年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月までー月の名前ー

玖羽 望月

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にはいつの間にか人だかりが出来ていた。そんな事に気づかないくらいに、その時の私はただ真剣に鏡に向かっていた。


紫音さんの店を出て次に向かったのは、歩いて移動できる場所にある、私がいつもメイク用品を買っているお店。仕事用もプライベート用も、だいたいその店で揃えていて、店員さんとは顔馴染みだ。それに、カウンターがあってタッチアップが受けられるようになっているから、お願いしたら購入したものをその場で使わせてくれるかも知れないとそこに向かった。

「香緒ちゃんごめんね。重いでしょ?」

一緒に店を出た香緒ちゃんは、両脇に沢山紙袋を抱えていた。私の着て来たものが入っているはずだけど、それにしては多いような気がする。

自分のも買ったのかな?なんて呑気に考えながら歩いていて、私はハタと気付いた。

「そう言えば武琉君は?」

私が店内でファッションショーを繰り広げている間、いつの間にか武琉君の姿が見当たらなくなっていた。そして今も。

「あ、お使い頼んだんだ。また後で合流するから気にしないで」

そう香緒ちゃんに笑顔で答えられたけど、私は武琉君に悪いことしちゃったなぁと反省した。たぶん女子の買い物に付き合うなんて楽しくないだろうし。

「そんな顔しないで!次行こ?」

ちょっと落ち込んだ私の様子を気にする事なく、香緒ちゃんは笑いながら私の背を押す。

「あ、うん」

なんだか私より楽しそうにしてくれている香緒ちゃんにつられるように少し明るい気分になりながら私は返事を返した。

そして着いたお店。
事情を話すと二つ返事でカウンターを使わせてくれる事になった。と言うか、せっかくだからデモンストレーションしてくれないかと店長直々にお願いされてしまったのだ。

「えっ!そんなの無理だよ!香緒ちゃんにメイクするならともかく、自分にだよ⁈」
「大丈夫ですって!綿貫さんがうちの商品使ってるところ見たいなぁ」

いつも色々と融通を利かせてくれる店長は手を合わさんばかりに私にそう言う。

「じゃあ香緒ちゃんを……」

と振り返り香緒ちゃんを見ると、ニッコリ笑いながら「残念。今日はダメ~!」と拒否された。

「今日はさっちゃんがやらなきゃ意味ないからね?そうだ。自分に似た別の人をメイクすると思ってみたら?服装だっていつもと違うでしょ?」

そう言って香緒ちゃんは、私を励ますように両肩にポンと手を乗せた。

「……分かった。そうする」

意を決して、私は香緒ちゃんにそう答えて鏡に向かう。
初めて、自分を綺麗にするために。

よし、出来た

心の中でそう呟いて私は筆を置いた。

メイクのアイテムは今回新たに買ったものと、貸してもらったものを使った。どうしようか悩みつつ、やっぱりこうなったらちゃんとベースからやり直そうと、一度全部メイクを落とした。
コンセプトは『ちょっと背伸びした大人の自分』なんて決めると、なんだか仕事モードに切り替わりやる気が出た。

まぁ……とっくに大人だけど、背伸びしているのは間違いないから

だんだんと自分じゃないような感覚になってきて、別の誰かにメイクしているような気分になりながら、何とか納得できる出来になった。

香緒ちゃんに見て貰おうと振り向いて、私はようやくそこで自分が沢山の人に見られていた事に気が付いた。
お店のスタッフさんだけじゃなくて、もちろん一般のお客さんにも。

「へっ?」

人だかりに驚き過ぎてつい変な声が口から漏れ出る。そんな私とは対照的に、周りからは「凄~い!あのアイテム、あんな風に使えるんだ」とか「あのカラー良さそう」なんて声が聞こえて来た。

これって店長の思惑通りってやつ?と思いながら、私は顔を引き攣らせて店長に視線を送ると、すこぶる笑顔が返って来る。

「あのっ!凄く素敵です!良かったら私にアドバイスして貰えないですか?」

近くにいた女の子に、私はそんな事を言われた。かなり若く見えるその子は、もしかしたら10代なのかも知れない。

「えっ?あ……りがと……う。私で良ければ……」

無碍に断るのも悪い気がして、私は話を聞く事にした。
『自分に合う色味が分からない……』そんな話で、私はその子の肌色や雰囲気から合いそうな色味を選んで勧めてみた。

「ありがとうございました!私もお姉さんくらい可愛くなれそうです!」

勢いよくそう言って彼女はレジへ向かって行く。

私が……可愛い?

自分の事じゃないみたいなその台詞に戸惑いながらその後ろ姿を見送っていると、入れ替わるように香緒ちゃんがやって来た。

「さっちゃんお疲れ様。向こうで店長さん喜んでたよ?売り上げに貢献してくれたって」

笑みを浮かべて香緒ちゃんはそう言うと続けた。

「それに、うちの商品をこんなに使いこなすのは綿貫さんが一番!だって。さすがさっちゃんだね」

自分の事のように得意げに言う香緒ちゃんの顔を、私はまだ信じられないような気持ちで見上げていた。

「どうかした?」
「あ……。私が可愛いって……言われて」

戸惑い気味に口を開いた私に、香緒ちゃんは当たり前のように言う。

「何言ってるの。さっちゃんはずっと前から可愛いよ?」

そう言って満面の笑みを浮かべた。
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