65 / 183
17
4
しおりを挟む
そこにはいつの間にか人だかりが出来ていた。そんな事に気づかないくらいに、その時の私はただ真剣に鏡に向かっていた。
紫音さんの店を出て次に向かったのは、歩いて移動できる場所にある、私がいつもメイク用品を買っているお店。仕事用もプライベート用も、だいたいその店で揃えていて、店員さんとは顔馴染みだ。それに、カウンターがあってタッチアップが受けられるようになっているから、お願いしたら購入したものをその場で使わせてくれるかも知れないとそこに向かった。
「香緒ちゃんごめんね。重いでしょ?」
一緒に店を出た香緒ちゃんは、両脇に沢山紙袋を抱えていた。私の着て来たものが入っているはずだけど、それにしては多いような気がする。
自分のも買ったのかな?なんて呑気に考えながら歩いていて、私はハタと気付いた。
「そう言えば武琉君は?」
私が店内でファッションショーを繰り広げている間、いつの間にか武琉君の姿が見当たらなくなっていた。そして今も。
「あ、お使い頼んだんだ。また後で合流するから気にしないで」
そう香緒ちゃんに笑顔で答えられたけど、私は武琉君に悪いことしちゃったなぁと反省した。たぶん女子の買い物に付き合うなんて楽しくないだろうし。
「そんな顔しないで!次行こ?」
ちょっと落ち込んだ私の様子を気にする事なく、香緒ちゃんは笑いながら私の背を押す。
「あ、うん」
なんだか私より楽しそうにしてくれている香緒ちゃんにつられるように少し明るい気分になりながら私は返事を返した。
そして着いたお店。
事情を話すと二つ返事でカウンターを使わせてくれる事になった。と言うか、せっかくだからデモンストレーションしてくれないかと店長直々にお願いされてしまったのだ。
「えっ!そんなの無理だよ!香緒ちゃんにメイクするならともかく、自分にだよ⁈」
「大丈夫ですって!綿貫さんがうちの商品使ってるところ見たいなぁ」
いつも色々と融通を利かせてくれる店長は手を合わさんばかりに私にそう言う。
「じゃあ香緒ちゃんを……」
と振り返り香緒ちゃんを見ると、ニッコリ笑いながら「残念。今日はダメ~!」と拒否された。
「今日はさっちゃんがやらなきゃ意味ないからね?そうだ。自分に似た別の人をメイクすると思ってみたら?服装だっていつもと違うでしょ?」
そう言って香緒ちゃんは、私を励ますように両肩にポンと手を乗せた。
「……分かった。そうする」
意を決して、私は香緒ちゃんにそう答えて鏡に向かう。
初めて、自分を綺麗にするために。
よし、出来た
心の中でそう呟いて私は筆を置いた。
メイクのアイテムは今回新たに買ったものと、貸してもらったものを使った。どうしようか悩みつつ、やっぱりこうなったらちゃんとベースからやり直そうと、一度全部メイクを落とした。
コンセプトは『ちょっと背伸びした大人の自分』なんて決めると、なんだか仕事モードに切り替わりやる気が出た。
まぁ……とっくに大人だけど、背伸びしているのは間違いないから
だんだんと自分じゃないような感覚になってきて、別の誰かにメイクしているような気分になりながら、何とか納得できる出来になった。
香緒ちゃんに見て貰おうと振り向いて、私はようやくそこで自分が沢山の人に見られていた事に気が付いた。
お店のスタッフさんだけじゃなくて、もちろん一般のお客さんにも。
「へっ?」
人だかりに驚き過ぎてつい変な声が口から漏れ出る。そんな私とは対照的に、周りからは「凄~い!あのアイテム、あんな風に使えるんだ」とか「あのカラー良さそう」なんて声が聞こえて来た。
これって店長の思惑通りってやつ?と思いながら、私は顔を引き攣らせて店長に視線を送ると、すこぶる笑顔が返って来る。
「あのっ!凄く素敵です!良かったら私にアドバイスして貰えないですか?」
近くにいた女の子に、私はそんな事を言われた。かなり若く見えるその子は、もしかしたら10代なのかも知れない。
「えっ?あ……りがと……う。私で良ければ……」
無碍に断るのも悪い気がして、私は話を聞く事にした。
『自分に合う色味が分からない……』そんな話で、私はその子の肌色や雰囲気から合いそうな色味を選んで勧めてみた。
「ありがとうございました!私もお姉さんくらい可愛くなれそうです!」
勢いよくそう言って彼女はレジへ向かって行く。
私が……可愛い?
自分の事じゃないみたいなその台詞に戸惑いながらその後ろ姿を見送っていると、入れ替わるように香緒ちゃんがやって来た。
「さっちゃんお疲れ様。向こうで店長さん喜んでたよ?売り上げに貢献してくれたって」
笑みを浮かべて香緒ちゃんはそう言うと続けた。
「それに、うちの商品をこんなに使いこなすのは綿貫さんが一番!だって。さすがさっちゃんだね」
自分の事のように得意げに言う香緒ちゃんの顔を、私はまだ信じられないような気持ちで見上げていた。
「どうかした?」
「あ……。私が可愛いって……言われて」
戸惑い気味に口を開いた私に、香緒ちゃんは当たり前のように言う。
「何言ってるの。さっちゃんはずっと前から可愛いよ?」
そう言って満面の笑みを浮かべた。
紫音さんの店を出て次に向かったのは、歩いて移動できる場所にある、私がいつもメイク用品を買っているお店。仕事用もプライベート用も、だいたいその店で揃えていて、店員さんとは顔馴染みだ。それに、カウンターがあってタッチアップが受けられるようになっているから、お願いしたら購入したものをその場で使わせてくれるかも知れないとそこに向かった。
「香緒ちゃんごめんね。重いでしょ?」
一緒に店を出た香緒ちゃんは、両脇に沢山紙袋を抱えていた。私の着て来たものが入っているはずだけど、それにしては多いような気がする。
自分のも買ったのかな?なんて呑気に考えながら歩いていて、私はハタと気付いた。
「そう言えば武琉君は?」
私が店内でファッションショーを繰り広げている間、いつの間にか武琉君の姿が見当たらなくなっていた。そして今も。
「あ、お使い頼んだんだ。また後で合流するから気にしないで」
そう香緒ちゃんに笑顔で答えられたけど、私は武琉君に悪いことしちゃったなぁと反省した。たぶん女子の買い物に付き合うなんて楽しくないだろうし。
「そんな顔しないで!次行こ?」
ちょっと落ち込んだ私の様子を気にする事なく、香緒ちゃんは笑いながら私の背を押す。
「あ、うん」
なんだか私より楽しそうにしてくれている香緒ちゃんにつられるように少し明るい気分になりながら私は返事を返した。
そして着いたお店。
事情を話すと二つ返事でカウンターを使わせてくれる事になった。と言うか、せっかくだからデモンストレーションしてくれないかと店長直々にお願いされてしまったのだ。
「えっ!そんなの無理だよ!香緒ちゃんにメイクするならともかく、自分にだよ⁈」
「大丈夫ですって!綿貫さんがうちの商品使ってるところ見たいなぁ」
いつも色々と融通を利かせてくれる店長は手を合わさんばかりに私にそう言う。
「じゃあ香緒ちゃんを……」
と振り返り香緒ちゃんを見ると、ニッコリ笑いながら「残念。今日はダメ~!」と拒否された。
「今日はさっちゃんがやらなきゃ意味ないからね?そうだ。自分に似た別の人をメイクすると思ってみたら?服装だっていつもと違うでしょ?」
そう言って香緒ちゃんは、私を励ますように両肩にポンと手を乗せた。
「……分かった。そうする」
意を決して、私は香緒ちゃんにそう答えて鏡に向かう。
初めて、自分を綺麗にするために。
よし、出来た
心の中でそう呟いて私は筆を置いた。
メイクのアイテムは今回新たに買ったものと、貸してもらったものを使った。どうしようか悩みつつ、やっぱりこうなったらちゃんとベースからやり直そうと、一度全部メイクを落とした。
コンセプトは『ちょっと背伸びした大人の自分』なんて決めると、なんだか仕事モードに切り替わりやる気が出た。
まぁ……とっくに大人だけど、背伸びしているのは間違いないから
だんだんと自分じゃないような感覚になってきて、別の誰かにメイクしているような気分になりながら、何とか納得できる出来になった。
香緒ちゃんに見て貰おうと振り向いて、私はようやくそこで自分が沢山の人に見られていた事に気が付いた。
お店のスタッフさんだけじゃなくて、もちろん一般のお客さんにも。
「へっ?」
人だかりに驚き過ぎてつい変な声が口から漏れ出る。そんな私とは対照的に、周りからは「凄~い!あのアイテム、あんな風に使えるんだ」とか「あのカラー良さそう」なんて声が聞こえて来た。
これって店長の思惑通りってやつ?と思いながら、私は顔を引き攣らせて店長に視線を送ると、すこぶる笑顔が返って来る。
「あのっ!凄く素敵です!良かったら私にアドバイスして貰えないですか?」
近くにいた女の子に、私はそんな事を言われた。かなり若く見えるその子は、もしかしたら10代なのかも知れない。
「えっ?あ……りがと……う。私で良ければ……」
無碍に断るのも悪い気がして、私は話を聞く事にした。
『自分に合う色味が分からない……』そんな話で、私はその子の肌色や雰囲気から合いそうな色味を選んで勧めてみた。
「ありがとうございました!私もお姉さんくらい可愛くなれそうです!」
勢いよくそう言って彼女はレジへ向かって行く。
私が……可愛い?
自分の事じゃないみたいなその台詞に戸惑いながらその後ろ姿を見送っていると、入れ替わるように香緒ちゃんがやって来た。
「さっちゃんお疲れ様。向こうで店長さん喜んでたよ?売り上げに貢献してくれたって」
笑みを浮かべて香緒ちゃんはそう言うと続けた。
「それに、うちの商品をこんなに使いこなすのは綿貫さんが一番!だって。さすがさっちゃんだね」
自分の事のように得意げに言う香緒ちゃんの顔を、私はまだ信じられないような気持ちで見上げていた。
「どうかした?」
「あ……。私が可愛いって……言われて」
戸惑い気味に口を開いた私に、香緒ちゃんは当たり前のように言う。
「何言ってるの。さっちゃんはずっと前から可愛いよ?」
そう言って満面の笑みを浮かべた。
1
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
ヤキモチ妬きな彼からの狂おしい程の愛情【完】
夏目萌(月嶋ゆのん)
恋愛
超売れっ子芸能人、雪蛍のマネージャーに就くことになった莉世。
初めこそ優しくしてくれた雪蛍がある日を境に冷たくなってしまう。
どうしてそんなに意地悪をするの?
ヤキモチ妬きでちょっとワガママな年下男子とその世話を焼く年上女子の恋愛物語
※表紙イラストはトワツギ様よりフリーのものをお借りしています。他サイト様にも掲載中。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
【R18・完結】甘溺愛婚 ~性悪お嬢様は契約婚で俺様御曹司に溺愛される~
花室 芽苳
恋愛
【本編完結/番外編完結】
この人なら愛せそうだと思ったお見合い相手は、私の妹を愛してしまった。
2人の間を邪魔して壊そうとしたけど、逆に2人の想いを見せつけられて……
そんな時叔父が用意した新しいお見合い相手は大企業の御曹司。
両親と叔父の勧めで、あっという間に俺様御曹司との新婚初夜!?
「夜のお相手は、他の女性に任せます!」
「は!?お前が妻なんだから、諦めて抱かれろよ!」
絶対にお断りよ!どうして毎夜毎夜そんな事で喧嘩をしなきゃならないの?
大きな会社の社長だからって「あれするな、これするな」って、偉そうに命令してこないでよ!
私は私の好きにさせてもらうわ!
狭山 聖壱 《さやま せいいち》 34歳 185㎝
江藤 香津美 《えとう かつみ》 25歳 165㎝
※ 花吹は経営や経済についてはよくわかっていないため、作中におかしな点があるかと思います。申し訳ありません。m(__)m
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
独占欲強めな極上エリートに甘く抱き尽くされました
紡木さぼ
恋愛
旧題:婚約破棄されたワケアリ物件だと思っていた会社の先輩が、実は超優良物件でどろどろに溺愛されてしまう社畜の話
平凡な社畜OLの藤井由奈(ふじいゆな)が残業に勤しんでいると、5年付き合った婚約者と破談になったとの噂があるハイスペ先輩柚木紘人(ゆのきひろと)に声をかけられた。
サシ飲みを経て「会社の先輩後輩」から「飲み仲間」へと昇格し、飲み会中に甘い空気が漂い始める。
恋愛がご無沙汰だった由奈は次第に紘人に心惹かれていき、紘人もまた由奈を可愛がっているようで……
元カノとはどうして別れたの?社内恋愛は面倒?紘人は私のことどう思ってる?
社会人ならではのじれったい片思いの果てに晴れて恋人同士になった2人。
「俺、めちゃくちゃ独占欲強いし、ずっと由奈のこと抱き尽くしたいって思ってた」
ハイスペなのは仕事だけではなく、彼のお家で、オフィスで、旅行先で、どろどろに愛されてしまう。
仕事中はあんなに冷静なのに、由奈のことになると少し甘えん坊になってしまう、紘人とらぶらぶ、元カノの登場でハラハラ。
ざまぁ相手は紘人の元カノです。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる