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あの日は、母と一緒に過ごした最後の誕生日だった。

夜中、目が覚めてしまい自分の部屋のあった2階から1階に降りると、リビングから灯りが漏れていた。

「睦月と朔のお嫁さんが見られないのは残念ね。きっと2人とも可愛らしいお嬢さんと結婚してくれるわね」

そっと中の様子を見ると、テーブルに向かい合って座る父と母の姿があった。そして、母は笑いながらそんなことを言って、を手にした。

「そんなこと言うな。……きっと見られるさ……」

母とは対照的な暗く沈んだ父の声がして、俺はその場から逃げるようにそこを離れた。

そして、母は次の誕生日を迎えることなく亡くなった。母はあの時きっと、もう先が長くないのを察していたのだと思う。
母のお葬式の日、父も俺も泣くことが出来なかった。まだ小さかった朔だけが、俺達の代わりとばかりにワンワン泣いていたのを今でもよく覚えている。
その日の夜。父は、母に渡した最後のプレゼントを取り出して紅茶を淹れた。

「これが最後になるなら、もっと早く渡せばよかったな……」

力なくそう言って、父はそれを持ち上げ口に運んだ。時折、溢れる雫が紅茶に吸い込まれていくのを、俺はただ見つめていた。


◆◆


「違うんだ……。実家に同じものがあって……」

ようやく声を絞り出すように俺はそう言う。
有名な食器メーカーのティーカップ。ギリシャ神話にヒントを得てデザインされたと言うそのテーマは、愛の絆。

父は後々、これを見ながら俺に言った。「何か気恥ずかしくて、なかなか渡せなかった」と。父は、まさかこれが最後になるなんて思っていなかっただろうから。

でもさっちゃんはこれを最初に選んで贈ってくれた。それだけで、この上なく幸せだ。

「……睦月さん……」

隣から小さくさっちゃんの声がしたと思うと、ふわっと俺の首にさっちゃんの腕が回り、俺は横から抱きしめられていた。

「お母様との……思い出の品だったんですね……」

背中から、泣きそうに震えるさっちゃんの声がして、その指は俺を慰めるように俺の頭を撫でていた。

「うん……。そう」

鼻を啜りながら、俺も腕を伸ばしてさっちゃんの背中を撫でる。

「ごめんね。俺、さっちゃんの前じゃ見っともない姿ばっかり見せてるよね」

自分でも分かるくらい鼻にかかった声でさっちゃんにそう言うと、さっちゃんは俺の顔の横で首を振った。

「そんな事ないです……。睦月さんがいろんな表情を見せてくれて、私は嬉しいです」

あぁ。本当に……愛しい……

そんな気持ちが湧き上がってくる。

膝に乗せていたティーカップを落とさないようテーブルに置くと、俺は両手でさっちゃんを抱きしめた。

しばらくさっちゃんを抱きしめてその背中を撫でていると、ようやく気持ちが落ち着いてくる。
ヤカンからピーとお湯が沸いたことを知らせる音が聞こえてきて、俺はようやく我に返った。

「ごめんね。紅茶淹れるよ。あんまり遅くなったらかんちゃんに悪いしね?」

そう言ってさっちゃんの肩に触れ、体を離そうとすると、さっちゃんは俺の首にしがみついたまま口を開いた。

「今日……かんちゃん、人に預かってもらってるんです……」

首筋をさっちゃんの温かな吐息が撫でる。もちろんそれがワザとじゃないくらい分かっている。けれど、その行為と、そしてその言葉に煽られるように俺の背中はゾクリとした。

今度は、俺の方からまだ離れていないさっちゃんの耳元で囁く。

「それって……今日は帰らなくってもいいってこと……?」

俺の言葉に、さっちゃんは一瞬肩を揺らし、そして無言で頷いた。
それだけで、俺の体が熱を帯びていっているなんて、さっちゃんは想像もしないだろう。何気ない行動に、俺が煽られてるなんて。

「さっちゃん……こっち、向いて?」

俺の言葉に素直に従い、さっちゃんはゆっくりと体を起こした。

「ほんとに……いいの……?」

その頰を撫でるように手で触れる。恥ずかしそうに上気した頰が熱を持ち朱色に染まっている。

「……はい。朝まで……一緒に過ごしたいです……」

涙が零れ落ちてくるんじゃないかと思うくらい潤んだ瞳を向けられてそんなことを言われたら、もう止まることなんて出来ない。

「睦月さ、っ、ン!」

名前を呼び終わる前にその唇を塞ぐ。甘く、柔らかな唇に噛み付くように自分の唇を重ねると、そのまま隙間から舌を差し入れた。歯列をなぞるように口の中を愛撫すると、力が抜けたようにそこは開かれ、俺はさらにその奥へと進んだ。

「っふ、んぁ……」

鼻から抜けるような甘い声がして、俺の腕に捕まるさっちゃんの指に力が入る。
今までもこうしてキスはしてきたけど、たぶん今が一番荒々しく求めていると思う。戸惑っているようなさっちゃんの舌を捕まえて、舌先を絡めると、おずおずとそれに応えてくれる。
時々息継ぎをするように隙間を開けて、お互い熱い息を漏らすと、また求め合う。

「ふ、ぅ、んっ……っ」

差し出してくれた柔らかな舌を淫らな音を立てながら吸うと、よりギュッとその指に力が入った。

気持ち良すぎてどうにかなりそう……

そんなことを思いながら、名残り惜しげに唇を離す。
口紅は取れてしまっているはずなのに、紅をさしたような艶やかな唇。それを指でなぞりながら、俺は口を開く。

「さっちゃんを……先に味わいたいんだけど。いい?」
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