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確かに、クリスマスイブにしたお疲れ様会の時点でまだお付き合いどころか告白もしてなかったのに、お正月を迎えたばかりで『実家』が出てきたら驚きもするか。
まだ着替えが終わったのかわからないから、手だけ止めて振り返らず私は答える。
「挨拶にはさすがに行ってないよ?夜中に初詣に行ったから車置かせて貰っただけで……。弟さんにはお会いしたんだけど」
「へ~。でも弟さんには会ったんだ。睦月君もやるなぁ」
香緒ちゃんは笑いながらそう言って、「さっちゃん、着替え出来たよ」と続けた。
振り返ると、香緒ちゃんは着物の下に着る長襦袢を羽織って立っていた。
「うん。じゃあ始めよう!」
私はそう言って香緒ちゃんの元に向かった。
いつものように私達はお喋りしながら作業を進めた。今日は仕事じゃないし、よりリラックスしている気がする。
香緒ちゃんとこんな風に過ごすようになって長いもんなぁ……
私にとって香緒ちゃんは、仕事仲間と言うよりすっかり友達って言う感覚だ。いつもこうやって香緒ちゃんにメイクをしながら、たわいもない話をしたり、時には相談事をしたりしてきた。
でも、そう言えばこれは聞かなかった。今になって私が気になってしまった事を。
「香緒ちゃん、あのね……。聞いていいかな?」
着物の着付けを終え、香緒ちゃんの部屋のドレッサーの前に座ってもらい、髪を梳かしながら私はそう切り出した。
「何?僕に答えられる事なら何でも聞いて?」
鏡越しに香緒ちゃんが笑いかけてくれて、私は思い切って続きを口にしてみた。
「あの、香緒ちゃん。ご両親に武琉君を紹介した時……反対されなかった?」
あまりにもセンシティブな内容だし、香緒ちゃんからも今までその時の話は聞かなかった。でも、結婚式まで挙げて、ご両親もそこにいらしたのだから、最終的には反対されてはいなかった……と勝手に思っていた。
「ん?あぁ。武琉と一緒にフランスに帰った時ね。まだあれから4ヵ月しか経ってないのかぁ」
その時を思い出すように、香緒ちゃんはしみじみと言っている。それからまた視線を鏡に戻すと、鏡の中の私を見た。
「実は……拍子抜けするくらい、反対されなかったんだよね」
「えっ、そうなの?」
確かに、穏やかで優しそうなご両親だったから頭ごなしに反対するなんて思えなかった。
「うん。あとで父さんに聞いたんだけど、僕って凄く人見知りが激しいって言うか、あんまりたくさんの人と深く付き合おうとしなかったから、そんな僕に愛する人が現れただけで奇跡だって思ったんだって」
奇跡……。確かにそう。
2人は子どもの頃に出会い、別れて、そして再会して結ばれた。それを奇跡と言わずに何と言うんだろう。
でも、私が睦月さんに出会えたのも奇跡なのかも知れない。男の人が苦手で、誰に対してもいつも一歩引いていた私を怖がらせる事なく近づいてくれた人。そして、そんな私を好きだと言ってくれる人。
「でもね、」
髪を結い上げてピンを刺している私に、香緒ちゃんは続けた。
「誰に反対されても、僕たちはもう別れないし、これからもずっと一緒にいようって約束してたんだ。……さっちゃんは違うの?」
そう言われて顔を上げた私と、鏡の中の香緒ちゃんの目が合う。私は手を止めてその香緒ちゃんに向かって首を振った。
「ううん?私も、反対されても睦月さんと一緒にいたい」
私が真剣な顔でそう答えると、香緒ちゃんはふわりと笑う。
「うん。その気持ちがあれば大丈夫だよ。僕は応援するからね?」
「……ありがとう。香緒ちゃん」
本当は不安だった。
うちの両親とのほうが年が近い睦月さんを紹介して、お母さんはともかく、お父さんが手放しで喜んでくれると思えなくて。
でも香緒ちゃんの言う通りで、反対されても私は睦月さんがいい。ううん?睦月さんじゃなきゃダメだって思う。
「にしても、睦月君愛されてるなぁ。ちょっと妬ける」
ふふっと香緒ちゃんは息を漏らして笑いながらそう口にする。
「えっ!香緒ちゃん?」
思いもしない事を言われて驚きながら声を上げる。
「だってさ~。僕と希海の可愛い妹が、あっという間にもっと可愛くなったんだもん。それが睦月君のためだと思うとね?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて香緒ちゃんはそう言った。
「もー!茶化さないでよ!」
頰に熱が帯びるのを感じながら香緒ちゃんに返すと、「本当のことなんだけどなぁ」なんて、私の顔を見ながらクスクスと笑われた。
「香緒ちゃん!続き続き!」
そう言いながら私が仕上げのスプレーを手にすると、香緒ちゃんは背筋を伸ばして鏡に向かう。
「……さっちゃん」
「なぁに?」
香緒ちゃんの髪に目線を落としたまま私はそう答える。
「結婚式、呼んでね?楽しみにしてるから」
私は仕上げを終えて顔を上げる。
「もちろん!決まったら真っ先に教えるから。絶対に来てね!」
まだ親にも紹介してないし、具体的には何も決まってない。でも、いつになるか分からないけど、たとえ式らしい式ができなかったとしても、香緒ちゃんにはその場にいて欲しい。
私の人生を変えてくれた、大切な人だから。
まだ着替えが終わったのかわからないから、手だけ止めて振り返らず私は答える。
「挨拶にはさすがに行ってないよ?夜中に初詣に行ったから車置かせて貰っただけで……。弟さんにはお会いしたんだけど」
「へ~。でも弟さんには会ったんだ。睦月君もやるなぁ」
香緒ちゃんは笑いながらそう言って、「さっちゃん、着替え出来たよ」と続けた。
振り返ると、香緒ちゃんは着物の下に着る長襦袢を羽織って立っていた。
「うん。じゃあ始めよう!」
私はそう言って香緒ちゃんの元に向かった。
いつものように私達はお喋りしながら作業を進めた。今日は仕事じゃないし、よりリラックスしている気がする。
香緒ちゃんとこんな風に過ごすようになって長いもんなぁ……
私にとって香緒ちゃんは、仕事仲間と言うよりすっかり友達って言う感覚だ。いつもこうやって香緒ちゃんにメイクをしながら、たわいもない話をしたり、時には相談事をしたりしてきた。
でも、そう言えばこれは聞かなかった。今になって私が気になってしまった事を。
「香緒ちゃん、あのね……。聞いていいかな?」
着物の着付けを終え、香緒ちゃんの部屋のドレッサーの前に座ってもらい、髪を梳かしながら私はそう切り出した。
「何?僕に答えられる事なら何でも聞いて?」
鏡越しに香緒ちゃんが笑いかけてくれて、私は思い切って続きを口にしてみた。
「あの、香緒ちゃん。ご両親に武琉君を紹介した時……反対されなかった?」
あまりにもセンシティブな内容だし、香緒ちゃんからも今までその時の話は聞かなかった。でも、結婚式まで挙げて、ご両親もそこにいらしたのだから、最終的には反対されてはいなかった……と勝手に思っていた。
「ん?あぁ。武琉と一緒にフランスに帰った時ね。まだあれから4ヵ月しか経ってないのかぁ」
その時を思い出すように、香緒ちゃんはしみじみと言っている。それからまた視線を鏡に戻すと、鏡の中の私を見た。
「実は……拍子抜けするくらい、反対されなかったんだよね」
「えっ、そうなの?」
確かに、穏やかで優しそうなご両親だったから頭ごなしに反対するなんて思えなかった。
「うん。あとで父さんに聞いたんだけど、僕って凄く人見知りが激しいって言うか、あんまりたくさんの人と深く付き合おうとしなかったから、そんな僕に愛する人が現れただけで奇跡だって思ったんだって」
奇跡……。確かにそう。
2人は子どもの頃に出会い、別れて、そして再会して結ばれた。それを奇跡と言わずに何と言うんだろう。
でも、私が睦月さんに出会えたのも奇跡なのかも知れない。男の人が苦手で、誰に対してもいつも一歩引いていた私を怖がらせる事なく近づいてくれた人。そして、そんな私を好きだと言ってくれる人。
「でもね、」
髪を結い上げてピンを刺している私に、香緒ちゃんは続けた。
「誰に反対されても、僕たちはもう別れないし、これからもずっと一緒にいようって約束してたんだ。……さっちゃんは違うの?」
そう言われて顔を上げた私と、鏡の中の香緒ちゃんの目が合う。私は手を止めてその香緒ちゃんに向かって首を振った。
「ううん?私も、反対されても睦月さんと一緒にいたい」
私が真剣な顔でそう答えると、香緒ちゃんはふわりと笑う。
「うん。その気持ちがあれば大丈夫だよ。僕は応援するからね?」
「……ありがとう。香緒ちゃん」
本当は不安だった。
うちの両親とのほうが年が近い睦月さんを紹介して、お母さんはともかく、お父さんが手放しで喜んでくれると思えなくて。
でも香緒ちゃんの言う通りで、反対されても私は睦月さんがいい。ううん?睦月さんじゃなきゃダメだって思う。
「にしても、睦月君愛されてるなぁ。ちょっと妬ける」
ふふっと香緒ちゃんは息を漏らして笑いながらそう口にする。
「えっ!香緒ちゃん?」
思いもしない事を言われて驚きながら声を上げる。
「だってさ~。僕と希海の可愛い妹が、あっという間にもっと可愛くなったんだもん。それが睦月君のためだと思うとね?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて香緒ちゃんはそう言った。
「もー!茶化さないでよ!」
頰に熱が帯びるのを感じながら香緒ちゃんに返すと、「本当のことなんだけどなぁ」なんて、私の顔を見ながらクスクスと笑われた。
「香緒ちゃん!続き続き!」
そう言いながら私が仕上げのスプレーを手にすると、香緒ちゃんは背筋を伸ばして鏡に向かう。
「……さっちゃん」
「なぁに?」
香緒ちゃんの髪に目線を落としたまま私はそう答える。
「結婚式、呼んでね?楽しみにしてるから」
私は仕上げを終えて顔を上げる。
「もちろん!決まったら真っ先に教えるから。絶対に来てね!」
まだ親にも紹介してないし、具体的には何も決まってない。でも、いつになるか分からないけど、たとえ式らしい式ができなかったとしても、香緒ちゃんにはその場にいて欲しい。
私の人生を変えてくれた、大切な人だから。
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