犬が原因らしいぞ?」

健太君がそう言うのに振り返りながら、さっちゃんは「そうなの?だから小さい頃、お父さん健太の家に行くの渋ってたんだ!」と笑いながら返していた。

本当に……良かったな、と2人を見て思う。さっちゃんは子どもの頃に健太君に言われたたった一言に、トラウマになるくらい傷ついた。でも今ではそんなことがなかったみたいに笑い合ってるのを見ていると、きっと謝られただけじゃなくて、さっちゃん自身が自分でトラウマを乗り越えたんだなぁと俺は感じた。

「あ、そうだ!」

2人の会話を微笑ましく思いながら運転していると、健太君が急に思い付いたように声を上げた。

「睦月さんにお願いしたいことがあるんですよ」

ミラー越しに見える健太君の顔は、なんだかワクワクしているように見えた。
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