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「え、と、おじさん?」
焦って変な汗が出そうになりながらそう返すと、おじさんは不思議そうな顔をしてみせた。
「なんだ、違うのか?奈々美が、兄さんも一緒に遊びに行ったって言ってから、てっきりそうだと……」
私はそれを聞いてガックリ肩を落とす。
奈々美ちゃんに口止め必要だったか……
そして私は、もっと聞かせてはいけない人を思い出した。
「おじさん!この話、お母さんには……」
「いや、まだしてないけど。なんだ、言っちゃダメだったか?」
「ダメだよ!お父さんの耳に入ったら、こっちに飛んで来そうじゃない!」
私は思わず勢いよくそう言ってしまう。お母さんはともかく、お父さんが知ったら、どんな相手だと大騒ぎしそうだ。なんか……そんな気がする。
「まー……そうだな。学ならやりそうだなぁ」
お父さんを想像しているのか、しみじみと上を向いておじさんは言っている。
「でしょ?だから、睦月さんのことはナイショにして欲しいの。お願い!」
そう言って私はおじさんに向かって手を合わすと、おじさんは豪快に笑いだした。
「わかった、わかった。まぁ、またゆっくり店に来たらいい。奈々美も世話になったしサービスするから」
ホッとしながら「うん。ありがとう。睦月さんにもそう伝えておく」と答えて店を後にした。
よかった……。おじさんが話しちゃう前で……
次の目的地まで歩きながら、私は胸を撫で下ろしていた。
もちろん、ちゃんと紹介はする。けど、私に聞くより先に、他の人から付き合っている人がいる、なんて聞いたらお父さんが臍を曲げかねない。
先にお母さんに話しといた方がいいかなぁ
そんなことを思いながら、私は次の店、ケーキ屋さんに向かっていた。
予定のものを全て揃えて、私はタクシーで睦月さんの家に向かう。
睦月さんが帰ってくるのは早くて6時だと聞いた。今は4時前で、とにかく家に着いたら先にご飯の用意をしてしまおう、と思った。
マンションのエントランス前で下ろして貰い、そこからオートロックの扉を抜ける。
初めて使うこの鍵。まだまっさらでほとんど傷はない。
今日、睦月さんは仕事が少し遅くなると前々から聞いていた。けど、会いたいって言われた時、私はご飯を作って睦月さんを出迎えたいなって思ったのだった。
でも、いざ「鍵を貸してください」って言おうと思ったら、図々しいんじゃないかってなかなか言い出せなかった。
そんな私の気持ちを見透かすように、睦月さんは鍵を差し出してくれた。
それを受け取ったあと、私は「帰りには返します」と言ったけど、睦月さんは「ずっと持ってて」と優しく微笑みながら私に言ってくれたのだった。
誰もいないことは分かってるけど、やっぱりドキドキしながら、家の鍵を開けて中に入った。
「お邪魔します……」
そう言って私は靴を脱ぎ家に上がる。そして、靴箱の中に入ってる自分用のスリッパを取り出した。
年末、睦月さんが買ってくれたもの。
あの時、結局他にもたくさん買ってもらってしまった。エプロンも、お茶碗も、お箸も、全部私のために。
でもそれは、睦月さんとお揃いってわけではない。なんだか気恥ずかしくて、お揃いのものが欲しい、とは言えなかったし、睦月さんからも、そうしない?とは言われなかった。
だから……今日は、お揃いにするために、あえて家から持って来たものがあるのだ。
スーツケースを持ち上げて、一番奥まで進み扉を開けると、いつものようにキチンと整頓されたリビングがそこにあった。
ふと、ダイニングテーブルに目をやると、何かが置いてあるのが見えた。
メモ……?
手に取ってみると、
『さっちゃんへ 家にあるものはどれでも遠慮なく使ってね。睦月』
と書いてあった。
意外に可愛らしい字で、思わずふふっと笑ってしまう。
記念に残しとこ、なんて思いながら荷物を開けて、いつも持ち歩いているスケジュール帳にそれを挟んだ。
さ、ご飯の用意始めなきゃ!
私はスーツケースの中から保冷バックを取り出してキッチンへ向かった。
いつも置いてくれている棚に、今日もきちんとアイロンがかかった私のエプロンがある。ダークブラウン一色だけの可愛らしさは全くないもの。なのに、買って初めて付けてみせたとき、睦月さんは「可愛い、可愛い」と、しきりに私を褒めてくれた。
いったい今まで何回、睦月さんに可愛いって言われたかな……
もう数え切れないくらい、睦月さんは私に可愛いって言ってくれている。それも、ちゃんと全部本気だと思う。
睦月さんがどんな私でも『可愛い』と言ってくれるから、私はだんだんと、『そのままの自分でいいんだ』って思えるようになれた。至って普段通りの私でも、睦月さんは可愛いって言ってくれるから。
でも……。時々耳元で「可愛い……」って囁かれるのは、心臓に悪い。
ご飯を作っている最中なのに、そんな睦月さんを思い出しただけで体がさぁっと熱を持つ。何かが背中を這っていくような、あの感覚。
その先に何が待っているのか、怖いけど、知りたい、とも思う。
それを教えてくれるのは、睦月さん……、だよね……?
手にレタスを持ったままぼんやりと考えてしまう。ボールに出していた水が溢れて、シンクを流れ始めた音で、私はようやく我に返った。
焦って変な汗が出そうになりながらそう返すと、おじさんは不思議そうな顔をしてみせた。
「なんだ、違うのか?奈々美が、兄さんも一緒に遊びに行ったって言ってから、てっきりそうだと……」
私はそれを聞いてガックリ肩を落とす。
奈々美ちゃんに口止め必要だったか……
そして私は、もっと聞かせてはいけない人を思い出した。
「おじさん!この話、お母さんには……」
「いや、まだしてないけど。なんだ、言っちゃダメだったか?」
「ダメだよ!お父さんの耳に入ったら、こっちに飛んで来そうじゃない!」
私は思わず勢いよくそう言ってしまう。お母さんはともかく、お父さんが知ったら、どんな相手だと大騒ぎしそうだ。なんか……そんな気がする。
「まー……そうだな。学ならやりそうだなぁ」
お父さんを想像しているのか、しみじみと上を向いておじさんは言っている。
「でしょ?だから、睦月さんのことはナイショにして欲しいの。お願い!」
そう言って私はおじさんに向かって手を合わすと、おじさんは豪快に笑いだした。
「わかった、わかった。まぁ、またゆっくり店に来たらいい。奈々美も世話になったしサービスするから」
ホッとしながら「うん。ありがとう。睦月さんにもそう伝えておく」と答えて店を後にした。
よかった……。おじさんが話しちゃう前で……
次の目的地まで歩きながら、私は胸を撫で下ろしていた。
もちろん、ちゃんと紹介はする。けど、私に聞くより先に、他の人から付き合っている人がいる、なんて聞いたらお父さんが臍を曲げかねない。
先にお母さんに話しといた方がいいかなぁ
そんなことを思いながら、私は次の店、ケーキ屋さんに向かっていた。
予定のものを全て揃えて、私はタクシーで睦月さんの家に向かう。
睦月さんが帰ってくるのは早くて6時だと聞いた。今は4時前で、とにかく家に着いたら先にご飯の用意をしてしまおう、と思った。
マンションのエントランス前で下ろして貰い、そこからオートロックの扉を抜ける。
初めて使うこの鍵。まだまっさらでほとんど傷はない。
今日、睦月さんは仕事が少し遅くなると前々から聞いていた。けど、会いたいって言われた時、私はご飯を作って睦月さんを出迎えたいなって思ったのだった。
でも、いざ「鍵を貸してください」って言おうと思ったら、図々しいんじゃないかってなかなか言い出せなかった。
そんな私の気持ちを見透かすように、睦月さんは鍵を差し出してくれた。
それを受け取ったあと、私は「帰りには返します」と言ったけど、睦月さんは「ずっと持ってて」と優しく微笑みながら私に言ってくれたのだった。
誰もいないことは分かってるけど、やっぱりドキドキしながら、家の鍵を開けて中に入った。
「お邪魔します……」
そう言って私は靴を脱ぎ家に上がる。そして、靴箱の中に入ってる自分用のスリッパを取り出した。
年末、睦月さんが買ってくれたもの。
あの時、結局他にもたくさん買ってもらってしまった。エプロンも、お茶碗も、お箸も、全部私のために。
でもそれは、睦月さんとお揃いってわけではない。なんだか気恥ずかしくて、お揃いのものが欲しい、とは言えなかったし、睦月さんからも、そうしない?とは言われなかった。
だから……今日は、お揃いにするために、あえて家から持って来たものがあるのだ。
スーツケースを持ち上げて、一番奥まで進み扉を開けると、いつものようにキチンと整頓されたリビングがそこにあった。
ふと、ダイニングテーブルに目をやると、何かが置いてあるのが見えた。
メモ……?
手に取ってみると、
『さっちゃんへ 家にあるものはどれでも遠慮なく使ってね。睦月』
と書いてあった。
意外に可愛らしい字で、思わずふふっと笑ってしまう。
記念に残しとこ、なんて思いながら荷物を開けて、いつも持ち歩いているスケジュール帳にそれを挟んだ。
さ、ご飯の用意始めなきゃ!
私はスーツケースの中から保冷バックを取り出してキッチンへ向かった。
いつも置いてくれている棚に、今日もきちんとアイロンがかかった私のエプロンがある。ダークブラウン一色だけの可愛らしさは全くないもの。なのに、買って初めて付けてみせたとき、睦月さんは「可愛い、可愛い」と、しきりに私を褒めてくれた。
いったい今まで何回、睦月さんに可愛いって言われたかな……
もう数え切れないくらい、睦月さんは私に可愛いって言ってくれている。それも、ちゃんと全部本気だと思う。
睦月さんがどんな私でも『可愛い』と言ってくれるから、私はだんだんと、『そのままの自分でいいんだ』って思えるようになれた。至って普段通りの私でも、睦月さんは可愛いって言ってくれるから。
でも……。時々耳元で「可愛い……」って囁かれるのは、心臓に悪い。
ご飯を作っている最中なのに、そんな睦月さんを思い出しただけで体がさぁっと熱を持つ。何かが背中を這っていくような、あの感覚。
その先に何が待っているのか、怖いけど、知りたい、とも思う。
それを教えてくれるのは、睦月さん……、だよね……?
手にレタスを持ったままぼんやりと考えてしまう。ボールに出していた水が溢れて、シンクを流れ始めた音で、私はようやく我に返った。
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